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経過
しおりを挟むこの日からオリビアはお城で暮らすことになった。
部屋を用意してもらい、侍女もつけると言われたがそれは辞退した。
自分のことは自分でできるし、短い期間しかいないので変に情など移したくなかった。
そして契約を結んですぐに王都へ向かったイクシオンが三日ぶりに領地へ戻ってきた。
「ひとまず異母兄上に婚姻を許可してもらえた。ただ、お前の顔を見たいから王都に連れて来いと言われた」
早速、最初の難関がやって来た。
イクシオンの腹違いの異母兄である、ルードヴィッヒ三世国王陛下だ。御年五十二歳。
二十九になるイクシオンとはなんと二十三歳も離れている。親子ほどの年の差だが、れっきとした異母兄弟だった。
「私は問題ありません。行けと言われればいつでも行けます」
「お前はいつも淡々と話しているが……緊張はしないのか?」
オリビアが部屋を与えられてから一週間ほど経った。
その間、持ってきたノートを見ながら、ゲームの知識で得た解毒薬を現地の医師と共に作っていた。
イクシオンと何度か現地に赴き、問題の川を堰き止め、どうにか別の川から生活水の確保を実現できていた。
「もちろんしています。ですが、ある程度予想していたことなので。殿下の異母兄様なのですから、お声がかかることは想定内です」
「まぁ、そうなんだが……お前は冷静すぎてつまらん」
「はあ。では、もっと大袈裟に驚けばご満足でしたか?」
「なんと言うか、お前は中々に可愛げのないやつだな」
「――それは、元婚約者にもよく言われていました。“可愛げがない、色気もない、お前は愛想笑いの一つもできないのか”、と」
「うっ……。そういうつもりで言ったわけではないんだが……」
さすがに悪いと思ったのか、イクシオンも視線を逸らして言葉を濁していた。
「そうではありません。私も自分でそう思ってるからです。自他ともに認めているだけで、殿下だけが感じていることではありません」
ジャンには散々言われていた。幼い頃はジャンに好かれようとしたこともあった。
子どもの頃から馬鹿な婚約者だったが、それでも一生を添い遂げる相手だからと精一杯笑いかけ、服装にも気を使っていた。
しかしそれを悉く台無しにしたのもまたジャンだった。笑った顔が気持ち悪いと言われ、服装の趣味が悪いと罵られた。
今なら鼻で笑うようなことだが、当時の幼かったオリビアは言われた言葉を真に受けてしまった。
自分の女としての努力など意味がないと感じ始めたのもその頃からだった。
「まぁいい。俺たちの式は今から二週間後、領地の教会で略式で挙げる予定だ。その後、さらに二週間後に王都へ向かう」
「……式を挙げる必要はないと思うのですが、むしろそれ自体を省けないのでしょうか?」
自分たちは契約結婚だ。しかも半年後には離縁する。
できるなら領民たちに自分がイクシオンの妃になると認識して欲しくなかった。
今でさえ、河川の指示と薬の製造でここの領地の人たちと関わりをもっている。
「いくら俺が王位を放棄した王族だとしても、さすがにそれはできない。本来なら何日にも渡り、パレード形式で婚礼の儀を行うものだからな。これでもかなりロイズに無理を言って簡略化させたんだ」
イクシオンが成人した段階で王位を放棄したことは知っていた。
異母兄であるルードヴィッヒ三世は王にしては珍しく情に厚く温厚な性格で、年の離れたイクシオンのことをとても可愛がっていた。
甥である二人の王子に次の王位を譲ると宣言すると、ルードヴィッヒ三世はイクシオンに公爵位と領地を与え、そのおかげでこうして平穏に暮らしている。
「そうでしたか……ご尽力いただき、心より感謝申し上げます」
「――あと、お前のその口調はいい加減なんとかならないのか?」
「と、申しますと?」
「俺は部下と会話してるわけではないんだぞ! これから俺の妻になるのだろう。もう少し砕けて話すことはできないのか?」
「そう言われましても……」
ある意味、これも線引きなのだ。
イクシオンと特別親しくなりたいわけではないし、今くらいの距離感がちょうどよかった。
(認めたくないけど、やっぱり乙ゲーの攻略対象者だよね。とくにイクシオンはやたらと露出が多いし、美形だし、変な気を起こさないためにも、やっぱりある程度の節度は保たないと……)
今、目の前に映る姿すらシャツのボタンが何個も外され、魅惑的な肉体が覗く悩ましい姿をしている。
お互いのためにも自己防衛はしておかなくてはならないとオリビアは思った。
「私たちはあくまで仮染めの関係です。書類上は夫婦でも、実際の関係は大きく異なります。殿下もそのことをお忘れなきよう、お願いいたします」
こんなことばかり言っているから、可愛げがないと言われるんだろう、とオリビアも心の中で思っていた。
「そう言っていられるのも、今だけだと思え」
見下ろしていたイクシオンは低く屈むと、視線をオリビアへと合わせてきた。
いつも挑むように見ていた美貌が突然目の前に現れ、途端にドキッと心臓が跳ねた。
「っ! どういうことですか?」
動揺を悟られないように、表情を崩さず間近に迫る美しい顔をジッと見つめ返した。
「お前はわかっていない。書類上でも夫婦になるということがどういうことなのか」
トンッと人さし指で体を小突かれ、意味深に上目遣いで微笑まれると心臓がバクバクと逸り、落ち着かない気持ちになる。
「ですから……、今と変わることはないと……」
「では、そう思っているといい」
顔を上げたイクシオンは相変わらず笑ったままで、余裕を伺わせる表情がオリビアの癪に触る。
「殿下がなんと言われようと、私は変わりません」
強気な口調で言い換えしたが、フッと笑ったままイクシオンは部屋を去って行ってしまった。
パタンと扉が閉まると、オリビアは力が抜けたように床にへたり込んだ。
(はぁ……さすが魅惑の王弟殿下。これはちょっと距離を保たないとダメだ。なるべく素っ気ない態度で対応してるのに、逆に面白がられてる気がする)
その場で大きくため息をつくと、床から立ち上がった。
たとえイクシオンがどんな態度で来ようと、自分は自分の信念をもって接するだけ。オリビアの目的はあくまで復讐だ。
それを忘れないように心掛けよう。
オリビアは決意を新たにした。
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