エンディングを終えたヒロインに憑依したらしいけど、私が添い遂げたいのはこの人じゃない

甘寧

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「迎えに来たよ」

 割れた窓ガラスなど気になど留めずに向かってくるゼノの雰囲気は、お世辞にも穏やかとは言い難いものだった。
 アシェルはすぐにローズを腕の中に閉じ込めると、ゼノを睨みつけた。

「随分と行儀の悪い犬だね……」
「は、自分の妹に手を出すようないかれた奴に言われたくないよ」
「……よくこの場所が分かったね」
「俺を誰だと思ってんの?」

 お互い牽制し合うように言い合っている。

 アシェルの言いぐさだと、この屋敷は簡単には見つからないような場所にあるのだと分かった。だが、そんなことよりローズの瞳はゼノに奪われて離せない。

(な、なんで…?)

 仮に王太子の婚約者だと言う名目なら助けに来ることもわかる。だけどその場合、最初に飛び込んでくるのはレオンなはず。いくらエンディングを終えたとしても、乙女ゲームの世界には変わりないのだから、メインキャラが助けに来るはず。

 それに、アシェルから聞いた話ではゼノは私の事なんて……

「姫さん!!」
「!!」
「しっかりしな。今瞳に映ってるのは誰?あんたを助けに来たのは誰?しっかり見て」

 喝を入れるように言われ、今まで光を失っていたローズの瞳に光が戻って来た。それと同時に目頭が熱くなるのが分かる。

「ゼノ……」
「すぐ助けるから少しだけ待ってて」

 か細い声で名を呼ぶと、変わらぬ笑顔で微笑み返してくれた。それだけで安心してしまうのだから大概だなと自嘲してしまう。

「なに二人の空気作ってんの?……妬けちゃうな」

 ローズを抱きしめている腕に力を籠められ苦しくて顔が歪むが、アシェルは力を緩める事はしない。

「おい、いい加減にしろよ。今殿下が騎士を引き連れてこっちに向かってる。あんたは終わりだよ」

 諭すように言うが、アシェルは黙ってゼノを睨み続けていた。すると「ふっ」と耳元で声が漏れかと思えば、狂ったような笑い声が響き渡った。

「ふふ……ははは……あはははははははは!!!!!」

 天を仰ぎながら笑うアシェルは狂気すら感じる。

「僕が終わりだって?笑わせるんじゃないよ。この日の為に僕がどれだけ努力と苦労したか知りもしないくせに……!!」

 髪を乱しながら悲痛な叫びを続けるアシェルだが、ゼノは黙ってその言葉を聞いていた。

義父あの人は元々僕と母さんの事なんてどうでも良かったんだ。再婚したのだって、まだ幼いローズの為だって知っていたさ。それでもローズの傍にいられるのならそれでいいと思っていたよ。妹想いのいい兄を演じていればそれでいい……そう思っていたさ」

 アシェルはローズの兄として恥じないように進んで勉学にも努めていた。その姿は義父にも止まり、素っ気ないものながら初めて褒められたのを覚えている。その時の嬉しさも忘れることができない……
 それからのアシェルは少しずつ義父の仕事を手伝いだし、暫くするとほとんどの仕事を任されるようになった。
 こうなれば、疑われることなく屋敷の事に口を出せるようになると気づいたアシェルの中に、どす黒く渦を巻いた欲望が沸き始めた。

「酷いよね。僕がこんなに想っているのに、殿下他の男に目移りするなんてさ。婚約したって聞いた時の僕の気持ちわかる?分からないよね?」

 顔を手で覆っているが、指の間から見える瞳は正気なものでは無い。流石のゼノも言葉を失っているようで、茫然としている。

「まあ、このままじゃどの道一緒になれないからね」

 そう言いながらベッドの横にあったキャビネットに手を伸ばすと、そこから短剣を取り出した。

「ねえ、ローズ。僕は君を愛してるんだ。本当はここで一生二人で暮らすつもりだったけど、叶いそうにないからさ。一緒に死んでくれる?」
「は?」

 あまりに淡々と話すものだからすぐには理解が追い付かず、呆気に取られれているとキラッと光る短剣が振り下ろされたのが目に入った。

(あ、死んだわ……)

 人間死ぬ間際になると、驚くほど冷静になれるんだなと近づいてくる短剣を見ていた。

 だが、その短剣がローズに刺さる事はなかった。

「長ったらしい話を黙って聞いてやったのに、随分と舐めた事してくれるじゃん?」

 ゼノがガラスの破片を飛ばし短剣を弾き飛ばしたようで、アシェルの手は破片が掠れた時にできた傷から血が滲んでいた。

「──邪魔をするな!!!!」
「そうはいかねぇよ……俺の大事な人を傷付けようとした罪は重いんだよ」

 逆上したアシェルはゼノに飛び掛かった。多少剣の腕があるとはいえ、素人である者が敵う訳がなく、あっけなく拘束されていた。

 その様子を黙って見ていたローズだが、内心それどころではなかった。

(さっき、俺の大事な人って……)

 聞き間違いでなければ、そんな言葉が聞こえた。その事について追及したい気持ちはあるが、今は聞ける状況でもなくもやもやしながらシーツを握りしめていると、多数の足音と共に騎士が部屋に入ってきた。

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