いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

文字の大きさ
25 / 46
第三章

兎神社のみなしご狐 6

しおりを挟む
 人付けは野生のゴリラでさえ人の追跡を許すようになる極めて効果的な手法だが、ゼロからその状態に持っていくためには、長い時間と労力を必要とする。すなわち、人付けには根気強さが不可欠なのである。

「うわっ! また出た!」
「こんにちは、岡丸。今日の調子はどう?」

 岡崎神社に通いはじめて十日目。しとしとと降る雨が石畳を濡らす中、紬は傘をさして、手水舎の中にいる妖狐に話しかけた。岡丸というのは、紬がこの子につけた名前である。由来はもちろん岡崎という地名だ。岡丸は迷惑そうな顔でふわりと宙に浮かび、こちらを見下ろして言う。

「しつこいなあ……。おいらの狐火をよけようとして水たまりに足を突っ込んだばかりなのに、また懲りずに来たの?」
「ふっふっふ。昨日は確かにしてやられたわ。でも、今日はちゃんと長靴を履いてきたから大丈夫! どこからでもかかってきなさい!」

 紬は片足を上げて自慢の長靴を見せびらかしながら答えた。岡丸はそっぽを向いてフンと鼻を鳴らす。

「そんなことしたっておいらは捕まえられないよ~」
「だから捕まえようとしてないってば」

 いつもの押し問答を繰り返す一人と一匹。真っ赤な狐火が紬の目の前にボウッと現れたのはその直後だった。

「おっと!」

 紬はすんでのところで頭を下げて狐火をよけ、不敵な笑みを岡丸に向ける。

「ふふん。そう何度も同じ手を食うと思ったら大間違いよ。君の攻撃パターンは読めてきてるんだから――。アチッ!?」

 しかし、紬の笑みはすぐに歪むことになった。狐火が彼女の背中に命中したのである。

「いししっ! 一度出した狐火はおいらが自由に動かせるんだよー! 残念でしたー!」

 岡丸は紬をからかうようにベーッと舌を出すと、手水舎の奥に並べられた絵馬をすり抜けて姿をくらました。
 
「ひーっ。やられたーっ! かゆいーっ!」

 紬は顔をしかめ、急いで取り出した霊符を背中に押し付ける。こうすれば少しは呪いが緩和されるのだが、効果は虫刺されに薬を塗るようなもので、かゆみが完全に消えるわけではない。

「紬ー、大丈夫かあ? 毎日狐火にやられて、体中が呪いだらけになってきてるけど」
 
 千綾が心配そうに声をかけてくる。しかし、紬は瞳に闘志の炎を燃やして首を縦に振った。

「ふふ……。このくらいどうってことないわ。狐火が動くっていうなら、明日からはそのつもりで対策しないとね……」
「うわあ……。すっかりムキになってるじゃん……」

 千綾はぺたんと耳を伏せて言った。

 ***

 岡丸の人付けと並行して、紬はこれまでに出会った妖狐たちにも意見を聞きに足を運んだ。

「ふーん。みなしごの妖狐ちゃんねえ……」

と首を傾げたのは哲学の道で再会した小春である。

「そうなんです……。ちょうど小春ちゃんの子供たちと同い年なんですけど、どうやって仲良くなったらいいと思いますか?」

 紬が尋ねると、小春は難しい顔をしてゆっくりと尻尾を揺らしながら答えた。

「そうやねえ……。うちの子も親と一緒にいる時間はだんだん少なくなってきてるしなあ……。子供たちは自立心が強くなってくる頃やし、今から見ず知らずの相手と親しくなるのは大変やろうねえ」
「えっ。自立って、もうそんな時期なんですか?」

 紬は目を丸くして聞き返す。小春は笑って言った。

「びっくりした? 狐は生まれて半年もすれば親離れをはじめるんやで。といっても、うちの子たちは相変わらずの甘えん坊やし、きょうだいで一緒に遊んでる姿もよく見かけるけどね。完全な独り立ちはまだまだ先になりそうやなあ」
「そっか……。狐は狼みたいに大きな群れをつくる動物じゃないから、大半の子供は家族から離れて行っちゃうんですね。そう考えると、今さら岡丸と距離を縮めようとするのは、遅きに失してしまっているのかも……」

 紬は眉根に皺を寄せて唸った。しかし、小春は前向きな口調で続ける。

「うちは諦めるには早いと思うで。狐は親元を離れた後も、恋の相手を探したり、子育てしたりするんやから、新たな出会いの機会がなくなるわけじゃないし。きっかけさえあれば、あんたもそのみなしごちゃんとお近づきになれるんちゃうかな?」
「きっかけ……ですか」
「そう。子狐っていうのは、この世の全てに興味津々な生き物やからね。そのみなしごちゃんのあんたに対する好奇心がなにかの拍子に警戒心を上回りさえすれば、逆に向こうから近づいてくるようになると思うで」
「なるほど! 相手の好奇心を引き出すという発想はありませんでした! 岡丸の警戒心をゼロにするのが難しくても、その手を使えば急接近できる可能性がありますね!」

 紬は目を輝かせてポンと高らかに手を打ち鳴らした。
 そもそも人付けは野生動物を観察するために開発された技術なので、その目標は動物が観察者の存在を気にしなくなることである。しかし今回、紬が目指しているのは、岡丸との友好的な関係構築だ。ならば、あえて岡丸の注意を引くようにふるまう作戦が功を奏するかもしれない。やはり餅は餅屋だ。妖狐のことは妖狐に聞いてみるのが一番である。

「大変参考になりました! ありがとうございます!」

 紬が嬉々として頭を下げると、小春は気づかわしげに首を傾げて答えた。

「張り切んのはいいけど、くれぐれも体を壊さへんように気いつけや」
「はい! 頑張ります!」

 紬は元気に返事をして、さっそく新たな作戦の実行に向けて動き出したのだった。

 ***
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

処理中です...