いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経

文字の大きさ
39 / 46
第五章 

鴨川デルタの戦い 3

しおりを挟む
 鴨川デルタ周辺は、送り火の時間には臨時の交通規制が敷かれるほどに混雑する大文字鑑賞の名所だ。ゆえに、ここでは毎年、早い時間から熾烈な場所取り合戦が繰り広げられている。それはこの日も例外ではなく、点火の二時間以上前からすでに人が集まり出していた。
 ある者は仲間たちと西側の土手に座って談笑し、また、ある者は歩き回ってカメラのアングルを調整したりしている。そんな中、鴨川デルタの先端近くに、高級スーツを着て、無数の霊符が貼られた木箱の上に腰かける、三十歳くらいの怪しい男の姿があった。男の手足は長く、モデルかと思うほどにスタイルがいいが、その口元に浮かんでいる笑みが不気味すぎるせいか、彼の周囲には人が全く寄りついていない。

「もうすぐ、わたくしたちが待ち望んだ蘆屋家の時代が来ます。ご先祖様、どうか見届けてください……」

 男は誰にも聞こえない小声で呟いた。

 ***

 現場に到着し、土手の上から鴨川デルタを見下ろした紬は、そこに満ちている黒い霧の濃さに思わず目を見張った。

「なに……。これ……」

 まるで邪気の雲海のよう。土蜘蛛の時とは比べ物にならない規模の大きさである。

「ちっ。すでに見物客が増えてきてるな」

 隣で喬が舌打ちするのが聞こえた。

(お、岡丸……。君、いったい、どうなっちゃってるの!?)

 紬はあの可愛らしい妖狐がすっかり異質な存在に変貌していることを悟って戦慄を覚える。紬は緊張でカラカラに乾いた口を開き、喬に話しかけた。

「狐坂さん……。状況は想像以上に深刻なようです。狐坂さんはここで待っていてください。鴨川デルタには私一人で向かいますから」

 紬がそう固い口調で告げると、喬は意外そうに目を丸くする。

「いやはや、まさかあんたから職務放棄を勧められる日がくるとは思わなかったよ……」
「これは職務放棄ではありません。危機管理のとしてのリスク回避です」

 紬はいたって真面目な顔で続けた。喬は苦笑交じりに頭をかいて言う。

「なるほどね。じゃあ、僕はお言葉に甘えて、その『リスク回避』をさせてもらおうかな」
「そうしてください」

 紬もつられて口元をひきつらせるように口角を上げると、喬に背を向けて、渦巻く邪気へ迷わず飛び込んでいく。

「勝てよ」

 喬の短い応援が背中を押してくれた。

 ***

 土手を駆け下り、飛び石を渡って鴨川デルタに近づいていくと、徐々に邪気の発生源が黒い霧の向こうに浮かび上がってくる。それはおぞましい気配を放つ怪しげな木箱だった。その上には、黒い髪をきっちりと七三分けに整え、喪服のような衣装に身を包んだ男が足を組んで静かに座っている。

(あの中に岡丸が!?)

 紬が飛び石を蹴って三角地帯に足を踏み入れると、箱の上の男はこちらに気がついたらしく、口元に笑みをたたえて優雅に立ち上がった。

「おっと……。予想以上に早かったですね。もう少し時間を稼げると思っていたのですが」

 男が口にしたのは、偽狸塚が発していたのとまったく同じ声。

「蘆屋捨道……!」

 紬は歯ぎしりし、霊符を胸の前に構えて臨戦態勢を取った。しかし、捨道は余裕しゃくしゃくの表情で続ける。

「ほう。たった一人で立ち向かってくるおつもりですか? ここ一帯に溢れる邪気の量を見て、すでに手遅れだということには気がついているのでしょう? もはやあなたのような新米陰陽師に勝ち目はありませんよ」
「つっ……! この悪党! 岡丸を返せ!」

 紬は怒りを露わにじりじりと詰め寄った。捨道はニヤリと笑って木箱を軽く蹴る。

「岡丸……? ああ、この妖狐の名前ですかね。くくくっ。あなたには本当に感謝していますよ。あなたがこの妖狐を手懐けてくれていたお陰で、わたくしはこいつを難なく捕獲することができたんですから」

 そう言いながら、捨道が顔を撫でるように手を動かすと、幻術によってその相貌は紬そっくりに変わり、すぐ元に戻る。紬は臍をかんだ。あれほど頑張って築いた岡丸との友好関係が、こんな形で利用されるなんて……!

「卑怯者……! 許さない……!」

 紬は激昂し、捨道に向かってさらに近づいた。刹那、捨道は大きく嘆息し、木箱に足をかけていきなり乱暴に蹴倒す。すると、その勢いで木箱の蓋が開き、中から無数の細かい石の破片がバラバラと転がり出した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。 実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。 ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。 誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。 「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」 彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。 現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。 それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...