いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

文字の大きさ
12 / 46
第二章

吉田山の泥棒狐 2

しおりを挟む
(よしよし。順調順調!)

 紬は狐番を首尾よく確保できたことに満足しながら、マンションの前に車を停め、喬がロードバイクを置いてくるのを意気揚々と待った。
 喬が車に乗り込んできたのは、それから約十分後のことである。

「で、今日はどこに連れて行こうっての?」

 喬は助手席にどっかと座って腕組みをすると、不機嫌そうにいきなり尋ねてきた。紬はタブレット端末の画面を彼に見せて朗らかに答える。

「はい。これから向かうのは、『吉田山よしだやま』の山中です。近所ですし、狐坂さんはもちろんご存じですよね?」
「あー。吉田山ね。ってことは、またあいつらか……。はいはい。依頼内容は見なくても分かったよ」

 喬は手をひらひらと振って気だるげにため息をついた。

「なら、話が早いですね」

 紬はニヤッと笑う。御器谷先輩の見立て通り、これは今年も妖狐が起こしているトラブルで間違いなさそうだ。

「じゃあ、パパッと片付けちゃいましょう! 出発します!」

 そんな威勢のよい言葉とともに、紬は車を軽快に発進させた。


 
 吉田山は市街地にぽっかりと浮かんだ離れ小島のような丘陵である。その一帯は吉田神社の境内で、歴史的には神楽岡かぐらおかと呼ばれていたらしい。

「はい! 着きました!」

 吉田神社の駐車場に降り立った紬は、赤い鳥居とその奥に生い茂る木々を望み、やる気に満ちた表情を浮かべた。一方、隣の喬は露骨にげんなりとしている。

「あーあ。またこのくそ広い山を歩くのかよ……。すでに足が棒になってるっていうのに」
「お疲れ様です。次からは電話での日程調整に応じてくださいねー」

 紬はにべもなく答えて、千綾と一緒に喬の背中を押した。
 そして、鳥居をくぐって階段を上っていくと、本宮や社務所がある広場に出る。さっきまで町の中にいたとは思えないほど深い緑に包まれた空間だ。紬は記念に写真を一枚撮りながら言った。

「ここは節分祭が有名ですよねー。祭りの日は人でいっぱいだったのを覚えています」
「あー。そうだね。でも、用があるのはあっちの方だろ?」

 対する喬はどうでもよさそうに山の上を顎でしゃくってまっすぐそちらへ向かう。紬は彼の後を追いかけながらキョロキョロと辺りを見回し、広場の端に鹿の像が安置されていることに気がついた。

「へー。ここには鹿の神使がいるんだ」

 紬が呟くと、喬はフンと鼻を鳴らして言った。

「そりゃ、吉田神社は奈良の春日大社の系列なんだから、神鹿くらいいるでしょ」
「え、そうだったんですか?」

 目を丸くする紬に向かって、喬は呆れ顔を向ける。

「おいおい。いくらなんでも予習不足じゃないのか?」
「あはは……。お恥ずかしい。今回は急な依頼だったので、情報を事前に仕入れる暇がなかったんです。だから、狐坂さんにはガイドをお願いしますね」
「はあ……。ガイドするのは別にいいけどさ。あんた、ちょっと張り切って働きすぎなんじゃないの? 陰陽師協会ってそんなにブラックな職場なのか?」
「いやいや、陰陽師協会が悪いんじゃなくて、私が率先して依頼を引き受けてるんです。あ、見てください! この道の先には、菓祖かそ神社っていう、お菓子の神様を祀った神社があるみたいですよ!」
「寄り道はしないぞ。必要以上に歩かされるのはごめんだ。――それにしても、あんたって、つくづくおかしな陰陽師だよな。大豊神社の時もそうだったし、どうしてそこまで頑張ってるんだよ?」
「いやあ、どうしてでしょうね? どこかの目付け役がサボってばかりだからですかね?」
「あー。ごめん。悪かったよ……」

 そんな軽口を叩き合いながら、二人は石畳の坂道を上っていく。しかし実は、最後の喬の質問に対する答えを、紬はとっさにはぐらかしていた。

(どうしてそこまで頑張ってるんだよ……か)

 喬の言葉を心の中で繰り返し、紬はスーツの胸ポケットにスッと手を当てた。



 やがて石畳は山道に変わり、ちょっとしたハイキングの様相を呈してくる。
 ぶつくさと不平を漏らす喬の先導で坂道を上りきると、にわかに視界が開け、遊具や公衆トイレを備えた大きな公園に出た。平日の昼間だからか、ベンチの前でストレッチをしているおばあさんが数人いるだけで、とても閑散としている。

「ここだろ? 現場は」

 喬は足を止め、公園の方を親指で指して尋ねてきた。紬はタブレット端末で依頼の詳細を再確認して頷く。

「……そうですね。この公園の隅で妖狐が問題を起こしているようです」
「じゃあ、公園の向こうの竹中たけなか稲荷神社周辺を縄張りにしている妖狐たちの仕業で確定だな。はあ……。いつも来るたびに言い聞かせてるのに、仕方のないやつらだよ、まったく……」

 喬は嘆息し、慣れた足取りでスタスタと公園を横切りはじめた。そして、木々に囲まれた石碑の裏に回り込むと、うんざりした顔で地面を指さす。彼に追いつき、そちらを見た紬は目を丸くした。

「わっ。これ全部、付喪神ですか!?」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

処理中です...