愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした。

矢間カオル

文字の大きさ
90 / 110

90話外伝 あなたの腕の中で28 スペロタウン

しおりを挟む
アデルはアカデミーの事務所に行き、ビクターに面会を求めて応接室で待っていると、思ったよりも早く、ビクターが現れた。

ビクターは眼鏡越しに青い目を細め、少し嬉しそうにアデルを見た。

「アデル嬢、お久しぶりですね。あなたの方から会いに来てくれるなんて驚きました。」

そう言いながら、ビクターはアデルの向かいに座る。

アデルは、恐る恐る口を開いた。

「突然お邪魔して申し訳ございません。あ、あの・・・、以前に女医としてあなたの国に行けば歓迎していただけるとお聞きしましたが、まだその言葉は有効でしょうか?」

ビクターは驚いたように目を瞠り、銀縁眼鏡を指でクイッと押し上げた。

「アデル嬢、そのようなことを聞くと言うことは、僕の国に来てくれると言うことでしょうか? もちろん、大歓迎です。衣食住の保証もしますよ。」

「そ、それなら・・・、できるだけ早く、一日でも早く、移住したいのです。明日にでも・・・。」

アデルは、エドワードが会いに来る前に、この国を出たいと思った。

エドワードの顔を見たら、きっと泣いてしまう。

言いたいことも言えなくなってしまう・・・。

「アデル嬢、何かあったようですね。よろしかったら、お聞きしても?」

ビクターに理由を聞かれることはわかっていたが、自分が奴隷の子どもかもしれないとは言えない。

女医として歓迎してくれるのは、男爵令嬢という身分があるからだ。

もし、奴隷の子だと知られてしまったら、こうやって会うことも、口をきいてくれることも断られるかもしれないのだ。

「・・・、わ、私・・・、王太子妃には・・・、なれないと思ったからです。エ、エドとは・・・、け、結婚・・・できません。」

苦しそうに言葉を紡ぐアデルの顔を、ビクターはじっと見ていた。

「そう・・・。理由は他にありそうだけど、何も聞かないことにするよ。明日は無理だけど、明後日なら大丈夫だ。明後日の早朝、アデル嬢を迎えに行くよ。それでいい?」

「は、はい。ありがとうございます。この御恩は一生忘れません。」

「はははっ、そんな大げさな。こちらとしては、医者が増えることは願ってもないことなのだから、そんなに気負わなくても良いよ。あなたなら、王都の貴族相手の高給取りの医師になれるよ。」

「いえ、その・・・、できるなら、辺鄙な場所の無医村に行きたいのです。」

「ふむ、わかった。考えておくよ。」

「それから、我儘なお願いだとわかっているのですが、このことはエドには内緒にしていてほしいのです。私がどこにいるのかも教えないでください。」

「ああ、了解だ。」



二日後の早朝、約束通りビクターは馬車でアデルを迎えに行き、アデルは最低限の荷物と一緒に馬車に乗り込んだ。

馬車はまだ人通りの少ない大通りを走り、ノースロップを目指して走り続けた。

「アデル嬢、本当にこれでいいのかい? あなたがいなくなったことを知ったとき、エドは嘆き悲しむと思うが・・・。」

「これで・・・、これで、良いのです・・・。」

この二日間、アデルの脳裏に浮かぶのは、いつも最悪の事態だった。

もしも、エドとの婚約が発表されたら・・・

その先にあるのは、皆の不幸なのだ。

もっとも最悪なのは、奴隷商人がアデルとマーゴットの間に血の繋がりがないこと知り、アデルの所有権を訴えてくること。

奴隷の子どもだと言う証拠はないと、突っぱねることは簡単だ。

だが、もしも、アデルと両親しか知り得ないアデルの身体的特徴が明らかにされてしまったら・・・、それこそが奴隷の子どもだと言う動かぬ証拠となってしまう。

そうなれば、アデル一人が奴隷商人に引き渡されるだけでなく、エドワードは騙されて奴隷と婚約した愚かな王子と嘲笑され、今まで深い愛情を注ぎ育ててくれた両親は、奴隷商人から奴隷を奪った罪と、出産証明書の偽造の罪を犯した罪人となってしまうのだ。

自分一人だけでなく、愛する人を巻き込み不幸にしてしまう・・・。

それだけは、どうしても避けたかった。

「アデル嬢の働き場所のことだけど、王家の直轄領の田舎町が条件に合っていると思うのだが、それで良いだろうか?」

「そこは無医村なのですか?」

「ああ、もともといた医者が、つい最近天寿を全うしてね。今、その町には医者がいなくて、病気になると馬車で二時間もかかる町に行かなければならないんだ。あなたが来てくれたら、皆大喜びで迎えてくれるだろう。」

「ビクター様、本当にありがとうございます。」

急な願いにも関わらず、希望通りの町を紹介してくれるビクターに、アデルは心から感謝するのだった。



四日後、馬車はノースロップ王国の王家直轄領の領主代理の屋敷に着いた。

アデルがこれから住むことになるスぺロタウンに行く前に、領主代理に挨拶をする必要がある。

領主代理ジェームズ・フロリアン伯爵は予め連絡を受けており、丁重に二人を出迎えた。

「殿下、お久しぶりでございます。」

「ああ、ジェームズ、久しぶりだね。僕の申し出を快く受け入れてくれて感謝する。こちらが女医のアデル・ブルクハルト男爵令嬢だ。まだ若いが、医師としての腕は申し分ない。きっとスぺロタウンの人々も喜ぶだろう。」

「初めまして、伯爵様。アデル・ブルクハルトでございます。これからよろしくお願い申し上げます。」

アデルは、美しい所作のカーテシーで挨拶をする。

「ほう・・・。」

ジェームズは、しばしアデルに見とれていたが、ふと何かに気が付いたような顔をした。

「殿下・・・、この方は・・・」

ジェームズは何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。

「ふふっ、ジェームズ、そなたが言いたいことはなんとなくわかるよ。」

「殿下、たいへん失礼いたしました。アデル嬢、必要な物がありましたら、なんなりとご連絡ください。すぐに用意いたしますので。」

伯爵様の言いたいこと? いったい何のことかしら・・・。

アデルは二人の会話を聞いて首を傾げるのだった。



領主代理に挨拶を済ませると、次は目的地であるスぺロタウンに向かった。

農村地域を抜けると、街並みが現れた。

素朴な家が多く立ち並び、行き交う人も純朴そうな雰囲気である。

馬車は一軒の古びた家の前で停まった。

「アデル嬢、ここが例の病院だよ。つい最近まで使われていたけれど、建物自体はかなり古い。足りない物もあるだろうから、必要な物はジェームズに言ってくれ。彼が全てを用意してくれることになっている。」

二人が玄関のドアの前で話していると、中からガチャリとドアを開ける者がいた。

「あら、殿下、いらしたのですね。」

中から出てきたのは、質素な茶色いワンピースに白いエプロン姿のアデルと同じくらいの若い女性である。

栗色の髪を後ろで一つに括り、白い三角巾を被って手には箒を持ち、緑の丸い目がビクターとアデルを嬉しそうに捉えている。

「アデル、紹介しよう。彼女はカノン、医師志望の女性で、以前から女医のもとで修業をしたいと言っていたのだ。ちょうど良い機会だから、彼女をそばにおいてやってくれないか。嫌なら断っても良いが・・・。」

「嫌だなんて、とんでもございません。カノンさん、お掃除ありがとうございます。これからよろしくお願いいたします。」

「はい。アデル様、ありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いいたします。」

カノンは元気よく礼を言った。



ビクターのお陰で、スムーズにアデルの新天地での生活が始まった。

病院のすぐそばにある前の医師が暮らしていた家もそのまま譲り受け、掃除をすれば問題なく使えた。

アデルは家の使用人を雇うことはせず、何もかも一人ですることに決めていた。

掃除に洗濯に料理と、やらなければならない家事はたくさんあるが、これから徐々に慣れて行けば良い。

料理の本も買ったし、今から料理の勉強もして、レパートリーを増やそうと思う。

貴族令嬢であるアデルは料理の経験は少ないが、薬の調合で火の扱いには慣れている。


まずは卵を使った簡単な料理から練習して行こう。



病院に必要な物を調べると、前の医師が使っていたもので、そのまま使える物も多く、足りない物を書き出すことから始めた。

ジェームズが寄こしてくれた使用人に書き出したメモを渡すと、数日で全てが揃った。

後は、アデルが使いやすいように配置替えをするのだが、カノンは見かけによらず力持ちで、アデルの指示通りきびきびとよく動くので、あっという間に準備が整った。

アデルは準備中に受付担当募集の張り紙を出し、近所の年配の主婦が受付担当に決まった。

アデルがスぺロタウンに到着して、わずか一週間で、病院が開業できる運びとなった。 




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

〘完〙なぜかモブの私がイケメン王子に強引に迫られてます 〜転生したら推しのヒロインが不在でした〜

hanakuro
恋愛
転生してみたら、そこは大好きな漫画の世界だった・・・ OLの梨奈は、事故により突然その生涯閉じる。 しかし次に気付くと、彼女は伯爵令嬢に転生していた。しかも、大好きだった漫画の中のたったのワンシーンに出てくる名もないモブ。 モブならお気楽に推しのヒロインを観察して過ごせると思っていたら、まさかのヒロインがいない!? そして、推し不在に落胆する彼女に王子からまさかの強引なアプローチが・・ 王子!その愛情はヒロインに向けてっ! 私、モブですから! 果たしてヒロインは、どこに行ったのか!? そしてリーナは、王子の強引なアプローチから逃れることはできるのか!? イケメン王子に翻弄される伯爵令嬢の恋模様が始まる。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...