いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

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第二章

吉田山の泥棒狐 1

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「賀茂さん、ちょっといいですか?」

と、陰陽師協会京都本部の事務所で、紬が器物の怪係の御器谷みきやたけるに声をかけられたのは、毎年葵祭の行列が開催される五月十五日の昼さがりだった。

「はい? なんでしょう」

 自分のデスクで依頼解決の報告書を作成していた紬はキーボードを叩く手を止め、八つ年上の先輩を振り返る。そして、たちまち吹き出しそうになった。というのも、この日の彼は、古びた丸眼鏡と真っ赤なパーティードレスを身に着け、さらに琵琶を背負っているというなんともちぐはぐな格好をしていたからだ。

「あっ。今、笑いそうになりましたね?」

 眉をひそめる御器谷先輩。

「ぷっ。く、くくっ。す、すみません」

 紬は必死に笑いを噛み殺して謝った。御器谷先輩は渋い顔でドレスの裾をつまみ上げて言う。

「やれやれ……。こいつが一般人には見えない付喪神で良かったですよ。市民に被害を出さないよう、このドレスはしばらく自分にとり憑かせておくつもりなので」

 彼の言う「付喪神」とは、古い器物が化けた妖怪のことだ。その多くは、たとえ本体の器物が経年劣化したり処分されたりして完全に失われても、独立した幽霊のように活動を続ける。御器谷先輩はこうした付喪神に実体がないのをいいことに、よく身に着けて運んでいるのだった。だが、妖怪が見える人視点では、とんでもない姿になっていることも少なくない。
 御器谷先輩は仕切り直すように咳払いをして続けた。

「それはさておき、お願いなんですが、実は賀茂さんに担当を代わっていただきたい依頼がありまして……」 
「えっ。器物の怪に関する依頼を私がですか?」

 紬は意外に思って目を瞬いた。御器谷先輩が頷く。

「はい。例年通りであれば、これは妖狐が引き起こしている可能性が高い事案ですので」
「なるほど。妖狐が原因の依頼……ですか。分かりました! ひとまず私の方で対応してみます!」

 紬は自分が動物の怪係として頼りにされていることを誇らしく思いながら、彼の頼みを二つ返事で引き受けたのだった。

 ***

 京都市の中心部は起伏が少ないため、自転車で巡るのに適した土地である。だが、仕事で長距離を走り回らなければならないとなれば、話は別だ。費やす体力と時間を考慮すると、やはり自動車やバイクに軍配が上がるだろう。
 喬がかたくなに自転車を使い続けているのは、単に彼が運転免許を持っていないからという理由に過ぎない。

(あー。疲れた……。僕もいい加減、ロードバイク以外の足を確保した方がいいかもしれないな……)

 葵祭の行列の翌日。午前中から京都府立植物園と宝ヶ池公園の周辺で妖狐の見回りを済ませてきた喬は、白川通を南下してマンションに帰る途中、電動キックボードに乗った若者を見かけて心の中でそう呟いた。
 目付けが必要なのは人の近くに棲んでいる妖狐が主なので、彼が山奥まで出向くことは滅多にない。だが、京都市内には都市緑地が少なからずあり、それらを巡回するだけでも結構な重労働なのである。
 信号待ちで自転車を止めた喬は、「ふう」と吐息を漏らし、ハンドルに肘をついて行き交う車をぼんやりと眺めた。

(帰ったら、折り紙製作の続きでもするかな……)

 そんなことを考えていると、一台の車が背後からスッと視界に入ってきて彼の真横に停まる。
 赤っぽい軽自動車だ。なんとなく見覚えがある気がするな、と頭の片隅で思ったが、わざわざ確認するほどの気力は残っていない。しかし、彼に近いドアの窓が音を立てて開き、その向こうから運転手に直接声をかけられては振り返るしかなかった。

「こんにちは! 狐坂さん!」
「うわっ!? 出たっ!」

 思わず驚きの声を上げる喬。その反応を見た運転席の紬は不服そうに頬を膨らませる。

「なんですか。人をお化けみたいに」
「いや、あんた、マジでお化け並みに神出鬼没だぞ? どうやって僕の居場所が分かったんだ?」

 喬がいぶかしんで眉根を寄せると、紬の隣からひょこっと千綾が顔をのぞかせ、

「へへーん! 教えねえよー!」

と舌を出してきた。紬は「こら」と猫又に頭を引っ込めさせてから、こちらに視線を戻して白々しく続ける。

「いやあ、ちょうどいい時にお会いしましたね! 実は昨日、妖狐に関する新しい依頼が舞い込んだところだったんですよ! もちろんご協力いただけますよね?」
「おい、話を逸らすな。あんた、絶対になにか仕掛けたろ」

 喬は渋い顔をして、サドルにまたがったまま自分の身の回りを確認する。そして、すぐにため息を漏らすことになった。どうして今まで気がつかなかったのだろう。よく見ると、自転車のフレームに霊符が貼られている。

「はあ……。まさか、霊符を使って追跡してくるとはね……。これって、ストーカー被害で訴えられるんじゃないの?」

 喬はジトッとした目を紬に向けて言った。しかし、紬は唇を尖らせて負けじと反論してくる。

「何度お電話しても出てくれなかったんですから仕方ないじゃないですか。ほら、早く助手席に乗ってください。現場に向かいますよ」
「うっそだろ、今から!? 本気で言ってます?」
「もちろんです! 次にあなたを捕まられるのがいつになるか分かりませんからね!」

 獲物をロックオンした猫のように目を爛々と光らせる紬を前に、喬は決して逃げ切れないことを悟ってうなだれた。

「はあ……。まったく。あんたには敵わないぜ……。分かった。一旦マンションに戻って自転車を停めてくるから、ちょっとそこまでついてきてもらっていい?」
「いいでしょう。でも、また同じ手を使って逃げようたって、そうはいきませんよ! 今度は千綾に見張っててもらいますからね!」
「やれやれ。信用ないなあ……」

 喬は苦笑して頭をかくと、車から飛び出してきた千綾に追い立てられるように、再びペダルを漕ぎだしたのだった。

 ***
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