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十一

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 薔薇に囲まれた学園の庭園。いきなり現れた彼の後ろには護衛の騎士が付いていた。

「ここから先はついて来なくていい、君たちは近くで待っていて」
「はい、かしこまりました」

 その彼を見て、オルフレット様の眉間にシワが一瞬よる。
 その後、気持ちを抑えるかの様にふぅ、吐息を吐いた。

〈彼を私の護衛の騎士では彼は止めれないな。そうか……今日から学園に来るはずだったのだな〉

(いったい誰なのかしら? 顔はうっすら覚えている様な、いないような?)

 金髪の髪、エメラルド色の瞳を弓なりにして笑った。


「もう、こちらに来ていたのですね。久しぶりです」

 オルフレット様は笑みを浮かべて席から立ち上がり、来たばかりの彼に礼をした。
 私も立ち上がろうとしたのだけど、オルフレット様に合図でいいと、止められた。

「オルフレットほんとうに久しぶりだね。色々と国がゴタゴタ続きで疲れたよ、オルフレットの所はどうだい?」

 この方、オルフレット様を呼び捨てにしたわ。と、なるとオルフレット様と同じ王族の方。だけど、彼の名前を思い出せない……
 
 これはまずいですわ、失礼のない様にしなくてはいけません。
 懸命に昔の記憶を探っていた、それにオルフレット様が気が付く。

〈ロレッテ? もしかして焦っている?〉

(えぇ、非常に焦っております、困っております。いくら思い出そうとしても、彼がどなたなのか思い出せませんわ)
 
 相当焦りが顔に出ていたらしく、オルフレット様はふっと笑い、助け舟を出してくださった。

「セルバン、私の所は良くも悪くもなく普通さ」

 セルバン様? ……あ、確か隣国の第一王子のセルバン殿下だわ。

「何事も無く普通かそれはいい事だ。ロレッテ嬢は三年も会わないうちに益々、綺麗になったね」

「あ、ありがたく存じます。セルバン殿下」

 微笑んで、私も立ち上がり会釈をした。

「ロレッテ嬢、殿下はよしてくれよ。僕と君の仲なんだからさ」

「仲ですか?」

 驚く私に彼は微笑んで近寄り手を取ると甲にキスした。その時に瞳が合い、ニヤリと笑ったセルバン殿下に背筋がぞくりとした。


「あぁロレッテ嬢、君はなんて美しいんだ」

(ひゃっ)

 セルバン殿下は私の髪に触れて、自分の方へと私を引き寄せようとした、その腕をオルフレット様が掴み引き剥がした。

「そこまでにしろセルバン! 君は忘れてしまったのかい? ロレッテ嬢は私の婚約者だよ」

 オルフレット様は微笑んで返すと、セルバン殿下も微笑む。
 まるで彼は悪気がないような表情を浮かべた。

「そうでしたね、いや僕とした事がうっかり忘れておりました。それではお断りを入れましょう。オルフレット、君の婚約者のロレッテ嬢をダンスに誘ってもいいかな?」

〈今度はロレッテとダンスを踊りたいだと? 幼な頃からセルバンはロレッテを気に入っているからな。いくら、私の婚約者だと言っても引き下がらない〉

(嫌ですわ、私もダンスならオルフレット様だけがいいですわ)

 彼はとぼけた風に。

「あれっ? 今日はこの学園の交流会だと聞いているのだが、だめかな?」


〈ダメだセルバン、君にロレッテは触れさせない。ロレッテに触れていいのも、色々するのも私だけだからね〉


 オルフレット様は背筋を伸ばして胸に手を当て頭を下げた、君は引き下がれと。


「すまないセルバン。いまはロレッテ嬢は私と食事中だ。それにロレッテ嬢はずっと私とダンスを踊る予定だよ」

「そうか……それは残念だな。でも、時間があったらよろしくね、ロレッテ嬢」

「え、えぇ……お時間がありましたら」

 セルバン殿下は「また後で」と会釈をして騎士を連れて下がって行った。


 ♢


 彼が去り、静けさを取り戻す庭園。

〈面倒事が増えた。はぁ……私が視察でいない間、ロレッテが危ない。これは何か手を打たないと〉

 オルフレット様は口元に手を当てて、考え事をされているようだ。
 そのお姿を静かに眺めていた、オルフレット様がふっと思い出し笑いをされて私を見た。

「しかし、しっかり者のロレッテ嬢が隣国の王子セルバンを忘れているとはね。まぁ、忘れたままでもいいけど」

「オルフレット様、忘れていたというのでしょうか? セルバン殿下に失礼なのですが、いつお会いしたのかも記憶にありませんでしたわ」

 えっと、オルフレット様は驚いた様子。

「この三年は彼方も忙しいみたいで、招待状を出しても断られていたが、私の誕生会には必ず来ていたけど。ロレッテ嬢とも会っているはずだよ」

 オルフレット様の誕生会……

「そうですよね……何故かしら?」

 と、考えていくうちにその答えがわかる。
 私、七歳のときにオルフレット様の婚約者に選ばれたのですが、王子の彼とは晩餐会、舞踏会、誕生会でしかお会いできなかった。

 お父様は学園に通うようになれば、いくらでもオルフレット様と会えるとおっしゃっていた。

(だからオルフレット様とお会いできると決まった一週間前から、衣装と髪型を決めてダンスの練習や挨拶の練習をしましたわ。もうドキドキして眠れない日々を過ごしていましたわ)


「あーっ、私」と両手で顔を隠した。


「ロレッテ嬢?」

〈真っ赤だ、頬に耳、ドレスから見える肌が全て赤い〉

(いやぁ見ないで、恥ずかしいですわ)

 
 私ったら、オルフレット様しか見ていなかったのだわ。
 どの誕生会、舞踏会、晩餐会を思い出しても彼の軍服姿、正装の姿しか出てきませんわ。

 彼とのお話、ダンス、微笑んだ顔。
 子供の頃は許されたかもしれませんが、淑女として挨拶できていたのかしら?
 

〈ロレッテがどんどん赤くなっていく〉

「体の調子が悪いのなら、医務室に行くか?」

「平気です、体調は悪くありません。違うのです……私、公爵の娘として恥ずかしい行いをして、おりませんでしたか?」

 覆っていた手を外し顔を上げ、オルフレット様を見つめた。

〈うっ……会える時はいつも綺麗だった。私の婚約者として隣で凛としていた。そのロレッテがこうも真っ赤になる理由とは……まさか、あいつの名前を忘れるほど鼓動を高ぶらせ、まさか一目惚れをしていたのか?〉

(それは違いますわ!)


「私に教えてくださいませ。私はオルフレット様の婚約者として、しっかりできていましたか?」

 ゴクリと喉をならせて、オルフレット様の言葉を待った。
 
「ロレッテ嬢は完璧だったよ。父上、母上も君を気にいっている、私だって同じだ」

「国王陛下と王妃様がですか? 嬉しいですわ。……あ、あのオルフレット様いまから私が申し上げますことに引かないで、最後まで聞いてくださいますか?」

 コクリと彼は頷く。

〈ロレッテが私に言うことは、どんな事があろうとも全て受け止める〉

「私がセルバン殿下を覚えてなかったのは、オルフレット様ばかり見ていたからです」
「へっ、私?」

〈ロレッテが私ばかりを見ていた?〉

(そうです)


「オルフレット様は素敵なんですもの、いつもお会いすると心を奪われて、あなた様しか見えておりませんでしたの……恥ずかしいですわ」

 この告白の後、ガタッとオルフレット様が椅子から崩れ落ちる姿が見えた。

「オ、オルフレット様⁉︎」
「大丈夫だ。すまないが少し待つてくれ」


〈ロレッテが私しか見ていなかっただと、全く気付いていなかった。それも、あの様な顔をして私を見ていたのか? ……そしてあの顔を他の奴に、セルバンにもか!〉

 激しく、熱い、オルフレット様の声が流れてくる。

〈あんな奴に二度と見せてやるか! その他の誰にも見せたくない! 私だけのロレッテ!〉
 
 足早に此方へと近付いたオルフレット様に手を引かれて、彼の腕の中に力強く抱きしめられた。

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