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第二章
吉田山の泥棒狐 3
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そこに散らばっていたのはサンダルや靴といった履物の数々だった。ざっと二十個近くあるだろうか。それらはうっすらと透けていて、中には人間のような細い手足をじたばたさせているものもいる。
「そ。実体がないタイプのやつ。化け草履とか化け古下駄の仲間だね」
喬がサンダルの一つをひょいと拾い上げると、その底面にはつぶらな瞳が一つついていて、ぱちくりと瞬きした。
「あ、どうも。こんにちは……。それにしても、すごい数ですね。履物の付喪神がこんなに……」
紬は困惑してサンダルのあやかしと見つめ合う。と、その時。
「あーっ! キョウが僕たちのおもちゃ取ってる!」
不意に足元で声がしたので、びっくりして視線を落とすと、いつの間にか一匹の妖狐の子が非難の眼差しでこちらを見上げていた。
「わあっ!? ごめん! これ、あなたのおもちゃだったの?」
紬は驚きの声を上げる。そんな彼女の反応を前に、喬は呆れた表情を浮かべた。
「謝ってどうするんだよ。あんたの仕事はここに集められた付喪神たちを一つ残らず回収することじゃないのか?」
「あ。確かに……」
紬は依頼の内容を思い出し、小さく咳払いして妖狐の子の前にしゃがみこむと、真面目な顔で改めて口を開いた。
「こんにちは。私は陰陽師協会京都本部、動物の怪係の賀茂紬と言います。あなたたちが履物の付喪神を近所から集めて回っていると聞いて来ました」
「おんみょうじきょうかい~?」
だが、妖狐の子は怪訝な顔をして小首を傾げるばかりだ。と、その声を聞きつけたのか、奥の茂みから二匹目の子がおどおどと這い出してきて、「な、なに……? 今、ここには僕たちしかいないよ……」とおびえた様子で言う。どうやら、あそこが妖狐の巣になっているらしい。
「うーん……。確かに、この辺りにチビたち以外の妖気は感じないな。どうする? 子供相手じゃ埒が明かねえぜ?」
千綾が紬の肩の上で鼻をひくひくさせながら囁いた。紬は顎に手を添えて小さく唸りながら立ち上がり、喬の方を向く。
「付喪神を運んできているのはおとなの妖狐でしょうし、子供たちに注意しても仕方ないですよね。少し待ちましょうか?」
「嫌だって言ってもどうせ待つんだろ? ま、この子たちの面倒を見ている成獣は三匹いたはずだし、そのうち誰か帰ってくるだろうとは思うけどさ」
と、喬はため息交じりに答えた。紬は驚いて目を丸くする。
「えっ? 三匹って、親以外の成獣も子育てに参加してるんですか?」
紬が問うと、喬はさも当然のように頷いた。
「ああ。狐ってのは、自分の子供じゃなくても進んで世話したがる動物なんだよ。実の兄や姉が子育てを手伝うのは珍しくないし、時には養子を育てることもある。この子たちは両親と死に別れてたはずだから、件の三匹の成獣は、親戚でもなんでもない近所の妖狐たちだと思うよ。もっとも、ここじゃ、そいつらのおせっかいのせいで大量に集められた付喪神が溢れかえってるわけだけどさ」
「へえー。血が繋がっていなくても面倒を見るなんて、愛情深い動物なんですね。じゃあ、この付喪神は子供たちへのプレゼントなんでしょうか?」
「プレゼントっていうか、子供にあげる餌のつもりなんだろ。狐は子育て中、餌かもしれないと思ったものは、サンダルだろうが革靴だろうが、なんでも持って帰る習性があるからね。それが妖怪になっても残ってるんだろうさ」
「なるほど。生前の習性ですか……。だけど、こんなに付喪神が集まっていたら大きな怪異を招くおそれがあるし、妖狐たちにはなんとか我慢してもらわなくちゃいけませんね」
「あー。言っとくけど、妖狐の辞書に我慢の文字はないぞ……。犬なんかと違って、根本が野生動物だからな……」
喬は肩をすくめて言い、手に持っていたサンダルの付喪神をひょいと妖狐の子に投げ返した。二匹の子はたちまちその付喪神に飛びつき、綱引きのように引っ張り合って遊びはじめる。食べるつもりはないことが分かっていても、見ていて付喪神の身が心配になる光景だ。
と、その時である。紬は地面の上に、履物の付喪神にまじって奇妙なものが落ちていることに気がつき、そちらを指さして言った。
「ん? あれ、なんですかね?」
紬は付喪神たちを踏まないように気をつけてそれに近づくと、しゃがみこんでまじまじと観察する。
半透明なカニの脚先の殻のようなものだ。太さは人の腕と同じくらいだが、長さは十センチほどしかない。枝を拾ってつつこうとすると、すり抜けてしまったので実体がないことが分かった。
「僕が先週来た時にはなかったけど、もしかして妖怪の抜け殻かなんかか……?」
喬は眉をひそめて紬の隣に腰を下ろす。その言葉を聞いた紬は思わず顔をひきつらせた。
「そ。実体がないタイプのやつ。化け草履とか化け古下駄の仲間だね」
喬がサンダルの一つをひょいと拾い上げると、その底面にはつぶらな瞳が一つついていて、ぱちくりと瞬きした。
「あ、どうも。こんにちは……。それにしても、すごい数ですね。履物の付喪神がこんなに……」
紬は困惑してサンダルのあやかしと見つめ合う。と、その時。
「あーっ! キョウが僕たちのおもちゃ取ってる!」
不意に足元で声がしたので、びっくりして視線を落とすと、いつの間にか一匹の妖狐の子が非難の眼差しでこちらを見上げていた。
「わあっ!? ごめん! これ、あなたのおもちゃだったの?」
紬は驚きの声を上げる。そんな彼女の反応を前に、喬は呆れた表情を浮かべた。
「謝ってどうするんだよ。あんたの仕事はここに集められた付喪神たちを一つ残らず回収することじゃないのか?」
「あ。確かに……」
紬は依頼の内容を思い出し、小さく咳払いして妖狐の子の前にしゃがみこむと、真面目な顔で改めて口を開いた。
「こんにちは。私は陰陽師協会京都本部、動物の怪係の賀茂紬と言います。あなたたちが履物の付喪神を近所から集めて回っていると聞いて来ました」
「おんみょうじきょうかい~?」
だが、妖狐の子は怪訝な顔をして小首を傾げるばかりだ。と、その声を聞きつけたのか、奥の茂みから二匹目の子がおどおどと這い出してきて、「な、なに……? 今、ここには僕たちしかいないよ……」とおびえた様子で言う。どうやら、あそこが妖狐の巣になっているらしい。
「うーん……。確かに、この辺りにチビたち以外の妖気は感じないな。どうする? 子供相手じゃ埒が明かねえぜ?」
千綾が紬の肩の上で鼻をひくひくさせながら囁いた。紬は顎に手を添えて小さく唸りながら立ち上がり、喬の方を向く。
「付喪神を運んできているのはおとなの妖狐でしょうし、子供たちに注意しても仕方ないですよね。少し待ちましょうか?」
「嫌だって言ってもどうせ待つんだろ? ま、この子たちの面倒を見ている成獣は三匹いたはずだし、そのうち誰か帰ってくるだろうとは思うけどさ」
と、喬はため息交じりに答えた。紬は驚いて目を丸くする。
「えっ? 三匹って、親以外の成獣も子育てに参加してるんですか?」
紬が問うと、喬はさも当然のように頷いた。
「ああ。狐ってのは、自分の子供じゃなくても進んで世話したがる動物なんだよ。実の兄や姉が子育てを手伝うのは珍しくないし、時には養子を育てることもある。この子たちは両親と死に別れてたはずだから、件の三匹の成獣は、親戚でもなんでもない近所の妖狐たちだと思うよ。もっとも、ここじゃ、そいつらのおせっかいのせいで大量に集められた付喪神が溢れかえってるわけだけどさ」
「へえー。血が繋がっていなくても面倒を見るなんて、愛情深い動物なんですね。じゃあ、この付喪神は子供たちへのプレゼントなんでしょうか?」
「プレゼントっていうか、子供にあげる餌のつもりなんだろ。狐は子育て中、餌かもしれないと思ったものは、サンダルだろうが革靴だろうが、なんでも持って帰る習性があるからね。それが妖怪になっても残ってるんだろうさ」
「なるほど。生前の習性ですか……。だけど、こんなに付喪神が集まっていたら大きな怪異を招くおそれがあるし、妖狐たちにはなんとか我慢してもらわなくちゃいけませんね」
「あー。言っとくけど、妖狐の辞書に我慢の文字はないぞ……。犬なんかと違って、根本が野生動物だからな……」
喬は肩をすくめて言い、手に持っていたサンダルの付喪神をひょいと妖狐の子に投げ返した。二匹の子はたちまちその付喪神に飛びつき、綱引きのように引っ張り合って遊びはじめる。食べるつもりはないことが分かっていても、見ていて付喪神の身が心配になる光景だ。
と、その時である。紬は地面の上に、履物の付喪神にまじって奇妙なものが落ちていることに気がつき、そちらを指さして言った。
「ん? あれ、なんですかね?」
紬は付喪神たちを踏まないように気をつけてそれに近づくと、しゃがみこんでまじまじと観察する。
半透明なカニの脚先の殻のようなものだ。太さは人の腕と同じくらいだが、長さは十センチほどしかない。枝を拾ってつつこうとすると、すり抜けてしまったので実体がないことが分かった。
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