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心に秘めた思い 2
しおりを挟む「もちろんです。父にも言われました。復讐からは何も生まれないと……わかっているんです。こんなことをしても意味はないと。でも、それでは私の腹の虫が収まりませんっ」
「意味は、なくないのだろう。お前がこれまで培った全てを台無しにされ、大事な者たちを貶められたのだろう?」
俯いたオリビアを見下ろすように、イクシオンが目の前で足を止めた。
「今日のお前を見て、改めて思った。お前の婚約者だった男は、正真正銘のクズだということだ」
「……その通りです」
「お前のような優秀な女を捨て、見た目だけの女を選び自分の欲を優先したのだからな」
「殿下が言うと違和感があります……」
ボソッと呟いたオリビアの言葉が聞こえたのか、イクシオンは笑っている。
「ククッ、まぁな。俺も人のことは言えない」
わずかに顔を上げたオリビアだが、視線はイクシオンの胸元をぼんやりと見ている。
今の気分でイクシオンの顔を見ることができなかった。
「私は、男になりたかったんです。父も母も私が初めの子でしたから、やはり男児を望んでいました。ですが産まれたのは私でした。そして次に産まれたのも妹でした……」
こんな話は今まで誰にも話したことはなかった。
なんの関係もないイクシオンだからこそ言えたのかもしれない。
それとも、ずっと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
「だから死に物狂いで領地のことや、語学や財政について勉強しました。男の人に負けないくらい様々な知識を身につければ、いずれ夫となる男性と共に領地を助けられると信じて……」
オリビアはそのまま後ろを振り返り、イクシオンに背を向けた。
「母が幼い頃に亡くなり、男手一つで私たちを育ててくれた父を、少しでも楽させてあげたかったんです。なのにっ……!」
オリビアはグッと拳を握りしめ、怒りに体を震わせている。
「式の当日に婚約者には裏切られ……その一家からは、女が、領主の真似事をしているからだと責められ、挙げ句っ……すべて、私のせいだと……莫大な、賠償金まで、請求されましたっ……」
じわじわと視界が涙で歪み、頬を伝った雫がポタポタと地面に落ちてシミを作っていく。
「私の、してきたことはっ……全部、無駄だったんですっ! こんな、結末のために、今まで、頑張ってきたわけじゃ、ないのにっ! 復讐などではなくっ……、大切な人たちのために、この知識を、役に、立てたかったっ……!!」
堰を切ったように流れる涙を止めることもできず、オリビアの嗚咽と共に次々と零れてくる。
イクシオンに慰めを求めているわけではなかった。
ただ、誰かに自分の気持ちを聞いてほしかった。
溜まりに溜まっていた行き場のない苦しい思いを、吐き出したかったのかもしれない。
背を向けて泣いているオリビアの後ろからイクシオンが近づき、声を押し殺して泣いているオリビアの腕を引くと、自分の腕の中へと抱き寄せた。
「――!」
驚きよりも体を締め付けている腕の力強さに切なさを感じ、堪えきれず声を上げて泣き出した。
イクシオンは揶揄うわけでもなく、黙ってオリビアが落ち着くまで抱きしめていた。
しばらく泣いて、嗚咽も徐々に治まってきたころ、イクシオンが静かに口を開いた。
「お前のおかげで今日の会談は無事に成功した。我が国とリュビーナ国とは相性が悪いからか、これまでの交渉はすべて決裂し平行線を辿っていたんだ。異母兄上もたいそう喜んでいただろう?」
イクシオンの腕の中は相変わらず心地良い。
ぴったり触れ合っているこの温もりに、自分でも知らないうちに癒されていく。
「今日、お前があの場にいなければ、国家間で亀裂が入っていたはずだ。これがきっかけで紛争に発展していたかもしれん」
「そんな……大げさ、です……」
「大げさではない事実だ。だから異母兄上もあそこまで焦っていたのだ」
慰めてくれているイクシオンの言葉に、悲しかった気持ちも、涙も、次第に薄れていった。
「そうでなれば、普段なら褒美など与えたりしない。さらにお前は明確な褒美を言葉にしなかった……それがまた異母兄上の心を動かした」
そろっと腕の中から涙に濡れた顔を上げると、イクシオンがオリビアを見下ろして、慈しむように微笑んでいた。
「――ッ」
「おそらく、遠くないうちに法改正が行われるだろう。女性でも爵位継承や起業できる未来が訪れる。これまでお前のように努力しても報われなかった者たちに、お前が希望を与えたんだ」
「私が……?」
「そうだ。それでもまだお前は、自分の努力がすべて無駄だったと言えるのか?」
止まったはずの涙が、再び瞳いっぱいに溜まり、またオリビアはイクシオンの胸に顔を埋めた。
「~っ! 柄にもないことを、言うのは、やめて、くださいっ……」
「妻が泣いているのに慰めない夫がどこにいる。俺は女にだらしないが、お前の元婚約者のような薄情な人間ではないぞ」
いつものようにオリビアを揶揄うイクシオンではなく、優しく気遣う感じに、調子が狂ってしまう。
「……そんなことは、知っています」
(私はここに、恋愛をしに来たわけじゃないんだ。私の目的は復讐だから。それを、忘れては、いけない……)
胸の奥から沸き起こる気持ちをどうにか抑えながら、オリビアは背中に回した腕に力を込めた。
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