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三十三

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 目を覚ますと真っ白な世界で、真っ白なソファーわたしはに座っていた。

「ここはどこ? わたしは誰?」  

 つい出てしまう、お決まりなセリフ。
 頬に触れる長く黒い髪、自分が誰だか分からずこの状況も読めずにいた。


「目が覚めましたか、佐藤綾さん」

 女性の声でわたしを佐藤 綾だと呼んだ。 
 なぜだが分からないけど、その名前がわたしにはしっくりきた。 


 でも、誰が呼んだの。


 ……え、メイド?


 わたしを斉藤綾と呼んだのは、このメイド服の女性みたい。
 見つめるとその女性はわたしに向けてむか深く頭を下げた。

「私は生死を扱う女神ノア。すみません、私が起こしてしまった不祥事。あなたには謝ることしか出来ません」

 女神ノアと名乗り、膝を折り床に付けると次におでこまで床に付けた。

 いわゆる土下座。女神と名乗った女性はわたしに土下座をした。

 そして何処から現れたのか分からない、執事姿の年配の男性。

「失礼します、斉藤綾様。私はこの女神の上司、生死を扱う神シュールです」

 深深く頭を下げた神と土下座の女神……
 わたしは焦って、ソファーから立ち上がり止めた。

「やめてください。お2人共、顔を上げてください」

「いえいえ、そう言うわけにはなりません」

「神の言う通りです!」


 しかし、意味がわからないまま謝られて、土下座されて気持ちは落ち着かないし、変な気分だけが募る。


「「やめてください!」」


 精一杯声を上げた。
 わたしの必死さが通じたのか2人謝るのをやめた。


「後の説明は、女神ノアに任せます」

 そう言うと上司の神は消えて、真っ白な空間に女神ノアだけが残った。

「斉藤綾様、まだご自分の前世を思い出しませんか?」

「前世?」

 その言葉にわたしの中の記憶が溢れた。

 わたしの前世は……写真家の父とイラストレーターの母、そしてわたしの3人家族だった。

 都会育ちのわたしは幼な頃から、長い休みに入ると車中泊をしながら色々な場所を巡った。

 春の菜花と桜、夏のひまわり、秋の紅葉、冬の雪景色。
 海と山、高台から見る朝焼け、海に沈む夕日はどれも格別だった。

 父がカメラで風景画を写真に収める、その横では母がスケッチブックに風景画を描いていた。

 わたしはその両親の真似をして子供用のカメラで写真を撮ったり、スケッチブックスに落書きをしていた。

 それは、わたしが高校3年生の春まで続いた。

 終わりを迎えたのは突然に起きた車の事故。その両親を亡くしわたしは1人になった。
 でも、美術大学を目指して勉強に励み合格した。

 2人を失った、悲しみはあった。
 それを忘れるかの様に休みに入ると近場に出掛けて、写真を撮り絵を描くそんな日々を送り続けた。

 綺麗なものをカメラに収めて、絵を描いて、落ち着きを取り戻していったわたし。

 しかし、そんなわたしに事故の後遺症がつきまどった、強烈な胸の痛みで検査入院を繰り返した。


 ーーこの日も検査入院だった。


「綾さんは絵が上手ね」

「もう、覗かないでよ愛ちゃん」

「いいじゃん、病室の窓側を譲ったんだもの」

「あのね、わたしの方が最初に入ってたの……わかったぞ、愛ちゃんはわたしの横にきたいのね」  

 ぽんぽんとベッドを詰めて叩けば、彼女は笑って横に座った。

 病室の2人部屋にわたしと同じ検査入院してきた、名前は伊藤愛。高校3年生の女の子。

 彼女は乙女ゲームが好きで窓から見える景色をスケッチしてる、わたしの横に来ては彼女はゲームをしていた。

 そんなある日、彼女はわたしにこの人を描いてと言い出す。

「誰?」

「私が愛してやまない、オルフレット様!」

「へー、イケメンだねー」

「まったく、興味なさそう!」

「あ、バレた?」

 2人でひとしきり笑った後、わたしが描いた絵を彼女は美術室の石膏像の様だと笑い、その絵をいたく気に入ったくれた。


 検査入院5日目の夜、激し痛みに目が覚める。

 ナースコールに手を伸ばせず、苦しむわたしに彼女が気付きら看護師さんを呼んでくれた。


「くっ……あいちゃーーん、ありがと……う」

「綾さん、綾さん!」

 彼女の泣き顔、それがわたしの最後の記憶。


「わたしは、この日に人生を終えたのね」


「はい、あなた様には普通の転生を、そして彼女には異世界転生という道ができておりました」


 異世界転生?


「そこで私は2人の名前を間違えるという、取り返しの付かないミスを犯して、お2人の転生の道を間違えてしまったのです」


 転生先を間違えた?


「乙女ゲームが何かも知らない、あなたを異世界転生させてしまった。婚約者として幼な頃から仲良く過ごした、王子の急激に変化した感情にあなたは耐えきれなかった」

 王子? オルフレット様の感情? 
 そう学園入学直後、オルフレット様は急に出会ったばかりのメアリスさんと仲良くなった。

 庭園で抱き合う2人の姿を見て、わたしはショックを受けて倒れたんだ。

 悲しくて、胸が裂けそうに苦しかった……

「乙女ゲームを知っていればなんらかの出来事で記憶を思い出します。学園に入学してから王子がヒロインと仲良くなり、自分は悪役令嬢で婚約破棄されると心構えが出来きるのです」


「心構え……」


「私のミスが引き起こした事ですが。倒れたあなたを見て、これでは最後の日まで持たずに心が壊れてしまう。と判断して、私は神にお願いをいたしまして。あなたの心を少しでも軽減させるために、王子の心を読めるスキルを新しく追加いたしました」

 心が読めるスキル? 

「それで倒れた後に、オルフレット様の心が読める様になったのですね」

「はい。王子の心が変わってもあなたが耐えれるようにするには、自動発動スキルでこうするしかなかった。あなたにはこれでも色んなスキルが付いているのですよ」

 わたしにスキル? 

「魔力と調合スキル、あの図鑑は元々あなたが購入する予定でした。色々と話の内容が変わってしまいましたね」

 わたしが買うはずだった図鑑。だからか、余白に触れた時に現れた文字が浮かんだ。

 そういえば。

『悪役令嬢がね、サンム草を使って……て、私の話を聞いてないなぁ』

『え、ごめん。でも見て、夕日が綺麗だよ』

『本当だ綺麗』


「彼女にそんな話を聞いたわ」

「えぇ、それがあなたの頭の片隅に断片として残りキーワードになっていたのですが。ゲームを知らず、うろ覚えのあなたには苦痛しかなかった」


 知らない、わたしにとっては答えの出ないキーワード。
 
 
 それを思い出してもどうすることもできない微かな記憶は、わたしの体に緊張と不安を与えて頭痛になったんだ。
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