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第7話

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流石は侯爵家の夜会。
煌びやかすぎて目が痛い……
それに全員仮面をしていて、何とも異様な空間に見えた。

とりあえず、私はボロが出ないように隅で料理をつまみつつ、リリアンを見守っている。
そのリリアンだが、目を血走らせながら悪役令嬢であるエリーザを探している。

(……仮面を付けた相手を見つけれるのか?)

そう思いながらグビッとシャンパンを頂いた。

「おっ!!これは美味い!!」

平民の私はこんな上等なシャンパンは飲んだことが無い。
前世ではそれなりに酒を嗜んでいたので、いくら飲んでも酔わない自信がある。

あっ、ちなみに私は18だけど、この世界の成人は18だからお酒は飲んでも大丈夫。

(おかわりおかわり)

並ばれているシャンパンに手を伸ばすと、何処ぞの方と手が触れた。

「あっ、すみません!!」
「いえ、こちらこそ……」

慌てて手を引っこめると、聞き覚えのある声が聞こえた。

──あれ?この声……

ゆっくりその人の顔を見ると、仮面を付けてても分かる。エリーザだ。

エリーザは私に気づくと優しく微笑みながら、グラスを手渡してくれた。

「またお会いしましたわね?……どなたかの付き添いかしら?」

そこまで言われてハッとした。
エリーザは私の事を知っているだった!!
平民である私を主催者に伝えず勝手に連れてくるのはまずい!!そんな事どんな凡人でも分かること。

ダラダラと嫌な汗が吹き出てくる。
私がここでリリアンのことを言えば、リリアンが責められる。

(……いや、ここで私が正直に話してエリーザとの争いごとを作る?)

いやいやいやいや、いくらなんでもそれはダメだ。
常識的に考えて悪いのはリリアンだ。
だけど、誰かと一緒じゃなきゃ私みたいなの平民が夜会なんかに来られるわけが無い……

どうする!?どうする!?

今まで使ったことが無いほど、頭をフル回転しているが全く打破する案が出てこない。

「──……ふふっ」

私が考えを巡らせている最中、急にエリーザが吹き出した。

「貴方を連れて来た方を咎めることなどしませんよ。……むしろ感謝いたしますわ」

「ずっと会いたいと思っていたのよ?」と何故かエリーザは私との距離を詰めてきた。

私がいても問題ないようだし、まあ、いいか。と安易な考えでグラスを次々に空にしていった。
その間もエリーザは私の元を離れようとせずピッタリくっついたままだった。

そして、何杯目か分からないグラスを開けた時──……

「アルエ!!」
「おぉ!!リリアンじゃん!!」

しっかり出来上がった私の元にリリアンがようやく顔を出した。

「ちょっと飲みすぎよ……何杯飲んだの?」
「ん~~……分かんない!!」
「……もぉ……ほら、風に当たって酔いを冷ましましょ?」

文句を言いながらも私の手を取り、外の風を当てに連れて行こうとしてくる面倒見のいいリリアン。
私も黙ってリリアンの手を取り立ち上がろうとしたが……立てない。いや、酔っているせいではなく、誰かに腕を掴まれているせいだ。

「──……あの、手を離して貰えます?」
「私が連れて行って差し上げるから、貴方は夜会を楽しんでちょうだい」

思いもよらない形でヒロインと悪役令嬢が出会ってしまった。
しかも、リリアンはエリーザの正体に気づいていない様子だ。

「いえ、この子は私のツレですので私が連れていきます。貴方こそ、夜会を楽しんだら?」
「ふふっ。私はもう十分楽しんだわ」

右手にリリアン、左手にエリーザ。
わぁお、私ったら両手に花じゃない?

……そんな冗談言ってる場合じゃなかった。

キッと睨みつけるリリアンはまるで虎。恐ろしい程優しく微笑んでいるエリーザはまるで蛇。
そして、挟まれている私は獲物に取られた可哀想なウサギ。

「……貴方、見たところ良いところのご令嬢の様だけど、こんな所で油売ってて良いのかしら?夜会なんて男女の出会いの場でしょ?早く声掛けないとお目当てのご子息が他のご令嬢に奪われちゃうわよ?」
「──あら?それを貴方が仰るの?貴方こそ、先程から獲物を狩る獣様な目で男性を見ていたじゃない。……あの様にあからさまじゃ男性は近寄って来ませんわよ?」

優雅にクスクスと笑いながらリリアンを攻めるエリーザはまるで悪役令嬢そのもの。

そんなエリーザの言葉にリリアンの闘争心に火がついてしまった……

「う、うるさいわね!!そもそも私は男漁りに来たんじゃないわよ!!」
「あら?そうでしたの?」

意外とばかりに驚いて見せたエリーザにリリアンは更にヒートアップ。
そんな私達の周りにはいつの間にか沢山の人だかりが出来ていた。

流石に酔いも覚めた私は二人を止めるべく仲裁に入ろうとしたが

「黙ってて!!」
「黙っててください!!」

こりゃダメだ。手に負えない。
さて、どうしようと悩んでいたら、パチンッと指の鳴る音が聞こえた。
その瞬間、エリーザとリリアンが気を失って倒れた。

「リリアン!?」

慌ててリリアンの元に駆けつけると、規則正しい寝息を立てていた。

「──安心して、眠ってるだけだから」

人集りの中から現れたのは、長い銀髪を靡かせた天才魔術師ルカリオ。

「騒がしいと思ったら、また君?」

眉を顰めて私を見てきた。
人嫌いという噂は本当らしい。

「──お騒がせして申し訳ありません。私達はもう帰るので、安心して楽しんでください」

慌てて詫びの言葉を口にして、リリアンを運んでもらう為に衛兵を探していると、フワッとリリアンの身体が浮き上がった。

「僕が運ぶからいいよ。馬車はどこ?」

おやおやおやおや!?
私は今夢を見ているのだろうか……?
人嫌いのルカリオがリリアンを抱いているだと!?

(リリアン!!今!!目を開けて!!)

「……ちょっと、早くしてくれる?」

私が驚きのあまり動けずにいると、ルカリオが苛立ったように顔を顰めながら言ってきた。

慌てて馬車まで行き、リリアンを運んでくれた礼を伝えると「別にいいよ」と素っ気ない返事が返ってきたが、これはリリアンにとって大変喜ばしい出来事だったに違いない。

(早く起きろ~)

私は目の前で呑気に寝息を立てている令嬢の頬を突っついた。
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