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出発
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思い立ったが吉日とばかりに、オリビアは早速行動に移した。
まずは父親の説得からだ。
父の書斎へ向かうため、廊下を足早に歩いていく。
そしてイクシオンのことは省いた上で、復讐のことを説明すると、父は途端に頭を抱え出した。
「オリビア……お前がそんなことを考えなくていいいんだ。こんなことになってしまって、とくにお前には幸せになってほしい。復讐など、何も生まないんだぞ?」
「いいえ。お父さまっ、それは違います! 私は自分の幸せのために行くんです。このままでは私の腹の虫が収まりませんっ! 必ずあいつらに報復して見返してやります!!」
「はぁ……、お前は昔から一度言ったことは取り消さない子だったなぁ。お前が男だったらどんなに良かったことか……」
机の上で頭を抱えた父は、ゆっくりと席を立った。ツカツカと歩き、机の正面で立っていたオリビアの前で足を止めた。
「お前が行くと決めたのなら、私はもう止めないよ。ただでさえ長い間、お前には我慢を強いてきたんだ。……だが約束してくれ。決して、無茶だけはしないと」
ポンッと肩に置かれた父の手は温かく、オリビアの目にジワリと涙が浮かんだ。
父もきっと後悔しているのだろう。自分が良かれと思って決めた娘の結婚相手だったが、結果的には最悪な事態しか生まなかった。
父がオリビアの幸せを願ってくれていたのは、言われなくてもわかっていた。
「はい、お父さま……肝に銘じます。しばらく家を空けますが、必ず最良の結果を持って帰ってきますから!」
「――結果はどうであれ、無事に戻ってきなさい」
顔にシワを刻んで笑った父の顔は、やはり疲れが見え、言葉とは裏腹に寂しさも垣間見えた。
おそらく父は、オリビアがどうすることもできずに帰ってくると思っているのだろう。それほどオリビアの置かれた状況は厳しかったからだ。
次の日からオリビアは支度に取りかかった。
それほど広くもない部屋の片隅で、小さめのカバンに衣類や必需品を広げていた。
荷物は必要最低限でお金は取られないように財布を紐で括った。
危険を伴う長旅になるので、護身用のナイフや他国から調達した香辛料も服のポケット忍ばせておいた。
「あっ、このノートも持っていかないと……」
古びたノートを手に取り、ベッドの上に腰かけた。
オリビアが前世の記憶を思い出したのはおよそ十年前。きっかけは何かの拍子に頭を強く打ったことから始まる。
そして今いるこの世界が、前世でプレイしていた乙女ゲームの中だと気づいた。
だがジャンと婚約を結んでいたし、とくに思い入れもないゲームだったので何か行動することはしなかった。
ただやはりゲームに出てくる主人公や攻略対象者は王族や高位貴族が多い。
これからジャンとともに領地を納める身としては、何かしらの情報が有利に働くのではないかと思い、このノートに全ての攻略対象者の情報を書いておいたのだ。
(まさか、こんな形で役に立つとは思わなかった。このノートの存在自体忘れてたし)
前世の記憶はほぼなかった。
長い年月が経ち、自分がどういった人間で何をしていたのかは覚えていなかった。
パラパラと無造作にページを捲り、最後のページで止まった。
そこにはイクシオンに関する情報が事細かに書かれている。
(王弟殿下、イクシオン・アーク・ライアー……。貴方は、私の味方になってくれるのかな?)
パタンとノートを閉じ、オリビアはそのまま後ろへ体を傾け、ベッドに倒れ込んだ。
◇◆◇
「それでは、行ってまいります!」
荷物を両手で持ったオリビアがコンバート家の門の前に立っていた。
「あぁ、気をつけて行くんだぞ!」
「お姉さま、本当に行ってしまうの?!」
賠償金のせいで財政難になった子爵家の使用人は大幅に減った。母が幼い頃に亡くなったオリビアには、父の他に五つ離れた妹が一人いた。
傷ものになってしまったオリビアに代わり、妹とその婚約者がこの領地を治めることに決まった。
ジャンとは違い、同じ子爵家出の妹の婚約者はとてもできた人間だった。
「エリーゼ、あとは頼んだから。お父さまを支えてあげて」
「うぅっ……、こんなのヒドイわっ! なんでお姉さまが出て行かなくてはいけないの?! お姉さまは何も悪くないのにっ!!」
妹のエリーゼには結婚が破談となり、後継者ではなくなったオリビアが相手を探すためにしばらく家を空けると説明した。
それをエリーゼは、まるでオリビアが家を追い出されたように感じたのだろう。
「――大丈夫。ジャンよりも良い相手を見つけて帰って来るから。それまで家のことは貴女に任せたからね」
「はい、お気をつけて! 相手なんて見つけなくていいんですよ? 私が一生お姉さまを養いますから!」
「あ、ありがとう、エリーゼ。もしもの時は、お願いね……」
「もちろんです!」
涙ながらに話すエリーゼにオリビアは笑顔を浮かべ、手を振って馬車に乗り込んだ。
(最後にトゥバラと話したかったな。けど、外国船は月に一度しか来ないし……それまでは待てないから)
トゥバラとは昔からコンバート領に出入りしていた外国の友人だった。
年はオリビアと同じで、トゥバラから彼女の母国の言葉を教わった。
もう、この領地に戻ることはないかもしれない。エリーゼにはああ言ったが、帰ったところで自分の居場所などなかった。
馬車の窓から故郷の風景を眺め、二度と見ることのできない景色を目に焼き付けていた。
まずは父親の説得からだ。
父の書斎へ向かうため、廊下を足早に歩いていく。
そしてイクシオンのことは省いた上で、復讐のことを説明すると、父は途端に頭を抱え出した。
「オリビア……お前がそんなことを考えなくていいいんだ。こんなことになってしまって、とくにお前には幸せになってほしい。復讐など、何も生まないんだぞ?」
「いいえ。お父さまっ、それは違います! 私は自分の幸せのために行くんです。このままでは私の腹の虫が収まりませんっ! 必ずあいつらに報復して見返してやります!!」
「はぁ……、お前は昔から一度言ったことは取り消さない子だったなぁ。お前が男だったらどんなに良かったことか……」
机の上で頭を抱えた父は、ゆっくりと席を立った。ツカツカと歩き、机の正面で立っていたオリビアの前で足を止めた。
「お前が行くと決めたのなら、私はもう止めないよ。ただでさえ長い間、お前には我慢を強いてきたんだ。……だが約束してくれ。決して、無茶だけはしないと」
ポンッと肩に置かれた父の手は温かく、オリビアの目にジワリと涙が浮かんだ。
父もきっと後悔しているのだろう。自分が良かれと思って決めた娘の結婚相手だったが、結果的には最悪な事態しか生まなかった。
父がオリビアの幸せを願ってくれていたのは、言われなくてもわかっていた。
「はい、お父さま……肝に銘じます。しばらく家を空けますが、必ず最良の結果を持って帰ってきますから!」
「――結果はどうであれ、無事に戻ってきなさい」
顔にシワを刻んで笑った父の顔は、やはり疲れが見え、言葉とは裏腹に寂しさも垣間見えた。
おそらく父は、オリビアがどうすることもできずに帰ってくると思っているのだろう。それほどオリビアの置かれた状況は厳しかったからだ。
次の日からオリビアは支度に取りかかった。
それほど広くもない部屋の片隅で、小さめのカバンに衣類や必需品を広げていた。
荷物は必要最低限でお金は取られないように財布を紐で括った。
危険を伴う長旅になるので、護身用のナイフや他国から調達した香辛料も服のポケット忍ばせておいた。
「あっ、このノートも持っていかないと……」
古びたノートを手に取り、ベッドの上に腰かけた。
オリビアが前世の記憶を思い出したのはおよそ十年前。きっかけは何かの拍子に頭を強く打ったことから始まる。
そして今いるこの世界が、前世でプレイしていた乙女ゲームの中だと気づいた。
だがジャンと婚約を結んでいたし、とくに思い入れもないゲームだったので何か行動することはしなかった。
ただやはりゲームに出てくる主人公や攻略対象者は王族や高位貴族が多い。
これからジャンとともに領地を納める身としては、何かしらの情報が有利に働くのではないかと思い、このノートに全ての攻略対象者の情報を書いておいたのだ。
(まさか、こんな形で役に立つとは思わなかった。このノートの存在自体忘れてたし)
前世の記憶はほぼなかった。
長い年月が経ち、自分がどういった人間で何をしていたのかは覚えていなかった。
パラパラと無造作にページを捲り、最後のページで止まった。
そこにはイクシオンに関する情報が事細かに書かれている。
(王弟殿下、イクシオン・アーク・ライアー……。貴方は、私の味方になってくれるのかな?)
パタンとノートを閉じ、オリビアはそのまま後ろへ体を傾け、ベッドに倒れ込んだ。
◇◆◇
「それでは、行ってまいります!」
荷物を両手で持ったオリビアがコンバート家の門の前に立っていた。
「あぁ、気をつけて行くんだぞ!」
「お姉さま、本当に行ってしまうの?!」
賠償金のせいで財政難になった子爵家の使用人は大幅に減った。母が幼い頃に亡くなったオリビアには、父の他に五つ離れた妹が一人いた。
傷ものになってしまったオリビアに代わり、妹とその婚約者がこの領地を治めることに決まった。
ジャンとは違い、同じ子爵家出の妹の婚約者はとてもできた人間だった。
「エリーゼ、あとは頼んだから。お父さまを支えてあげて」
「うぅっ……、こんなのヒドイわっ! なんでお姉さまが出て行かなくてはいけないの?! お姉さまは何も悪くないのにっ!!」
妹のエリーゼには結婚が破談となり、後継者ではなくなったオリビアが相手を探すためにしばらく家を空けると説明した。
それをエリーゼは、まるでオリビアが家を追い出されたように感じたのだろう。
「――大丈夫。ジャンよりも良い相手を見つけて帰って来るから。それまで家のことは貴女に任せたからね」
「はい、お気をつけて! 相手なんて見つけなくていいんですよ? 私が一生お姉さまを養いますから!」
「あ、ありがとう、エリーゼ。もしもの時は、お願いね……」
「もちろんです!」
涙ながらに話すエリーゼにオリビアは笑顔を浮かべ、手を振って馬車に乗り込んだ。
(最後にトゥバラと話したかったな。けど、外国船は月に一度しか来ないし……それまでは待てないから)
トゥバラとは昔からコンバート領に出入りしていた外国の友人だった。
年はオリビアと同じで、トゥバラから彼女の母国の言葉を教わった。
もう、この領地に戻ることはないかもしれない。エリーゼにはああ言ったが、帰ったところで自分の居場所などなかった。
馬車の窓から故郷の風景を眺め、二度と見ることのできない景色を目に焼き付けていた。
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