愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした。

矢間カオル

文字の大きさ
15 / 110

15話外伝 フローラの心臓4 仲直り

しおりを挟む
朝早い道は、まだ人通りが少なく、澄んだ空気が清々しい。

だが、ジルの心は逸るばかりで朝の爽やかさなど、気にとめる余裕がない。

ただただフローラに早く会いたいと、そればかり念じながら足早に歩いている。

フローラも早く謝りたいとそればかり考えて、すれ違う人が挨拶をしても、気が付かずに足早に素通りしてしまう。

まさか、道の真ん中で会えるとは思ってもいなかった。

「フローラ!」

「ジル!」

二人はお互いに気が付くと、慌てて駆け寄る。

「フローラ、ごめん!」

「ジル、ごめんなさい!」

二人の声が重なった。

「えっ?」

「まあ!」

驚く声も重なってしまう。

二人に、やっと笑顔が戻った。

お互いの話の中で、ジルは偶然レストランで二人を見てしまったが、途中で逃げ帰ったために、フローラが断った場面を見てなかったことがわかり、フローラが握られた手を振りほどこうとしても、がっしりと握られてしまって振りほどくことができなかったこともわかった。

「あのね。妻と別れるって言葉、浮気をする人の決まり文句なんですって。それにね。私、手を握られてわかったの。ぞっとしてしまって・・・、私にはこの人は無理!って思ったわ。」

「じゃあ、フローラはあいつのものにならない?」

「当たり前でしょ。私はジルを一番愛しているの。」

「良かった・・・。本当に誤解してごめん。フローラ、愛しているよ。」

「私も・・・」

二人は道の真ん中であったが、しかと抱き合い、唇を重ねた。

少しずつ増えてきた道行く人は、そんな二人を見て見ないフリをして通り過ぎるのであった。

「ねえ、フローラ、俺たち婚約しないか?」

「えっ?婚約?私はまだ十五歳であなたは十七歳よ。早すぎない?」

まさか、いきなり婚約の話が飛び出すとは思っていなかったフローラは、目を丸くする。

「貴族たちは子どもの頃から婚約者を決めているっていうよ。また、ドルトンみたいなのが現れないか、俺、心配なんだ。」

ジルは、ちょっと切羽詰まったような、本当に心配しているような顔をしている。

「わ、わかったわ。でも、どうするの?」

「俺は毎日仕事の前に、神殿で祈りを捧げてるんだ。今日の仕事が、皆無事で終われますようにって。最近は、フローラと幸せになりますようにって祈りも増えた。その神殿で、神様に結婚を誓おう!」

貴族のように、正式に文書で婚約を決めるわけではない。

ただの口約束なのだが、神殿で結婚を誓うという行為が、フローラにはとてもロマンチックなことに思えた。

ジルと結婚を誓うことが夢のようなことに思えて、十五歳の乙女心をくすぐる。

「ええ、いいわ。ジル、神殿で結婚を誓いましょう。」



その日、二人は仕事が終るとジルの家の近くの神殿に出向いた。

夕方の神殿の中には誰もおらず、静まりかえっている。

二人は神殿の正面に置かれている白い女神の彫像に花を一輪供え、その前に跪いた。

女神は慈愛の微笑みを浮かべ、全ての人を受け入れるように両手を広げている。

今、女神は、ジルとフローラの二人を受け入れようと、手を差し伸べているように見えた。

「神様、私ジルは、仕事が一人前になったらフローラと結婚します。どうかそれまで見守っていてください。」

「神様、私フローラは、ジルが一人前になったらジルと結婚します。どうかそれまで見守っていてください。」

二人は立ち上がり、向かい合って微笑み合った後、そっと唇を重ねた。



ここは、ドルトンが経営する雑貨店の一つ。

店をいくつも持っているドルトンは、実際の経営は雇った店主に任せているが、放任していては金をちょろまかしかねないと、毎日訪問しては睨みを利かせている。

今日も店主にあれやこれやと指示をしていると、ガラの悪そうな男が店に入って来た。

だらしのない崩れた着こなしに、頬に傷があるところを見ると、真っ当な生き方をしているようには見えない。

「旦那。報告に来たぜ。」

ドルトンは、その男に嫌なものを見るような視線を向ける。

「ここではなんだ。裏で話そう。」

店の裏口のドアを開け、ドルトンと男は路地裏に出た。

路地裏は一般の客が通る道ではなく、店の者がたまに通る程度で、人に聞かれたくない話をするには、ちょうど良い。

「命令通り、殺って来たぜ。」

頬に傷のある男が、自慢気に報告をする。

「誰にもばれないように、殺ったんだろうな。」

「もちろんさ。事故に見せかけてやったさ。」

ドルトンは懐から重そうなきんちゃく袋を取り出して、男に渡した。

「毎度ありー」

男は袋の中を覗いてから、満足そうに懐にしまった。

「もう一人、頼みたいヤツがいる。」

「へえ、いま羽振りの良いミッシェル商会のオーナーですかい?」

「いや、ただの鍛冶屋の男だ。」

その言葉に男はピンときた。

「ああ、最近ご執心の女のこれかい?」

男は親指を立ててニヤリと笑う。

「まったく、あれだけ言えば、たいていの女はコロリと騙されるはずなんだが・・・どうも、その男が邪魔なようだ。」

「まったく旦那も物好きだねぇ。」

「欲しいものは必ず手に入れる、それが俺のやり方だ。」

「へいへい。わかりましたよ。ったく、手に入れたってすぐに飽きるくせに・・・」



頬に傷のある男がドルトンの店に来る少し前、フローラは店主に花を届けるように仕事を頼まれた。

ドルトンと食事をしたレストランではなかったのでほっとしたが、ドルトンが経営する雑貨店の並びにあるレストランだ。

どうかドルトン様に会いませんように・・・と祈る気持ちで花束を届けに行った。

「フローラ、この花束はサプライズだとかで、絶対に届けるところを見られたらダメなんだそうだ。だから、必ず裏口から届けるんだよ。」

店主に念押しされていたので、フローラは店が近づくと表通りを通らずに裏路地に回った。

裏路地を歩いていると、バタンと音がして、ドアからドルトンが出てくるのが見えた。

フローラは、慌てて大きなゴミ箱の後ろに身を隠す。

ドルトンが店に入るまで動けないわ。

早く店に入ってくれないかな・・・。

ドルトンの後からもう一人、きちんとした身なりのドルトンとは違い、一緒にいるのが不似合いな服装の男が裏口から出てきた。

男はずいぶんと軽い口調でドルトンと話をしているのだが、その内容にフローラは一瞬叫び声を上げそうになったが、ぐっと我慢して飲み込んだ。

今、声を上げて見つかったら、私も事故に見せかけて殺される!

だが、衝撃的な言葉はそれだけではなかった。

ウソッ、ジルが・・ジルが殺される!

私は騙されていたの?  

あのとき感じた胡散臭さは本当だったんだ・・・。

フローラは、一瞬でも迷ってしまったあの時の自分を殴りたいと思った。

そして一刻も早く、ジルにこのことを伝えなければと焦る。

ドルトンと男の話が終わり、店の中に消えていくと、フローラは急いで花束を届けに行った。

まだ仕事中のジルが、殺されることはない。

花束を届け終わったら、すぐにジルに知らせに行かなければ・・・

ところが、レストランの裏口から店主に花束を渡すと、店主が花の色が違うと言い出した。

「今日のお客さんは、プロポーズをするのに必要だからって、花束を注文したんですよ。お相手の好きなピンクのバラの花束でってお願いしたのに、なんで黄色なんですか。こっちも信用第一なんですからね。もう時間がない。急いでピンクの花束を作り直してきてください。」

ローズは花束を渡したら、その足でジルの職場に行くつもりだったのに、それができなくなってしまった。

急いで店に戻って花束を届ければ、ぎりぎり間に合うかもしれない。

急がなければ・・・

走って店に戻って店主に花束の間違いを告げると、あっさりと間違いを認めた。

「おやまあ、黄色のバラは、明日の別のレストランの注文だったわ。今日はピンクのバラで間違いないよ。」

「時間がないそうです。急いでください。」

フローラは焦る気持ちで店主にお願いし、店主は急いで花束を作ってくれるのだが、待っている時間がとても長く感じられる。

「はいよ。できたよ。早く届けておくれ」

フローラは花束を抱えて足早に移動し、レストランに花束を届け終わると、その足でジルの職場である鍛冶屋に向かう。

もうすぐ仕事が終わる時間だけど、今ならまだ間に合う・・・。

ところが、鍛冶屋に着くと、もう仕事が終わっていて、ジルの先輩が金髪美人の彼女とおしゃべりをしている最中だった。

「ジルはいませんか?」

「ああ、今日は仕事が少し早く終わってね。ジルはもう帰ったよ。」

礼を言うとフローラは慌てて走り出す。

ジルが家に帰る際は、いつも近道だからと公園を横切る。

大きな公園は、表通りから中は見えず、助けを呼んでも外の人の耳には届かない。

この時間になると、公園で遊んでいる子どもたちはほとんどいないはずで、もし殺るのなら、絶好の場所だ。

フローラは不安を抱えて走り続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

〘完〙なぜかモブの私がイケメン王子に強引に迫られてます 〜転生したら推しのヒロインが不在でした〜

hanakuro
恋愛
転生してみたら、そこは大好きな漫画の世界だった・・・ OLの梨奈は、事故により突然その生涯閉じる。 しかし次に気付くと、彼女は伯爵令嬢に転生していた。しかも、大好きだった漫画の中のたったのワンシーンに出てくる名もないモブ。 モブならお気楽に推しのヒロインを観察して過ごせると思っていたら、まさかのヒロインがいない!? そして、推し不在に落胆する彼女に王子からまさかの強引なアプローチが・・ 王子!その愛情はヒロインに向けてっ! 私、モブですから! 果たしてヒロインは、どこに行ったのか!? そしてリーナは、王子の強引なアプローチから逃れることはできるのか!? イケメン王子に翻弄される伯爵令嬢の恋模様が始まる。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...