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第四章
狸谷山の一大事 2
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車で市街地を抜けて細い山道を上っていくと、やがて「狸谷山不動院」と文字が刻まれた厳めしい巨大な石碑に突き当った。だが、それよりも紬の目を引いたのは、その周囲に所狭しと並んだ狸の置物である。歴史を感じさせる苔むした狸たちは独特の雰囲気を醸し出しており、それはコミカルとも不気味とも神秘的とも形容しうる異彩を放っていた。
「着きました! ほら! 行きますよ!」
石碑の先は石段になっているため、車で入れるのはここまでである。紬はエンジンを切ると、いまだに言い争いを続けている喬と千綾に鋭く声をかけた。
「はいはい……。仰せのままに……」
喬は気だるげに答え、千綾をしっしと追い払うような仕草をしながら助手席側のドアを開ける。紬は喬に飛びかかろうとする千綾の首根っこを捕まえ、運転席側のドアから降りた。――途端、ムッとする熱気とやかましいほどの蝉時雨が彼女を包みこむ。道の両側には木々が鬱蒼と生い茂り、すでに深い森の中に足を踏み入れた実感があった。
「まるで異世界に迷い込んだみたいね……」
紬は独り言つ。普段の紬なら、目を輝かせて狸の置物を一つ一つ見比べ、スマホで写真を撮りまくっているところだ。しかし、あいにく今回は観光を楽しむ時間の余裕はない。紬はきょろきょろと周囲を見回し、階段の上にある古びた鳥居の近くにたたずむ女性の姿を認めると、「おーい!」と呼びかけながら大きく手を振った。
「あっ。賀茂さん、こんにちは~」
女性はこちらに手を振り返してくる。彼女こそが、狸番の狸塚みやこだった。歳はちょうど紬と同じ二十二。白のTシャツにジーンズといったラフな服装で、淡い色の髪を頭の上でお団子にまとめている。紬は階段を駆け上って彼女に走り寄ると、後ろを振り返り、まだ階段の下で狸の置物の群れを眺めている喬に向かって大声で叫んだ。
「ちょっと!? なにしてるんですか!? 早く来てください!」
「分かってるから、そう急かすなよ……。最初からそんなに飛ばしてたら、暑さで体がまいっちまうぞ」
喬はやっとこさ早歩きでこちらに追いついてくる。紬は渋い顔で彼を指さし、狸塚に向き直って言った。
「こちらが狐番の狐坂さんです」
「あ~。どうも~。はじめまして~」
狸塚はおっとりした笑みを浮かべて喬に声をかける。
「あー。どうも。じゃあ、あんたが狸番の……」
「狸塚です~」
「そっか。よろしく」
喬はそっけなく答えて軽く頭を下げた。紬は彼の不愛想な態度に苦言を呈したい衝動に駆られたが、今はそんなことをいちいち指摘している場合じゃない。
「すみません。では、早速ですけど、様子がおかしい妖狐に遭遇したという現場に案内していただいてもよろしいでしょうか?」
紬は挨拶もそこそこにして、狸塚に先導をお願いすることにした。
「ええ。もちろんです~」
狸塚はそう答えて歩き出し、紬と喬はその後に続く。
ずらりと並んだ赤い鳥居と楼門をくぐり、さらに進むと、階段の途中に立つ弘法大師像が一行を迎えた。像の足には健脚を祈願して奉納された無数の小さな草履が括りつけられている。紬は「99段目」と書かれた看板を持った狸の置物を足元に見ながら、狸塚の背に向かって話しかけた。
「それにしても、この山は狸の置物だらけですね……。やっぱりここには、狸のあやかしもたくさん棲んでいるんですか?」
「ええ~。多いですよ~。ですから私は、よくここで妖狸の見回りをしているんです~」
狸塚はこちらを振り返り、少し間延びした口ぶりで答える。紬は額の汗を拭いながら質問を重ねた。
「なるほど。ということは、狸塚さんは見回り中に例の妖狐を見つけたんですね?」
「おっしゃる通りです~」
「着きました! ほら! 行きますよ!」
石碑の先は石段になっているため、車で入れるのはここまでである。紬はエンジンを切ると、いまだに言い争いを続けている喬と千綾に鋭く声をかけた。
「はいはい……。仰せのままに……」
喬は気だるげに答え、千綾をしっしと追い払うような仕草をしながら助手席側のドアを開ける。紬は喬に飛びかかろうとする千綾の首根っこを捕まえ、運転席側のドアから降りた。――途端、ムッとする熱気とやかましいほどの蝉時雨が彼女を包みこむ。道の両側には木々が鬱蒼と生い茂り、すでに深い森の中に足を踏み入れた実感があった。
「まるで異世界に迷い込んだみたいね……」
紬は独り言つ。普段の紬なら、目を輝かせて狸の置物を一つ一つ見比べ、スマホで写真を撮りまくっているところだ。しかし、あいにく今回は観光を楽しむ時間の余裕はない。紬はきょろきょろと周囲を見回し、階段の上にある古びた鳥居の近くにたたずむ女性の姿を認めると、「おーい!」と呼びかけながら大きく手を振った。
「あっ。賀茂さん、こんにちは~」
女性はこちらに手を振り返してくる。彼女こそが、狸番の狸塚みやこだった。歳はちょうど紬と同じ二十二。白のTシャツにジーンズといったラフな服装で、淡い色の髪を頭の上でお団子にまとめている。紬は階段を駆け上って彼女に走り寄ると、後ろを振り返り、まだ階段の下で狸の置物の群れを眺めている喬に向かって大声で叫んだ。
「ちょっと!? なにしてるんですか!? 早く来てください!」
「分かってるから、そう急かすなよ……。最初からそんなに飛ばしてたら、暑さで体がまいっちまうぞ」
喬はやっとこさ早歩きでこちらに追いついてくる。紬は渋い顔で彼を指さし、狸塚に向き直って言った。
「こちらが狐番の狐坂さんです」
「あ~。どうも~。はじめまして~」
狸塚はおっとりした笑みを浮かべて喬に声をかける。
「あー。どうも。じゃあ、あんたが狸番の……」
「狸塚です~」
「そっか。よろしく」
喬はそっけなく答えて軽く頭を下げた。紬は彼の不愛想な態度に苦言を呈したい衝動に駆られたが、今はそんなことをいちいち指摘している場合じゃない。
「すみません。では、早速ですけど、様子がおかしい妖狐に遭遇したという現場に案内していただいてもよろしいでしょうか?」
紬は挨拶もそこそこにして、狸塚に先導をお願いすることにした。
「ええ。もちろんです~」
狸塚はそう答えて歩き出し、紬と喬はその後に続く。
ずらりと並んだ赤い鳥居と楼門をくぐり、さらに進むと、階段の途中に立つ弘法大師像が一行を迎えた。像の足には健脚を祈願して奉納された無数の小さな草履が括りつけられている。紬は「99段目」と書かれた看板を持った狸の置物を足元に見ながら、狸塚の背に向かって話しかけた。
「それにしても、この山は狸の置物だらけですね……。やっぱりここには、狸のあやかしもたくさん棲んでいるんですか?」
「ええ~。多いですよ~。ですから私は、よくここで妖狸の見回りをしているんです~」
狸塚はこちらを振り返り、少し間延びした口ぶりで答える。紬は額の汗を拭いながら質問を重ねた。
「なるほど。ということは、狸塚さんは見回り中に例の妖狐を見つけたんですね?」
「おっしゃる通りです~」
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