愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした。

矢間カオル

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58話 カロリーヌの思惑

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カロリーヌの父であるドルエン伯爵は、馬車の中で薄茶色の髪をかきむしりながら怒っていた。

このままかきむしり続けたら、剥げてしまいそうなので途中で止めたが・・・。

国王ウイリアムから呼び出しがあり、おそらく婚約者候補のことだろうと期待して行ってみたのだが、「申し訳ないが、婚約者候補については辞退してもらえないだろうか・・・」と言われてしまった。

隣に座っている王妃エレノアに、縋るような目を向けたが、「本当にごめんなさいね。」とこれまた同じことを言われてしまった。

ここでことを荒立てるのは得策ではないと思い、「いったん、戻って娘の気持ちを聞いてみます。」と答えたが、あまりに勝手な言い分に、はらわたが煮えくり返る思いがする。

後で、カロリーヌと一緒に抗議しに行ってみようか・・・

当事者の涙を見れば、国王の気が変わるかもしれない・・・。

そんな思いで屋敷に戻った。

「カロリーヌ、陛下から婚約者候補を辞退して欲しいと言われたよ。せっかく王太子妃になれるチャンスだったのに・・・」

ドルエン伯爵はカロリーヌを書斎に呼んで、国王から言われた内容を伝えた。

さぞや悲しむだろうと思っていたのだが、カロリーヌはにっこり微笑み、「お父様、これはチャンスですわ。」と嬉しそうだ。

「何がチャンスなものか! お前は王太子妃になれないのだぞ。」

怒りに任せて怒鳴るドルエン伯爵とは対照的に、カロリーヌは冷ややかに言う。

「お父様、ここは無理にごねるのではなく、潔く引き下がって王室に恩を売るのです。」

「恩?」

「今ここで引き下がれば、現国王と未来の国王の両方に、長きに渡って恩を売ることができるのですよ。これがどれだけ我が家門にとって得となることか、考えてみてくださいませ。」

「ふむ・・・、言われてみればそうだな・・・。」

ドルエン伯爵の怒りが静まり、頭の中で損得勘定が始まる。

「それからもう一つ。グローリー侯爵が新しい婚約者候補の後ろ盾になるそうです。お父様がごねると、グローリー侯爵家も敵に回してしまうことになりますわよ。」

本当のところはどうなるのか、カロリーヌもまだわかっていないのだが、ここぞとばかりにはったりをかます。

「なんだと? グローリー侯爵が?」

メイブリックのゴム製品は、グローリー侯爵家が販売を一手に引き受けているのだが、引く手数多で現在品薄状態が続いている。

ドルエン伯爵の領地でも、ゴム製品を仕入れて販売したいのだが、なかなか仕入れができないのが現状であった。

だが、二日前、大量のゴム製品を仕入れる約束を取り付けることができたのだ。

もし、グローリー侯爵家を敵に回したら、せっかく掴んだ大きな利益が消えてなくなってしまう恐れがある。

「なるほど、これはカロリーヌの言う通りにした方が良さそうだ・・・。」

「そうですわ。お父様。ここは喜んで・・・じゃなくて、謹んでお受けいたしますとお伝えくださいませ。それから、陛下に会ったら、このように言って欲しいのです。」

この後、カロリーヌはドルエン伯爵に知恵を授けた。



翌日、ドルエン伯爵は昨日の返事をするために、国王ウイリアムに謁見を申し込んだ。

「国王陛下、婚約者候補辞退の件、謹んでお受けいたします。」

「おお、そうか。承諾してくれるか。誠にすまないことをした。詫びとして、それ相応の対価をそなたに渡そう。」

「お気を遣わせてしまい、申し訳なく思います。」

さて、ここからがカロリーヌの計画なんだが、上手くいくだろうか・・・

ドルエン伯爵はゴクッと唾を飲み込むと、カロリーヌに言われた通りの言葉を口にする。

「陛下、実は・・・、娘は婚約者候補の辞退を謹んで受けると申しましたが、傷心していることは確かなのでございます。それで、しばらくこの国を離れ、隣国のノウザンレッド王国へ留学したいと申しております。娘の願いをお聞き届けいただけませんでしょうか。」

ノウザンレッド王国はブランシェット王国の北に位置する王国で、この国とは昔から親交が深い国である。

「そうか、そなたの娘には辛い思いをさせてしまった・・・。ノウザンレッドの王妃は私の妹だ。カロリーヌのことは私からも伝えておこう。きっと良い待遇で迎えてくれるであろう。それから、留学費用は王室から出すことにしよう。それで、カロリーヌの慰めになれば良いのだが・・・。」

「陛下、ありがとうございます。さぞや娘も喜びましょう。」



帰りの馬車の中、ドルエン伯爵は娘の知恵に舌を巻いていた。

全てがカロリーヌの計画通りに進んだ。

王妃にはなれなかったが、二世代にわたって恩を売ることができ、おまけにノウザンレッド王室とも親交が生まれ、慰謝料もたんまりもらえるだけでなく、留学費用も出してもらえる。

それに、新しい婚約者候補の協力をしたことになるのだから、おそらく、グローリー侯爵家は優先的にゴム製品を回してくれるはずだ・・・。

ドルエン伯爵は、ホクホク顔で屋敷に帰った。



ドルエン伯爵が辞退を告げた翌日、ローズとスザンヌとジェフは、町に学校の物件を探しに行き、休憩で茶店に入った。

古びたテーブルと椅子が並んでいる昔からある茶店だが、たまたま店内には客がおらず、中はひっそりとしていて、茶葉の良い香りが店内を漂っている。

三人は一番隅の目立たないテーブルを選び、紅茶を注文した。

ローズが小さな声でスザンヌに、とある情報を提供する。

「ねえ、スザンヌ、殿下の婚約者候補、二人とも正式に辞退したらしいわ。」

これは、マリアが信頼できるメイド仲間から聞いたという確かな情報である。

「カロリーヌさんが言ったとおりになったわね。もうあなたしかいないって・・・。これでスザンヌまで離れてしまったら、殿下の結婚相手がいなくなるわ。」

「そんな・・・、私以外にも相応しい人がいるはずだわ。」

「でも、今から婚約者を新しく決められると思う? 殿下はスザンヌ以外に結婚する気がないのに?」

実は、カロリーヌに言われてから、スザンヌも同じことを考えていた。

婚約者候補の三人は、アーサーがスザンヌと出会う前から決まっていたから仕方がなかったとしても、スザンヌと会ってしまったアーサーが、新しい婚約者の名前を聞いて首を縦に振るだろうか? 

必ず両親を説得するから信じて欲しいと、アーサーは言った。

でも、両親を説得できなかったら、アーサーは傷心を抱えたまま、一生独身を通すつもりなの?

だが、こんなことを考える自分は、なんてうぬぼれの強い人間なのだろうと思う。

王太子が一生独身なんてありえないのに・・・。

じーっと物思いにふけるスザンヌに、ローズが続ける。

「婚約者候補がいなくなったんだから、誰にも気兼ねすることなく、殿下と婚約できるんじゃない?」

スザンヌは、カロリーヌに言われた言葉を思い出す。

―あなたこそ殿下に相応しいわ。だから、あなたが殿下と結婚してくださらない?― 

本当にそんなことが可能なのだろうか・・・。

でも、これは他でもないカロリーヌが直接言ってくれた言葉・・・。

遠慮なんてしなくてもいいのかも・・・。

と、そこまで考えても、やはり身分の差が頭をもたげる。

「でも・・・、国王陛下がお許しにならないわ。」

「それは男爵令嬢だからそう思うんでしょ? カロリーヌさんが言ってたじゃない。身分の差を埋める方法を・・・」

「グローリー侯爵様に後ろ盾になってもらうってこと?」

スザンヌの言葉を聞き、ローズの目がきらりと光った。

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