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異変

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「い、嫌ではありません、が……本気ですの……?」

「あぁ」

「……っ!」

 やはりノアの決意は変わらないようで、返答を聞いたミレールの心臓がおかしいくらい速く動いている。
 だが結局は家長命令なのだ。
 そこにノアの意思があるわけではない、と自分をなだめ、ミレールはなんとかはやる気持ちを落ち着かせた。
 
「子供が出来てしまえば、離婚はさらに難しくなりますが……」

「あんたも往生際が悪いな。俺は離婚するつもりはないと、さっきから言ってるだろ」

「――っ」

 ノアの瑠璃色ラピスラズリ瞳は揺るぎないものだった。一瞬さえも視線を逸らさず、意思の強い瞳でミレールを見ていた。
 ずっと張り詰めていた緊張がほどけ、思いもかけない嬉しい言葉にじわじわと視界が歪み、ミレールの目尻から涙がこぼれた。

「泣くほど嫌なのか?」

 突然泣き出したミレールに、ノアは驚いたように席を立った。
 
「いえ……違いますわ。貴方の責任感の強さに驚いてしまっただけです」

 ガウンの袖口で涙を拭ったミレールは、ノアに向かい綻ぶような笑顔を見せた。

「わたくし、ノアと毎日ずっといたら……貴方から、離れられなくなってしまいますわ……それでも、よろしいのですか?」

「――っ! あんたがそんな感じだと、調子が狂うな……」

 ノアは立ち上がったまま視線を逸らし、片手で頭を掻いていた。
 これはノアの照れ隠しの仕草だった。小説の描写にも書かれていたから分かる。 
 そして改めてミレールは思う。
 こんなに優しい人を自分に縛りつけてはいけない、と。
 自分の夫とは全く違うこの人を……幸せにする自信は自分にはない。
 長い長いセックスレス生活を送ってわかったのは、自分は結婚には向いていないということだった。

(わたくしは、やはりノアが好きなんだわ。ですが好きという気持ちだけでは、結婚生活は長くは続きませんから……また子供ができ、わたくしの役目が終えてしまえば……ノアはきっと、一緒になったことを後悔し、新しい相手を見つけるはずですわ。以前の、夫のように……) 

 愛のない結婚でも、信頼や絆があれば、まだ婚姻を維持できるのだろう。
 しかし自分たちの関係はそれに遠く及ばない。

「わかりました。……では、子供が出来たら離婚いたしましょう。それでしたら貴方も体裁を守れますし、オルノス侯爵夫妻も納得してくれますわ」

 二人にとってより良い解決策を見つけたミレールは、立っているノアに向かい穏やかに微笑んだ。

「どうしてそうなる? 俺は、離婚はしないと……!」

 不意にミレールの体に異変が起こる。ノアの話している最中だが、体がどんどん熱くなっていく。

 会話の途中で違和感のようなものはずっと感じていたが、ここに来て急激に動悸と火照りが酷くなる。

「っ! はっ……!」

 座ったまま前屈みになったミレール。
 ノアはその異変にいち早く気づいたのか、立っていた足を進めミレールの前で立ち止まった。
 
「どうした? 具合でも悪いのか?」

 心配そうに聞いてくれるノアに返答したいのだが、体が熱くて仕方ない。

「なんだか……体が、熱くて……」
「体が?」

 ぽつりと呟き、はぁ……と熱い吐息を漏らす。
 体の芯が疼き、じっとしていることが辛い。
 なぜだかわからないが誰かに触れてほしくて、思わず目の前のノアから瞳を逸した。

「申し訳、ありませんが……先に……休んでも、よろしい、ですか? 疲れが出た、ようで……」

 座ったまま自分の体をぎゅっと抱きしめた。
 そうでもしていないと耐えられない衝動だった。

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