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人となり
しおりを挟むこの日は領民たちの様子を確認するため、オリビアはいつものように町へ外出していた。
そして珍しく、イクシオンもオリビアと共に外へと出ていた。
どこへ行っても自由奔放なイクシオンは外でも変わることはなかった。
「なぁ、我が妃よ。俺の理想の女性はどこにいると思う?」
「……そのような方が私にわかるわけないじゃないですか。それよりも、その呼び方はやめてくださいませんか」
最近、イクシオンはオリビアを“我が妃”と呼ぶ。初めて呼ばれた時に思い切り嫌な顔をしたら、そこから面白がってこう呼ぶようになってしまった。
「美しい女性は数多に存在するが、俺の心を揺り動かすほどの美女は中々いない」
オリビアはイクシオンの自由さに呆れた様子で、「はあ……」と返事を返していた。
並んで歩いていると、通り過ぎる女性たちが立ち止まり、頬を染めてイクシオンをうっとりとした視線で見つめている。
「俺の運命の相手には、一体いつになったら会えるのか……」
「だから知りませんて」
「あぁ、運命の人よ」
あーだこーだとあまりに隣でうるさいので、人の多い町中でオリビアは美女を探して紹介することにした。
「はぁ……でしたら、あちらの方なんていかがでしょう? 中々の美人ですよ」
少し離れた視線の先に、オリビアの目から見ても美しいと思える女性が歩いていた。
「うーん……美しいが、いまいち惹かれないなぁ」
「では、向こうの赤髪の女性はどうでしょう。美形な上に素晴らしい体型をしていらっしゃいます」
さらに反対側の店の前に、見るからに肉体的な美女が友人らしき人と話していた。
「すべてにおいて素晴らしいが、なんだか違う気がする」
「あっ、あちらの女性なんて人目を引く美女です!」
「確かに美女だが――」
せっかく美女と思われる人物を見繕っているのだが、イクシオンは気に入らないようでいちいち難癖をつけてきている。
しばらく付き合っていたオリビアも、しまいにはピキッと青筋を立てて早足で歩き出した。
「もう面倒なのでご自分でお探しください! 私は忙しいので殿下の趣味に付き合っている暇はありません!」
「あぁ、相変わらず我が妃は冷たい」
わざとらしい口調で悲観的に話すイクシオンに、オリビアの神経がさらに逆撫でされる。
「冷たいやつで結構ですっ。遊びに行きたいのならご勝手にどうぞっ。あとその呼び方はやめてください!」
そもそも歩幅が違い過ぎるせいでオリビアがいくら早足で歩こうとも、イクシオンは余裕で歩いてついてきている。
(イクシオンて、美女なら誰でもいいんじゃないの?! さっき私が見つけた人たちも、かなりの美女だったけど?!)
オリビアは苛立ちながら歩いているのに、隣のイクシオンはそんなオリビアを面白そうに目を細めて眺めている。
「なんですか」
「いや?」
なんとなく揶揄われたようでバツの悪さを感じながら、馬鹿らしくなったオリビアは歩く速度を次第に緩めていった。
自分の美貌を隠すこともしないイクシオンは、道行く人の注目の的だった。
他の女性だって頬を染めて振り返るくらいなのだが、本人はとって日常的なことなのかまったく意に介していない。
これだけ多くの女性たちから熱い眼差しを受けているが、それでもイクシオンが不満なのには理由があるからなのだろう。
(もともとイクシオンの理想の女性も、運命の相手もアフロディーテだから。そう思うと、この人も可哀想な人だよね。ヒロインには選ばれなかったんだから……)
オリビア自身、イクシオンになんの興味もないが、客観的に見ればイクシオンは相当な美形だ。気を緩めればときめいてしまうくらい、見目麗しいことは認めている。
今度はゆっくりと歩みを進めたまま隣のイクシオンをジッと見つめていたら、その視線に気づいたイクシオンもオリビアに視線を送る。
「どうした? 俺に見惚れていたのか?」
「……いえ。同情していただけです」
「同情? なんでそうなるんだ」
「気にしないでください」
身分の低い自分がこうして慇懃無礼に話していても咎めることもしない。
親しみやすい性格で高圧的に接することもないイクシオンに、少なからずオリビアは人としての好感を抱いていた。
それに、これだけの美貌の持ち主がいつまでも自分の運命の相手を探しているということは、もしかしたらイクシオンにはまだ未練が残っているかもしれない。
「お前はたまに、よくわからないことを言う」
「殿下にだけは言われたくありませんっ」
「クククッ、減らず口なやつだな」
「お互い様です」
歩いていた足を止め、同じく足を止めたイクシオンの美しい顔を見上げて、真っ直ぐ金色に輝く瞳を見つめた。
「――殿下」
「なんだ?」
「運命とはあくまで定められたものです。追い求めても手に入らないことだって大いにあります。ですから、そればかりに囚われるのではなく、そこから生じた変数にも目を向けるべきだと私は思います」
イクシオンが求めていた運命の人は、すでにメルディオを選んでしまったのでどう頑張っても取り戻すことはできない。
おそらくイクシオンの心の中にはまだアフロディーテがいて、どんなに美しい女性がいたとしても比較してしまい、無意識に心が拒絶しているのだろう。
要するにオリビアはアフロディーテを忘れて、別の女性を選べと言いたかった。
「……やはり、お前の言うことはよくわからないぞ」
眉根を顰め、難しい顔をして困っているイクシオンの顔が可笑しくて、思わず声を出して笑ってしまった。
「ぷはっ、あははっ……! 理想と現実は違うのだと言いたかっただけですよっ」
「――っ」
イクシオンは何かに驚いたように目を見張って、一歩後ずさっていた。
ひとしきり笑ったオリビアが改めてイクシオンに視線を移すと、イクシオンは意外そうな顔をしてオリビアを見ていた。
「どうかされましたか?」
「お前も、笑うんだな」
パッと顔を横に反らして、一言そう漏らしたイクシオンをオリビアは不思議そうに首を傾げて見ていた。
「え……? それは人間ですから、面白ければ笑います」
「初めて見た」
「そうでしたか? 言われてみれば、久しぶりに笑ったような気がします」
これまで笑えるような状況下にいなかったからか、すっかり忘れてしまっていた。
心を許すつもりはないと思っていたが、思いのほか親しみやすい性格のイクシオンに、オリビアは少しずつ心を許してしまっているのだろう。
「さぁ殿下、行きますよ?」
ようやくこちらを見てくれたイクシオンに、オリビアは先を進むことを催促する。
「そうだな」
短く返事を返したイクシオンと共に、町へと向かい歩みを進めた。
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