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悋気
しおりを挟むレイリンとマクレインが去り、ミレールもホッとして気が抜けてしまった。
ノアがすかさず腰を引き寄せて、両手を背中に回し、逞しい腕の中に抱きしめた。
「ッ! ノ、ア……?!」
背中に回った腕が締め付けるようにミレールを強く拘束し、ノアの焦燥を感じさせるくらい切羽詰まったように腕に囲われている。
「あんたは大丈夫なのか!? アイツに……、何もされてないか!?」
抱きしめたまま屈んだノアの顔がミレールの耳元にあり、すぐ近くで聞こえてくる言葉は、焦りと心配が混ざったように急いていた。
咄嗟に先ほどのジョセフとのやり取りを思い出し、わずかに体が反応してしまう。
「何か、あったんだろう?」
それを悟ったように、さらに背中に回った腕に緩やかに力を込められて、尋問するように問い詰められる。
「わたくしは……何も……ありませんわ……」
ついいつもの癖で、先ほどあったことを隠すように飲み込んだ。
実際、ジョセフに剥き出しの欲望を示され、不快だったことは否めない。
しかし、ノアに余計な心配をかけさせたくないし、自分が我慢すればいいだけの話だ。
「些細なことでもいい……、ちゃんと俺に話せ。あんたが他の男に触れられるところを見ると、イライラするッ」
「っ!」
抱きしめられたまま、ミレールは身動きが取れなかった。
逸る心臓を落ち着かせながら、その言葉をどのように解釈すればいいのか迷っていた。
「何があった? 頼むから、話してくれ……」
そう思うのだが……抱きしめられたノアの温もりと、腕に込められる力に疼くような切なさを感じ、気づけば勝手に口から言葉が出てしまっていた。
「――ただ……」
ぽそっと呟いたあと、ミレールはノアの背中のマントをきゅっと握った。
「ディーラー小公爵様に、挨拶された時に……、直接手に、キスをされまして……手のひらを指で……」
さすがにミレールもそれ以上は言えなかった。言葉にすることも憚られ、口を噤んでしまう。
それにここまで言えば、貴族ならば誰でも理解できるからだ。
「ッ! ……あんの野郎ぉッ!!」
声を荒らげて怒るノアに驚き、ビクッと体が跳ねた。まさかここまでノアが怒りを露わにするとは思わなかった。
苛立つようにギリッという歯軋りの音が、耳のすぐ近くで聞こえてくる。抱きしめていた腕が怒りで震え、殺意さえ含まれているような声を出していた。
ミレールはノアの反応に戸惑いながらも、そこはやはり、自分の妻となるものが欲望を向けられたことに対する嫌悪感のようなものなのか、と考えた。
「わたくしは気にしてませんっ! このくらい、大したことでもありませんし……」
「そういう問題じゃない!」
「……ノア?」
顔を上げるとノアの怒りに満ちた表情に困惑してしまう。
どうして、ノアがここまで憤慨しているのかわからない。
「あんたは俺の妻だ! あんたが色目で見られるのも嫌だし、ましてや色事の誘いをかけられて、許すことなんてできないッ!!」
「っ……!」
ノアの気持ちを表すように、ぎゅうっと背中に回された腕がミレールの体を締め付ける。
名ばかりの妻でもノアは優しく気遣い、紳士的に接し、いつでも自分を尊重してくれる。
そして何より、不義理や不道徳なことを嫌っていた。
だからこそミレールにもこんな言葉をかけ、怒ってくれている。
そう、思わなければ……ならない。
期待などしたくない。
そんなものをしたところで、いつも裏切られる。
心はすでにボロボロで、自分など、どうでもいい存在なのだと思い込まなければ、耐えられなかった。
「わたくしは……あのような不誠実な男性を、とても不快に思います。ましてや、次から次へと相手を変える、節操のない輩など問題外ですわ」
胸元から顔を上げて、ノアを落ち着かせるようになるべく穏やかに微笑んだ。
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