いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

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第四章

狸谷山の一大事 4

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 途端に、狸塚はさっきまでとは別人のように表情を歪め、肩を揺らして不気味に笑いだす。

「くっくくくく……。まさかこんなに早く正体がばれるとは……。わたくしとしたことが、不覚でしたよ」
 
 続いて狸塚――いや、狸塚の姿をしたモノの口から発せられたのは、紬がはじめて耳にする男性の声だった。

「式神……っ!」

 紬は歯噛みする。おそらくアレは、敵の陰陽師が人形代を使って作った狸番の身代わりだ。もっとも、そこには狸番の意識が反映されておらず、主人の意のままに動く操り人形のタイプなのだろう。注意深く観察していればすぐに気づけたはずなのに、喬が指摘するまで完全に騙されていたのが悔しかった。

「本物の狸塚さんはどこですかっ!?」

 紬が吠えるように問うと、偽狸塚はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら答える。

「くく……。彼女なら、この山のどこかに転がしていますよ……。ああ、命までは取っていませんからご安心ください。ただ、動けないようすこーし強めに呪いをかけておいたので、誰にも見つからなければ、あのままお陀仏になってしまうかもしれませんけれどね」
「このっ!」

 紬は激昂し、霊符を振りかざして青白い幻の炎を偽狸塚に目がけて放った。――が、その時。彼女は階段の横からいきなり飛び出してきた黒い影に襲いかかられ、炎を的から大きく外してしまう。

「なっ、なに!?」

 紬は驚いて影を払いのけ、階段に転がり落ちたその正体にギョッと目を見張る。それはなんと、彼女が道中で数え切れないほど見てきた狸の置物だった。いや、厳密に言えば、狸の置物から作り出された式神なのだろう。硬く焼成されているはずの置物がまるで生きているかのように牙をむいているのがその証拠だ。

「ちっ。やっぱり置物の中に式神を紛れ込ませてやがったか」

 喬が舌打ちするのが聞こえる。偽狸塚は愉快そうに笑い声を上げた。

「ははははっ! お察しの通り! あなたたちはすでに、わたくしの罠にかかっていたのですよ! さあ、出てきなさい! いかに優秀な陰陽師でも、これほどたくさんの式神を相手にするのは骨が折れるでしょう!」

 そう言って偽狸塚が手を叩くと、四方八方から無数の動く狸の置物が姿を現し、紬と喬を幾重にも取り囲む。目を爛々と光らせて徐々に輪を縮めてくる置物たちから逃れるように、二人は後ずさりして互いに近づき、とうとう背中合わせになった。

「く……。あなたは何者です!? いったいどうしてこんな真似をするんですか!?」

 追い詰められた紬が叫ぶように問うと、偽狸塚はすっと笑みを消し、憎しみのこもった低い声で唸るように答える。

「どうして……? 愚問ですね。まさか陰陽師協会がわたくしたちにしてきたことをご存じないわけじゃないでしょう? わたくしの一族はそのせいで、千年もの間、排斥され、虐げられ、力を認められず、闇の世界で生きることしか許されなかったんですよ? その積年の恨みがいかほどものか、あなた方には想像もつかないというのですか!?」

 偽狸塚の全身から黒い霧が立ち上り、それに呼応するかのごとく、置物たちがガチャガチャと音を立てた。

「じゃあ、やっぱりあんたは蘆屋家の……」 

 喬の言葉に、偽狸塚はニイッと口角を上げる。

「その通り。わたくしの名は蘆屋捨道しゃどう。驕り高ぶった陰陽師協会を転覆させ、いずれこの国の陰陽師の頂点に立つ者です」
「蘆屋捨道……」

 呆然と繰り返す紬。偽狸塚はひとまず留飲を下げたのか、満足げな表情を浮かべ、人を食ったような態度を取り戻して言った。 

「おっと。無駄話が過ぎましたね。おしゃべりはこのくらいにしておきましょう。わたくしの悲願を達成するためには、まだやらねばならない仕事が残っています。それが終わるまで、あなたたちはここで式神たちと遊んでいてください」
「あっ! 待てっ!」

 紬は鋭く叫んだが、偽狸塚はにやついたまま、背景に溶けるようにスーッと消えていく。喬がため息交じりに呟く声が背後から聞こえた。
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