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第三章
兎神社のみなしご狐 5
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「な、な、な、なんだ人間! おいらが見えてるのか!?」
妖狐は上ずった声を出しながら、背中を丸めて臨戦態勢を取った。紬は内心焦りを覚えながら、相手の警戒心を解こうとなるべく優しい口調で続ける。
「うん。見えてるよ。私は陰陽師協会京都本部、動物の怪係の賀茂紬っていうんだけど、ちょっと話を聞かせてくれないかな?」
「話ぃー? そんなこと言って、おいらを捕まえるつもりなんだろ!」
妖狐はそう言って空中をじりじりと遠ざかっていく。
「捕まえたりなんかしないよ! 待って!」
紬は相手の方に手を伸ばし、これ以上距離を空けられないように足を踏み出した。しかし、妖狐は口の先から舌をのぞかせて、
「へへーん! やなこった!」
と紬の手が届かない高度まで一気に飛び上がる。それと同時に、ボウッと赤い火の玉が、いきなり紬の目の前に出現した。
「わっ!?」
紬は仰天してバランスを崩し、その場に尻もちをつく。
「いっしっし! ビビったビビったー!」
妖狐はケタケタと笑いながら、拝殿の屋根の向こうに回り込み、あっという間に姿を消してしまった。
「くそっ! あのいたずら小僧! 舐めやがって! 俺がとっつかまえてやる!」
千綾が今にもジャンプしそうな姿勢で怒りを露わにする。
「待って! ストップ!」
紬は弾けるように身を起こし、さっと手を出して猫又の頭を押さえた。千綾が本気を出せば逃げた妖狐を捕まえられるかもしれないが、そんなことをしてしまっては、あの子から完全に嫌われてしまうだろう。
「な? 手強いだろ?」
後ろから声がしたので立ち上がって振り返ると、喬はさっきいた場所から一歩も動かず、両手をポケットに突っ込んでこちらを眺めていた。ハナから傍観を決め込んでいる彼の態度に怒る気すら失せ、紬はため息をつきながら頷く。
「そうですね……。あんなに逃げ足が速くて、おまけに妖術まで使ってくるとは思いませんでした。あの火の玉はいわゆる狐火っていうやつですよね?」
「正解。厄介なことに、あれがあいつの得意技なんだ。あの幻の火に当たると、その場所が蚊に刺されたみたいにちょっとかゆくなる呪いにかかる」
「……地味な効果ですけど、かゆいのは嫌ですね」
「だろ? だからあいつに対抗できるのは、呪術が使える陰陽師だけなんだ。――と、いうわけで、あとはよろしく頼む」
「あっ!? ちょっと! 逃げるつもりですか!? って、速っ!?」
脱兎のごとく走り去っていく喬に向かって紬は鋭く叫ぶ。しかし、喬は一目散に神社から飛び出し、あっという間に見えなくなってしまった。一人だけ取り残された紬は脱力し、がっくりと肩を落とす。
「あんにゃろう! 俺が連れ戻してこようか?」
「いや……いいよ。あの人はいてもどうせなにもやってくれないし」
千綾の申し出に、紬は諦念を滲ませた口調で答えた。……仕方ない。こうなったら自力でなんとかする方法を考えよう。
「――とりあえず、みなしごちゃんに心を許してもらわないことにははじまらないよね……」
紬は妖狐が消えた屋根の方を見上げて呟く。
「でも、どうやって? さっきみたいに逃げられてばかりじゃ、ろくに話すこともできないぞ?」
千綾が首を傾げて尋ねてきた。紬はこの先の大変な道のりを想像しながら、苦笑を浮かべて答える。
「逃げられてもいいの。毎日毎日顔を合わせていれば、徐々に警戒心を解いていってもらえると思うから。確か、こういうやり方のことを、野生動物学者は『人付け』って呼ぶのよ」
「え。じゃあ、まさか俺たち、これからずっとここに通うのか?」
目を丸くして尋ねてくる千綾に向かって紬は首肯する。
「うん。また新しく日課が増えちゃったね……」
そして、半ばやけくそになって「うおー! 大忙しだー! やるぞー!!」と叫ぶと、拳を天に向かって突き上げたのだった。
***
妖狐は上ずった声を出しながら、背中を丸めて臨戦態勢を取った。紬は内心焦りを覚えながら、相手の警戒心を解こうとなるべく優しい口調で続ける。
「うん。見えてるよ。私は陰陽師協会京都本部、動物の怪係の賀茂紬っていうんだけど、ちょっと話を聞かせてくれないかな?」
「話ぃー? そんなこと言って、おいらを捕まえるつもりなんだろ!」
妖狐はそう言って空中をじりじりと遠ざかっていく。
「捕まえたりなんかしないよ! 待って!」
紬は相手の方に手を伸ばし、これ以上距離を空けられないように足を踏み出した。しかし、妖狐は口の先から舌をのぞかせて、
「へへーん! やなこった!」
と紬の手が届かない高度まで一気に飛び上がる。それと同時に、ボウッと赤い火の玉が、いきなり紬の目の前に出現した。
「わっ!?」
紬は仰天してバランスを崩し、その場に尻もちをつく。
「いっしっし! ビビったビビったー!」
妖狐はケタケタと笑いながら、拝殿の屋根の向こうに回り込み、あっという間に姿を消してしまった。
「くそっ! あのいたずら小僧! 舐めやがって! 俺がとっつかまえてやる!」
千綾が今にもジャンプしそうな姿勢で怒りを露わにする。
「待って! ストップ!」
紬は弾けるように身を起こし、さっと手を出して猫又の頭を押さえた。千綾が本気を出せば逃げた妖狐を捕まえられるかもしれないが、そんなことをしてしまっては、あの子から完全に嫌われてしまうだろう。
「な? 手強いだろ?」
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「そうですね……。あんなに逃げ足が速くて、おまけに妖術まで使ってくるとは思いませんでした。あの火の玉はいわゆる狐火っていうやつですよね?」
「正解。厄介なことに、あれがあいつの得意技なんだ。あの幻の火に当たると、その場所が蚊に刺されたみたいにちょっとかゆくなる呪いにかかる」
「……地味な効果ですけど、かゆいのは嫌ですね」
「だろ? だからあいつに対抗できるのは、呪術が使える陰陽師だけなんだ。――と、いうわけで、あとはよろしく頼む」
「あっ!? ちょっと! 逃げるつもりですか!? って、速っ!?」
脱兎のごとく走り去っていく喬に向かって紬は鋭く叫ぶ。しかし、喬は一目散に神社から飛び出し、あっという間に見えなくなってしまった。一人だけ取り残された紬は脱力し、がっくりと肩を落とす。
「あんにゃろう! 俺が連れ戻してこようか?」
「いや……いいよ。あの人はいてもどうせなにもやってくれないし」
千綾の申し出に、紬は諦念を滲ませた口調で答えた。……仕方ない。こうなったら自力でなんとかする方法を考えよう。
「――とりあえず、みなしごちゃんに心を許してもらわないことにははじまらないよね……」
紬は妖狐が消えた屋根の方を見上げて呟く。
「でも、どうやって? さっきみたいに逃げられてばかりじゃ、ろくに話すこともできないぞ?」
千綾が首を傾げて尋ねてきた。紬はこの先の大変な道のりを想像しながら、苦笑を浮かべて答える。
「逃げられてもいいの。毎日毎日顔を合わせていれば、徐々に警戒心を解いていってもらえると思うから。確か、こういうやり方のことを、野生動物学者は『人付け』って呼ぶのよ」
「え。じゃあ、まさか俺たち、これからずっとここに通うのか?」
目を丸くして尋ねてくる千綾に向かって紬は首肯する。
「うん。また新しく日課が増えちゃったね……」
そして、半ばやけくそになって「うおー! 大忙しだー! やるぞー!!」と叫ぶと、拳を天に向かって突き上げたのだった。
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