いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

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第三章

兎神社のみなしご狐 7

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 岡崎神社に通いはじめて二十日目。紬は御器谷先輩から無害かつ実体を持たない付喪神をいくつか借り、それらを身にまとって岡丸が現れるのを今か今かと待ち構えていた。
 頭には時代劇に出てきそうな古びた網代笠をかぶり、体にはマジシャンっぽい赤と黒のマントを羽織って、手には蓋つきの大きな釜を抱えている。どれも一般人から見ることはできないが、岡丸視点では気になって仕方がない見た目になっているはずだ。
 時刻は午前九時。今にも泣きだしそうな空の下、境内に他の参拝客の姿は見当たらない。誰の目も気にしなくていい完璧なシチュエーションである。あとは手筈通りに事を運ぶだけだ。

「合図したら音を鳴らしてね」
 
 紬が釜に向かって声をかけると、ピィ、プシュッと蓋を少し浮かせて釜が返事をする。これは「鳴釜」という、不思議な音で人を驚かすのが好きな妖怪だった。

「……来たぞ。左だ」

 すると、ほどなくして、肩の上の千綾が不意に耳打ちしてくる。紬が目だけを動かして左手を伺うと、果たして木陰からこっそりこちらの様子を伺う妖狐の姿が見えた。

(よしよし。すっかり私から目が離せなくなってるね)

 紬は内心ほくそ笑みながら、岡丸には気付かないふりをして、「今よ」と鳴釜に囁きかける。途端に鳴釜は口を開くように大きく蓋を浮かせ、中からウワーンと唸るような音を辺りに響かせた。岡丸の耳がピンと立つのを目の端に捉えながら、紬は大袈裟な動作で釜の中をのぞき込み、わざとらしい口ぶりで大きな声を上げる。

「へえーっ! 面白ーい! 中はこんな風になってるんだー。なるほどーっ! だから音が鳴るんだねー!」

 木陰からのぞいていた岡丸の首が伸びた。もっとも、実際の鳴釜の中には妖気が渦巻いているだけで何も入っていない。鳴釜の蓋の隙間を岡丸からのぞかれないようにさりげなく角度を調整しながら、紬はさらに演技を続けた。 

「うわーっ! これはびっくりだなあ! すごいものを見たよー! みんなにも教えてあげなきゃ!」

 岡丸の全身が徐々に木陰から姿を現し、ふわふわとこちらに吸い寄せられてくる。紬はしめしめと思いながら、岡丸が三メートルほどの距離まで近づくのを待ち、急に振り返って驚くふりをした。

「あれっ? 岡丸、どうしたの?」
「キャウッ!?」

 岡丸はびっくりした様子で空中に急停止し、鳴釜とこちらの顔を見比べながら、耳を前後にくるくると動かす。これは逃げるべきかその場に留まるべきかを迷っている仕草だ。
 紬はニヤリと笑い、音を出し続けている鳴釜をひょいと掲げて言う。

「おや? もしかして、この中身が気になってるの?」
「そ、そうだよ! なんだ、その怪しいの!」

 岡丸は甲高い声を上げた。紬はすまし顔で鳴釜の蓋を閉じ、音を止めてから、いかにも申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「ごめんねー。残念だけど、これは岡丸には見せられないなあ。中に何が入ってるかはヒ・ミ・ツ」
「怪しいぞ! ますます怪しい!」

 岡丸は鳴釜を見つめ、いらだちを露わにして尻尾を振り回した。

(さあて。そろそろ仕掛けてくるかな?)

 紬は鳴釜を左の小脇に抱え直し、右手で人形代を一枚取り出して指の間に挟む。すると予想通り、岡丸はついに我慢ができなくなった様子で、突風のように飛びかかってきた。

「もういいよ! 見せてくれないなら勝手にのぞくから!」
「おっと! そうはさせないよ!」

 紬は半身になって岡丸の急襲をかわし、バックステップしながら人形代を胸の前に構え直す。依然として岡丸の動きは人間が目で追えないほどに速いが、紬はすでに彼の予備動作から攻撃の先読みができるようになっていた。

「う~! なんだよ! そのひらひらの布! 狙いが付けにくいぞ!」
「ふふん。それも計画のうちよ」

 紬はマントを翻し、岡丸の追撃をいなしながら言う。岡丸が意地になればなるほど、紬に近づく時間は長くなっていく。紬は新たな作戦が功を奏していることを実感しつつ、さらに岡丸を挑発した。

「ほらほら! そんな調子じゃ全然当たらないよ!」
「なんだとーっ!?」

 岡丸が感情を昂らせると、今度は狐火が彼女の足元でパッと燃え上がる。しかしこれも、紬は軽やかな足さばきでいとも容易く避けた。狐火の出現場所と移動先は、岡丸の視線に注意していればおおむね予想できる。慣れてしまえばかわすことはさほど難しくない。

「むむむむむ……。こうなったら、おいらの必殺技をくらえ!」
「へえ、面白いね! その必殺技、私が受けてあげる!」

 やがて両者はヒートアップし、空中に飛び上がって口を大きく開けた岡丸を紬が下から迎え撃つ構図になる。次の瞬間、岡丸が「こやややややーっ!」と叫ぶと、無数の狐火が次々に出現し、雨あられのごとく紬に降り注いだ。

「ふう……。どうだ! 参ったか!」

 岡丸は勝利を確信した口調で言う。――ところが、なんと、紬はすでに狐火の落下地点から離れた場所に立って彼を見上げていた。「あれっ?」と辺りを見回してやっとこちらに気がついた岡丸に向かって、紬は朗らかに声をかける。

「いやあ、まだ子供なのにすごい妖術だね。妖狐が動物の怪の代表格になっている理由が分かる気がするよ」
「え? え? なんで?」

 目を白黒させる岡丸。紬はニヤッとしながら地面に落ちた人形代を拾い上げて岡丸にウインクした。

「身代わりを使った幻術だよ。残念でしたー」
「え……? げ、げんじゅつ? ぐぬぬ……。なにがなんだか分からないけど、次は負けないぞ!」

 岡丸はそう言い捨てると、拝殿の屋根を飛び越えて瞬く間に姿を消す。

「やれやれ……。とりあえず今日のところはこんなもんかな……」

 紬は額の汗を拭い、確かな手ごたえを感じてふっと口元をほころばせたのだった。

 ***
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