62 / 99
不安 2
――コンコン。
突然、外からノックの音が聞こえる。
自分に用のある人間など、イクシオンくらいしか考えられないが、それにしてはノックが控えめすぎる。
「……はい」
ベッドから起き上がり、扉を見ながら疑心暗鬼で返事を返す。
「あ……オリビア様、私です。ライアンですが、入ってもよろしいでしょうか?」
「ライアン卿ですか?!」
「はい」
その瞬間、ライアンが引き金でイクシオンと揉めたことを思い出す。
さすがに若い男性を部屋に入れるわけにはいかない。
たとえ騎士団長でも、いらぬ誤解を招きかねないからだ。
「今、出るのでお待ちください」
ベッドから降りると急いで扉まで近づき、ドアノブに手をかけてゆっくりと開いた。
開いた隙間から顔を出すと、ライアンの姿が目に入る。
「オリビア様! お久しぶりですっ」
銀色の髪に、深い群青色の瞳。
廊下で待ち構えていたライアンも変わりはなく、相変わらず女性を虜にする甘いマスクで嬉しそうに微笑んでいた。
ひとまず部屋から出ると、ライアンに挨拶を交わす。
「お久しぶりです、ライアン卿。その節は大変お世話になりました」
「と、とんでもございません! 私のほうが色々とお騒がせしてしまいましたので……」
シュンとした表情で申し訳なさそうに話すライアンにオリビアは思い出した。
おそらく最後の日のことを言っているのだろう。
「いいえ。お力添えをいただいたのはこちらのほうです。心より厚くお礼申し上げます」
にこりと微笑んでその場で一礼をした。
イクシオンが意味のわからないことで怒っただけで、ライアンには本当に助けてもらった。
あの時はとてもお礼を言っている場合ではなかったので、急いで帰ってもらったが、オリビアも心の中で気にはかかっていた。
「お礼などは不要ですよ。それより、オリビア様のお怪我は大丈夫なのですか? 安否の確認もできずに王都へ戻らなくてはならず、イクシオン殿下にお伺いしても答えてくださいませんでしたので、ずっと心配しておりました」
「そ、そうでしたか……。私のことなど気になさらずともよかったのです。おかげさまで早い段階で完治することができました。これも急ぎで運んでいただいたライアン卿のおかげです。ありがとうございました」
ようやくお礼を言うことができ、オリビアの心に引っかかっていたものも、スッと消えて無くなった。
「いえ、元はと言えば、私がお怪我をさせてしまったようなものなので……」
見上げていたオリビアの手を取ると、ライアンは屈んで手の甲に軽くキスをしている。
「っ」
この挨拶自体は一般的で、親愛さを込めてするものなので特別な意味などはない。
しかし、このような場面ですることに違和感を覚えた。
(イクシオンはライアン卿が私に気があるようなことを言ってた。そんなの思い過ごしだと思っていたけど、あんなこと言われた後だから考えすぎているの?)
ライアンの性格は読めない。
元々が天然の女ったらしな性格なので、様々な女性に勘違いさせるような行動を取っている。
オリビアがどうということではないのだ。
一応、周りに人がいないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
だが、再び顔を上げたライアンはわずかに頬を赤く染め、オリビアをとても愛おしそうに見つめていた。
「ライアン、卿?」
「貴女が無事で、本当に良かった……」
オリビアを見る瞳に、明らかな好意と熱が籠められていた。
「ずっと、オリビア様のことが気がかりで……お会いしたかったんです」
「――!」
ドクンっ、と心臓が嫌な音を立てている。
ライアンは握った手を離すことなく、今度はオリビアの手のひらに再び唇を当て、キスを送っている。
手を引こうとしたが、強く握られた手は振り解くことができなかった。
まさかと思ったが、確証がないため本人に問うことも躊躇われた。
ひとまず冷静になり、ライアンに向かって静かに口を開いた。
「見ての通り、私はもうなんともありません。ライアン卿も職務がおありでしょうから、どうぞお戻りください。すでに貴方の任は解かれ、私の護衛騎士ではないのです」
「あっ……、はい。仰る、通りです……」
オリビアの突き放した言い方に、悲しそうに顔を曇らせたライアンだったが、最後は必死な表情で話しかけてきた。
「オリビア様っ! もし、王城で困ったことなどありましたら、いつでも私にお声をかけてくださいっ!」
あまりにも切迫した様子に、断ろうとした言葉を飲み込んだ。
今度は突き放すことはせずに、淡々と差し障りのない返事を返した。
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いいたします」
「はいっ。では、失礼いたします!」
パァッと満面の笑みを浮かべたライアンを見送ると、オリビアはすぐに扉を開けて部屋へと入った。
「はぁぁーー………」
誰もいない部屋の中でしゃがみ込み、その場で深くて長いため息をついた。
(勘違いだと、思いたい……イクシオンがあんなこと言うから、余計に変な勘ぐりをしてしまう)
ライアンは元から態度がおかしいのだ。
オリビアに対して親しげにするのは、ただ懐かれているから。
今の会話も、怪我を心配して出ただけのこと。
ただそれだけだ――
しかし、だとしたら今のあの表情は?
言葉や行動の意味は?
いくらライアンが天然でも、夫で王弟でもあるイクシオンが側いるのに、困ったことがあったら自分を頼ってほしいなどと言うのだろうか……
まだ決めつけるのは早い。
もう少し様子を見てからでも遅くないだろう。
もし、少しでもオリビアに好意を寄せているとわかったのなら、ライアンと関わらなければいいだけだ。
会わなければそのうち自分のことなど忘れるだろう。
そしてまた深いため息をつく。
思い過ごしであってほしいと、心の底から願って、勢いよくその場から立ち上がった。
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。