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第三章
兎神社のみなしご狐 4
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「えーっと。確認ですが、今の話だと、その子はすでに大きくなっちゃってるってことですよね?」
「ああ。まだ成獣よりは一回り小さいけど、見た目はすでに立派な若狐になってるな。少なくとも、誰にでも心を開ける社会化期は終わってる可能性が高い」
喬は深刻な顔をして頷く。
「ということは、その子は狐坂さんにも馴れてないんですね?」
紬が尋ねると、喬は苦笑しつつ肩をすくめて見せた。
「そうだな。あいつは誰も信用していないし、まともにコミュニケーションを取ることすらままならない。呪術を使えない僕が力ずくで捕まえようとしても、せいぜいおちょくられるのが関の山だ……」
「なるほど……。それで私の出番というわけですか」
紬は顎に手を添えて呟く。面倒ごとを押し付けられただけだと思っていたが、詳しく話を聞いてみれば、確かにこの件は陰陽師協会に依頼するしかなかったのかもしれない。狐坂さんに文句を言うべきじゃなかったかもな、と紬は反省した。
――が、その直後。
「というわけで、あとはこの天才陰陽師さんが親切にも依頼を引き継いでくださるそうです。僕たちは大船に乗ったつもりで解決を待ちましょう」
喬がそんな無責任なことを莵道に向かって言うのが聞こえたので、紬は一瞬で考えを改める。やはりこの男、私に全て任せて職務を放り出そうって魂胆じゃないのか!?
しかし、喬の人となりを知らない莵道はその言葉を文字通りに捉えたらしく、満面に安堵の表情を浮かべて頭を下げてくる。
「ありがとねえ。賀茂さんが担当してくれるなら安心して任せられるわ。大変だと思うけどお願いね~」
「あ、いや、その……」
紬は口ごもり、同時に横目で喬を睨みつけた。だが、腹立たしいことに、狐番はどこ吹く風で涼しい顔をしている。紬はその口に霊符でも貼り付けてやりたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて莵道に向き直り、平静を装って答えた。
「――私が一人で解決できる保証はないですけど、全力を尽くします」
「頼りになるわね~。助かるわあ。それじゃあ、私はそろそろお暇させていただこうかしらね」
莵道はそう言うと、こちらに笑顔で手を振りながら遠ざかっていく。
「あ、はい。お疲れ様でした。また進捗をお伝えいたしますね」
紬は手を振り返し、にこやかに挨拶した。それから、莵道の後に続いて「じゃ、僕も……」と立ち去りかけた喬の腕をガシッと捕まえ、氷のように冷たい表情で彼を呼び止める。
「どこに行くんですか? まだ問題の妖狐すら見つかっていないんですよ? もちろん狐坂さんは一緒に探すのを手伝ってくれますよね?」
「おお……。意外に力強いね、あんた……」
喬は目を丸くしてぐいぐいと引っ張り返してきた。紬は負けじと両手に力を込めて言う。
「逃がしませんよ! あなたはどうせ帰っても仕事をサボって遊ぶだけでしょう!? 私に全部押し付けて自分はラクしようだなんて、そんなことは絶対に許しませんからね!」
「なんだと!? 僕はただ遊んでいるわけじゃない。僕は長年、折り紙のデザインの研究という高尚な課題に取り組んでいるんだ! だいたい、この件について僕はほとんど戦力になれないって、さっき言ったばかりだろ!?」
「なんですか! 折り紙のデザインって! そんなことよりこっちの依頼の方が大事でしょ!? 別に戦力にならなくてもいいですから、せめて協力する意思を見せてくださいよ!」
「お? 精神論か? 気合いだけじゃどうにもならないことだってあるんだぜ?」
二人は腕を引っ張り合いながら激しく言い争う。彼らの足元を一匹の妖兎が駆け抜けていったのはちょうどその時であった。
「あれっ? どうしたの!?」
紬はびっくりして白いもふもふな後ろ姿に声をかける。だが、妖兎はこちらに構っている余裕はない様子で、一目散に拝殿の中へ駆け込んで姿を消してしまった。
さらにその直後、紬は右耳のあたりをなにかが背後から前方へかすめ飛んでいくような気配を感じ、驚いて跳び退いた弾みで喬にぶつかってしてしまう。
「あいたっ! すみません!」
反射的に謝って体勢を立て直す紬。と、次の瞬間、拝殿の前から少年のような若い声がした。
「ちぇーっ。逃げられた。つまんないのーっ」
見れば、そこには一匹の妖狐が宙に浮かび、残念そうに拝殿の中をのぞき込んでいた。サイズは猫と同じくらいだろうか。顔つきには幼さが残っているが、狐らしくスラッとした体形はすでに剽悍な成獣を思わせる。
「あいつだ」
喬が耳打ちしてきた。「名前は?」と紬が囁き返すと、「未定」という短い答えが返ってくる。
(名前がないと呼びづらいな……)
紬は心の中でそう呟きながら、喬の腕から手を離し、おそるおそる妖狐から五メートルほどの距離に近づいた。そして、なるべく相手を驚かせないように小声で、
「ねえねえ。君、なにやってるの?」
と話しかける。途端、妖狐は毛を逆立てて飛び上がり、こちらを振り返った。
「ああ。まだ成獣よりは一回り小さいけど、見た目はすでに立派な若狐になってるな。少なくとも、誰にでも心を開ける社会化期は終わってる可能性が高い」
喬は深刻な顔をして頷く。
「ということは、その子は狐坂さんにも馴れてないんですね?」
紬が尋ねると、喬は苦笑しつつ肩をすくめて見せた。
「そうだな。あいつは誰も信用していないし、まともにコミュニケーションを取ることすらままならない。呪術を使えない僕が力ずくで捕まえようとしても、せいぜいおちょくられるのが関の山だ……」
「なるほど……。それで私の出番というわけですか」
紬は顎に手を添えて呟く。面倒ごとを押し付けられただけだと思っていたが、詳しく話を聞いてみれば、確かにこの件は陰陽師協会に依頼するしかなかったのかもしれない。狐坂さんに文句を言うべきじゃなかったかもな、と紬は反省した。
――が、その直後。
「というわけで、あとはこの天才陰陽師さんが親切にも依頼を引き継いでくださるそうです。僕たちは大船に乗ったつもりで解決を待ちましょう」
喬がそんな無責任なことを莵道に向かって言うのが聞こえたので、紬は一瞬で考えを改める。やはりこの男、私に全て任せて職務を放り出そうって魂胆じゃないのか!?
しかし、喬の人となりを知らない莵道はその言葉を文字通りに捉えたらしく、満面に安堵の表情を浮かべて頭を下げてくる。
「ありがとねえ。賀茂さんが担当してくれるなら安心して任せられるわ。大変だと思うけどお願いね~」
「あ、いや、その……」
紬は口ごもり、同時に横目で喬を睨みつけた。だが、腹立たしいことに、狐番はどこ吹く風で涼しい顔をしている。紬はその口に霊符でも貼り付けてやりたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて莵道に向き直り、平静を装って答えた。
「――私が一人で解決できる保証はないですけど、全力を尽くします」
「頼りになるわね~。助かるわあ。それじゃあ、私はそろそろお暇させていただこうかしらね」
莵道はそう言うと、こちらに笑顔で手を振りながら遠ざかっていく。
「あ、はい。お疲れ様でした。また進捗をお伝えいたしますね」
紬は手を振り返し、にこやかに挨拶した。それから、莵道の後に続いて「じゃ、僕も……」と立ち去りかけた喬の腕をガシッと捕まえ、氷のように冷たい表情で彼を呼び止める。
「どこに行くんですか? まだ問題の妖狐すら見つかっていないんですよ? もちろん狐坂さんは一緒に探すのを手伝ってくれますよね?」
「おお……。意外に力強いね、あんた……」
喬は目を丸くしてぐいぐいと引っ張り返してきた。紬は負けじと両手に力を込めて言う。
「逃がしませんよ! あなたはどうせ帰っても仕事をサボって遊ぶだけでしょう!? 私に全部押し付けて自分はラクしようだなんて、そんなことは絶対に許しませんからね!」
「なんだと!? 僕はただ遊んでいるわけじゃない。僕は長年、折り紙のデザインの研究という高尚な課題に取り組んでいるんだ! だいたい、この件について僕はほとんど戦力になれないって、さっき言ったばかりだろ!?」
「なんですか! 折り紙のデザインって! そんなことよりこっちの依頼の方が大事でしょ!? 別に戦力にならなくてもいいですから、せめて協力する意思を見せてくださいよ!」
「お? 精神論か? 気合いだけじゃどうにもならないことだってあるんだぜ?」
二人は腕を引っ張り合いながら激しく言い争う。彼らの足元を一匹の妖兎が駆け抜けていったのはちょうどその時であった。
「あれっ? どうしたの!?」
紬はびっくりして白いもふもふな後ろ姿に声をかける。だが、妖兎はこちらに構っている余裕はない様子で、一目散に拝殿の中へ駆け込んで姿を消してしまった。
さらにその直後、紬は右耳のあたりをなにかが背後から前方へかすめ飛んでいくような気配を感じ、驚いて跳び退いた弾みで喬にぶつかってしてしまう。
「あいたっ! すみません!」
反射的に謝って体勢を立て直す紬。と、次の瞬間、拝殿の前から少年のような若い声がした。
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見れば、そこには一匹の妖狐が宙に浮かび、残念そうに拝殿の中をのぞき込んでいた。サイズは猫と同じくらいだろうか。顔つきには幼さが残っているが、狐らしくスラッとした体形はすでに剽悍な成獣を思わせる。
「あいつだ」
喬が耳打ちしてきた。「名前は?」と紬が囁き返すと、「未定」という短い答えが返ってくる。
(名前がないと呼びづらいな……)
紬は心の中でそう呟きながら、喬の腕から手を離し、おそるおそる妖狐から五メートルほどの距離に近づいた。そして、なるべく相手を驚かせないように小声で、
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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