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第五章
鴨川デルタの戦い 5
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「狐坂さん!?」
紬は仰天して、いつの間にか目の前に来ていた狐番の横顔を見上げた。喬は返事をする代わりにすっとその場に屈むと、地面に落ちた白いものを拾う。それはまるで、複雑に折られた紙飛行機のように見えた。
「はあ……。こいつを実戦で使うのは、もっとテストを重ねてからにしたかったんだけどな……」
喬はため息交じりに呟く。捨道は眼球が飛び出さんばかりに目を見開いて驚きを口にした。
「その紙は……。まさか、折符と呼ばれる呪具の一種ですか!? しかし、どうして、一介の目付け役に過ぎないあなたがそんなものを……!?」
喬はその顔に苦々しい笑みを浮かべて答える。
「あー……。あんた、なにか勘違いしてるみたいだけど、別に陰陽道に通じているからといって、目付け役になっちゃいけない決まりはないんだぜ? 実は、僕には陰陽師の血が半分流れててね。狐坂っていうのは母方の姓で、父方の姓はかの高名な土御門ってわけさ」
「つ、土御門……!?」
捨道は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。が、驚いたのは紬も同じである。
「うそ! 狐坂さんも本当は呪術が使えたんですか!?」
紬の問いに、喬は頭をかいてきまりが悪そうに言った。
「ま、そういうこと。――あーあ。これで、僕も完全にあいつから敵認定されちゃったな……」
喬が親指で指し示した捨道の顔は、鬼のような憤怒の形相に変わっている。そこにはもはや一片の愉悦も残っていない。
「いいでしょう……! 鴨が葱を背負って来るとはこのことです! 二人まとめて血祭りに上げてやりますよ!」
捨道の全身から黒い霧が立ち上ると、それに呼応して、岡丸が唸りながら牙をむき出す。喬は口元をひきつらせて呟いた。
「しっかし、やばいな、こりゃ……。守りに徹したところで、すぐに押し切られてやられちまうぞ。こんなの……」
「そんなっ!? 勝算があるから助けに来てくれたんでしょ!? ど、どどどうするんですかっ!?」
紬は岡丸がゆっくりと体を屈め、こちらに狙いをつけているのを目の端に捉えながら、喬に向かって叫ぶように尋ねる。喬は真剣な面持ちでショルダーバッグのチャックを開けると、その中から追加の折符を取り出して答えた。
「幸い、守護の折符にはまだストックがある。僕がこいつを使って時間を稼いでいる間に、あんたにはもう一度、邪気の浄化を試してほしい」
「じゃ、邪気の浄化!? でも、どうやって!?」
私の術が九尾に対して全然効かないのは、さっき狐坂さんも目にして知っているはずだ。同じことを何度繰り返しても結果は変わらないだろうに――。紬が戸惑いを隠せないでいると、喬はいきなり、バッグから引っ張り出した透明な広口瓶をこちらに押し付けてくる。その中には、白い和紙を複雑に折り込んで作った、狐の形の精巧な立体折り紙が一つ入っていた。
「こ、これは……!?」
目を丸くする紬に喬は早口で説明する。
「そいつは邪気に染まった妖狐を浄化するために僕が開発した特殊な折符だ。僕の設計が正しければ、この折符はあの九尾の邪気を肩代わりし、浄化の起点になってくれるはず。だが、折符は一つ一つの折り目が電子回路のように働く精密機器みたいな呪具だから、作動するためには極めて繊細な呪術の操作が必要だ」
「妖狐を浄化するための折符……!? じゃあ、狐坂さんがずっとデザインしてた折り紙って、まさか――」
紬は思わず聞き返したが、喬は黙って離れるように手で合図してきた。と、次の瞬間、喬の向こうから岡丸が大きく弧を描くように跳躍し、鼠狩りさながらの動きで襲いかかってくる。紬が慌てて瓶を手にしたまま後ずさると、再び火花が散る音がして、見えない壁に弾かれた岡丸は悲鳴とともに水際まで飛びさがった。守護の折符を頭上に構えた喬は鋭い声で叫ぶ。
紬は仰天して、いつの間にか目の前に来ていた狐番の横顔を見上げた。喬は返事をする代わりにすっとその場に屈むと、地面に落ちた白いものを拾う。それはまるで、複雑に折られた紙飛行機のように見えた。
「はあ……。こいつを実戦で使うのは、もっとテストを重ねてからにしたかったんだけどな……」
喬はため息交じりに呟く。捨道は眼球が飛び出さんばかりに目を見開いて驚きを口にした。
「その紙は……。まさか、折符と呼ばれる呪具の一種ですか!? しかし、どうして、一介の目付け役に過ぎないあなたがそんなものを……!?」
喬はその顔に苦々しい笑みを浮かべて答える。
「あー……。あんた、なにか勘違いしてるみたいだけど、別に陰陽道に通じているからといって、目付け役になっちゃいけない決まりはないんだぜ? 実は、僕には陰陽師の血が半分流れててね。狐坂っていうのは母方の姓で、父方の姓はかの高名な土御門ってわけさ」
「つ、土御門……!?」
捨道は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。が、驚いたのは紬も同じである。
「うそ! 狐坂さんも本当は呪術が使えたんですか!?」
紬の問いに、喬は頭をかいてきまりが悪そうに言った。
「ま、そういうこと。――あーあ。これで、僕も完全にあいつから敵認定されちゃったな……」
喬が親指で指し示した捨道の顔は、鬼のような憤怒の形相に変わっている。そこにはもはや一片の愉悦も残っていない。
「いいでしょう……! 鴨が葱を背負って来るとはこのことです! 二人まとめて血祭りに上げてやりますよ!」
捨道の全身から黒い霧が立ち上ると、それに呼応して、岡丸が唸りながら牙をむき出す。喬は口元をひきつらせて呟いた。
「しっかし、やばいな、こりゃ……。守りに徹したところで、すぐに押し切られてやられちまうぞ。こんなの……」
「そんなっ!? 勝算があるから助けに来てくれたんでしょ!? ど、どどどうするんですかっ!?」
紬は岡丸がゆっくりと体を屈め、こちらに狙いをつけているのを目の端に捉えながら、喬に向かって叫ぶように尋ねる。喬は真剣な面持ちでショルダーバッグのチャックを開けると、その中から追加の折符を取り出して答えた。
「幸い、守護の折符にはまだストックがある。僕がこいつを使って時間を稼いでいる間に、あんたにはもう一度、邪気の浄化を試してほしい」
「じゃ、邪気の浄化!? でも、どうやって!?」
私の術が九尾に対して全然効かないのは、さっき狐坂さんも目にして知っているはずだ。同じことを何度繰り返しても結果は変わらないだろうに――。紬が戸惑いを隠せないでいると、喬はいきなり、バッグから引っ張り出した透明な広口瓶をこちらに押し付けてくる。その中には、白い和紙を複雑に折り込んで作った、狐の形の精巧な立体折り紙が一つ入っていた。
「こ、これは……!?」
目を丸くする紬に喬は早口で説明する。
「そいつは邪気に染まった妖狐を浄化するために僕が開発した特殊な折符だ。僕の設計が正しければ、この折符はあの九尾の邪気を肩代わりし、浄化の起点になってくれるはず。だが、折符は一つ一つの折り目が電子回路のように働く精密機器みたいな呪具だから、作動するためには極めて繊細な呪術の操作が必要だ」
「妖狐を浄化するための折符……!? じゃあ、狐坂さんがずっとデザインしてた折り紙って、まさか――」
紬は思わず聞き返したが、喬は黙って離れるように手で合図してきた。と、次の瞬間、喬の向こうから岡丸が大きく弧を描くように跳躍し、鼠狩りさながらの動きで襲いかかってくる。紬が慌てて瓶を手にしたまま後ずさると、再び火花が散る音がして、見えない壁に弾かれた岡丸は悲鳴とともに水際まで飛びさがった。守護の折符を頭上に構えた喬は鋭い声で叫ぶ。
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