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会食
しおりを挟む会食が行われる部屋まで辿り着いた。
見上げるほどの重厚な扉を衛兵が左右に開くと、オリビアは小さく深呼吸をして緊張感を消すように努めた。
席にはすでにルードヴィッヒ三世と王子たちが座っており、オリビアたちは最後の入場となった。
「陛下。遅くなってしまい、申し訳ございません」
「いや、気にするな。まだ時間前だ。それに女性の支度とは時間のかかるものだからな」
頭を下げて謝るイクシオンに、ルードヴィッヒ三世は朗らかに笑っていた。
(私の支度なんてとっくに終わっていたけど、そういうことにしといたほうがよさそうだな)
むしろ遅くなったのはわざとゆっくり歩いていたイクシオンのせいだ。
「国王陛下のお心遣い、誠に感謝申し上げます」
同じくオリビアも頭を下げる。
ルードヴィッヒ三世は気を悪くした素振りも見せていない。
「謝罪はいらないぞ。さぁ、席についてくれ」
「「はい」」
イクシオンにエスコートされ、侍従が椅子を引くとオリビアたちも席についた、
「さて、主役も揃ったことだ。では会食を始めよう!」
ルードヴィッヒ三世の言葉で次々と豪華な料理が運ばれてくる。
長いテーブルの上が、目にも鮮やかな料理の数々で埋まっていく。
「第一王子の婚約者であるアフロディーテは出先の馬車の不具合で遅れるそうだ。後ほどまた紹介するとしよう」
ここでアフロディーテがこの会食に不参加だと発表された。
オリビアはホッとした反面、現実世界のアフロディーテを見てみたかった気持ちもあり、複雑な心境だった。
「さて、此度は王弟妃となったオリビアも出席してくれている。オリビアは王子たちとは初対面だったな。皆に挨拶を」
ルードヴィッヒ三世に促され、オリビアはその場で立ち上がるとスカートを広げて頭を下げた。
「第一王子殿下、第二王子殿下には初めてお目にかかります。私はオリビア・アーク・ライアーと申します。どうぞ、お二方ともお知りおきくださいませ」
心の中ですぐに忘れてくれることを祈りながら挨拶を終えた。
王子たちは頷いていたが、冷かな視線のメルディオと、にこやかに笑っているコンラートの表情が対照的だった。
グラスにワインが注がれ、持ち上げるとルードヴィッヒ三世の声で乾杯し、オリビアは一口だけ飲み込んだ。
オリビアは下戸だ。
酒類は一切飲めない。
さすがにこの場で飲まないわけにはいかないので、一口だけグラスに口を付けた。
「しかし、残念です。父上のご回復に一番貢献した功労者であるアフロディーテが、不慮の事故で会食に参加できないとは」
ここで一番に口を開いたのは第一王子メルディオだった。
少し癖のある金髪と、気の強さが顔にも現れているのか、目尻の上がった精悍な顔立ち、瞳の色はルードヴィッヒ三世とは違い若草色だった。
表向きの噂だが、国王陛下の薬を見つけたのはアフロディーテということになっていた。
オリビアとしては願ったりな噂だが、ルードヴィッヒ三世はメルディオの話に頷くことはしていなかった。
「……うむ。今回でなくとも次の機会もある。アフロディーテが正式に第一王子妃となれば、いつでも参加できるであろう」
「えぇ、父上の仰る通りですね。その時が楽しみです!」
なぜかメルディオは、正面右の席にいるイクシオンを見ながら話している。
(メルディオって、まだイクシオンがアフロディーテに懸想してるって思ってるみたい。実際はわからないけど、イクシオンはすでに身を引いているのに)
アフロディーテはメルディオと婚約し、王子妃になることが決定している。
しかもイクシオンもオリビアという妃を迎え、こうして親族の前で紹介までしているにも関わらず不安が尽きないようだ。
(イクシオンはわざわざ陛下と王子たちのために王位を退いたのに、たかだか一人の女のことで、ここまで敵対心を剥き出しにされてたらやるせないだろうな)
メルディオがそれだけアフロディーテに本気だという証拠なのだろう。
だが、すでにアフロディーテに選ばれたのだから、もう少し余裕を見せてほしいとオリビアは心の中で思い、メルディオに対し幻滅していた。
「そういえば、お二人はどうやって出会われたのですか? ……どう見ても、叔父上から義叔母上を口説いたとは考え難いのですが?」
茶化すように馴れ初めを聞くメルディオの言葉は、どこか攻撃的で言葉の端々に棘がある。
普通に聞いていれば、オリビアのような女ではイクシオンが靡くはずがないというような、かなり失礼な言い方だ。
だがイクシオンは意に介さず鼻で笑うと、メルディオに向かい余裕の笑みを浮かべている。
「まぁ、妃の能力を買い、領地へ招いたのは俺だが……こう見えて情熱的なやつでな。求婚は我が妃のほうからされた」
メルディオのあからさまな嫌味にムッとしていたオリビアだが、イクシオンに余裕の笑みで流し見られ、ドキッと心臓が跳ねた。
「殿下っ」
イクシオンが親族のいるこの場で、自分たちのことを話すとは思ってもみなかった。
適当に誤魔化して終わるのかと思っていたからだ。
「そうだったのか。まさかオリビアから求婚したとは……! ずいぶん積極的だったのだな」
これにはルードヴィッヒ三世も食いついた。
あまり自分のことを話したがらないイクシオンが、珍しく口を開いているからだ。
「えぇ。我が妃には絶えず驚かされています。妃の教養の深さは陛下もご覧になった通りです。常に民のことを思い、我が領地のために日々たゆみない努力をする姿に、俺は深い感銘を受けました」
突然語り出したイクシオンに、隣で聞いていたオリビアは思わず目を丸くした。
イクシオンはまるで事実を語るかのようにスラスラと話を続けているからだ。
「外見的な美しさばかりに囚われていた俺は、ただの幼稚なガキだったということです。我が妃と出会い、俺は人間の本質の美しさというものを知りました」
「――っ」
そう言って、オリビアを横から愛しそうに見つめるイクシオンに動揺を隠し切れない。
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