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契約 2
しおりを挟む「その間も、ここの領民の方々は何も知らずに蝕まれてしまうじゃないですか。それをただ、黙って傍観しているのは嫌だったので、早めにどうにかしてあげたいと……そう思っただけです」
オリビアはこれまで父親と共にずっと領地を見守ってきた。
関係ないと言ってしまえばそれまでだが、ここにいる人たちにはずっと苦しみ続けている。みんなそれぞれの生活があり、それぞれの人が懸命に生きている。
それを自分の都合だけで先送りにすることがどうしてもできなかった。
「――そうか」
静かに話を聞いていたイクシオンは一言そう発して、ロイズから紙とペンを受け取り、サラサラと紙に契約条件を書いている。
オリビアはソファに掛けたまま、その様子を見守っていた。
「よし、書けたぞ。ほら、お前も確認しろ」
「はい」
手渡された紙を上から読んでいく。
何項か書かれていたが、大体は予想していたことが並んでいた。
だが、最後の一行にオリビアの視線が留まる。
(ん? 契約者(妻)は契約者(夫)に対し常に献身し、いかなる時も妻としての努めを果たさなればならない……? これはどういう意味だろう?)
とりあえずイクシオンの言うことを聞け、という意味なのだろう。
イクシオンは美女にしか興味がない。
自分は契約期間の間、この領地に留まり、解毒薬を作って領民たちを救えばいいのだ。
その見返りとして、王弟殿下の妃という立場を手に入れ、これから来るであろう建国祭に備えればいいだけだ。
「私はこの条件で構いません」
「本当にいいんだな?」
念を押してそう言われると、不安になってしまうが、契約書を読んだ感じでは悪いことは書かれていなかった。
「……はい」
半信半疑で返事を返すと、思い出したようにもう一枚の紙を鞄から取り出し、机に広げた。
「殿下。こちらにも同時にサインをお願いいたします」
「これは?」
「こちらは離縁状になります。こちらも殿下がお持ちください。契約終了後にはすぐに離縁いたします。それに、もし私が契約に違反した際にも、契約不履行ということですぐに離縁状を出していただいて結構です」
イクシオンは淡々と説明しているオリビアを興味深そうに見つめていた。
「結婚契約書と共に離縁状まで書かせるとは、ずいぶん周到なことだ」
オリビアに向かい含み笑いを見せたあと、離縁状にもササッとサインを書いて印を押していた。
「ではこれで、契約成立だ」
イクシオンはその場で立ち上がり、笑顔で手を伸ばすとオリビアに握手を求めてきた。
(やっぱり見目の良い人って得だよね。笑っただけで、うっかり見とれちゃいそうだった)
「はい。不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
オリビアも立ち上がると躊躇するように手を伸ばし、その手をそっと握った。
ぎゅっと握られた手は温かかった。
「それで早速だが、解毒薬について聞きたい」
手を離したイクシオンはオリビアを見下ろすと、今度は真剣な表情で尋ねてきた。
「えぇ、もちろんです。――私が先ほど殿下に渡した花はございますか?」
「花? あぁ……これか?」
イクシオンが思い出したように懐から無造作に取り出した花はすでにくたりと萎れてしまっていた。
「その花こそが解毒薬の元となる材料です」
「――なっ! これが、解毒薬だったのか?!」
「そうです。あの過酷な環境下で生き残れたこの花こそが、解毒薬となります。この花の成分に解毒効果があるのです」
「お前は……突然求婚してきたかと思えば、その時の花が解毒薬に必要なものだったとは。なかなか一筋縄じゃいかないやつだな」
「お褒めにあずかり光栄です」
「クククッ……! 俺の予想は当たったな! お前といると退屈しなさそうだっ」
さも楽しげに笑うイクシオンを見ていた側近のロイズが、珍しいものでも見るようにその光景を眺めていた。
「あの殿下が、こんなに楽しそうに笑うなんて……」
そんな呟きがオリビアの耳にも届いた。
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