37 / 99
褒美 2
しおりを挟む「感謝申し上げます。――私は小さな領地で領主の娘として生を受けました。我が家は跡取りとなる男児がいませんでした。そこで長女の私が他の男性と婚約し、その方と共に父の跡を継ぎ、領地を守っていく予定でした。しかし……その婚約者が他の女性を選んでしまったため、私は自分の領地にはいられなくなってしまったのです」
静かに話し始めたオリビアの話に耳を傾けるように、辺りは静まり返っていた。
あえて細かくは話さず、ざっくりと話を切り出して話していく。
「他の女を選んだだけならば、そなたが出ていく必要はなかろう?」
「……お恥ずかしい話なのですが、その婚約者は結婚式の当日に別の女性を花嫁として連れてきたのです。式には親類を含め、沢山の人間を呼んでおりました。そこで醜態を晒されてしまった私が領地に留まることはできませんでした。加えて今年で二十六になります。次の婚約者を見つけることは困難な状況でした」
そしてまた、周りがシーンと静まり返る。
いったん間を置き、またオリビアは口を開いて話を続けていく。
「そんな行き場のない私を拾ってくださった方こそが、こちらにいらっしゃいますイクシオン殿下だったのです」
オリビアの言葉に周囲の視線が一気にイクシオンへと集中した。
ルードヴィッヒ三世からも驚きの声が上がる。
「イクシオンのほうから声をかけていたのか!」
これは話の経緯でわかったことだが、イクシオンは国王陛下に自分たちの馴れ初めは話していなかった。
適当な理由で誤魔化し、結婚の承諾だけ貰って戻って来たのだろう。
イクシオンの性格からそういったことを話したがらないだろうから、嘘と真実を混ぜながら脚色して話を続けた。
「はい。私は自分の生まれ育った場所を夫となる者と共に統治するために、これまで領地に関する様々な知識やたくさんの言語を学んでまいりました。ですが婚約者の不祥事のせいで全てが無駄になるところだったのです。しかし、殿下は私の能力を高く評価してくださり、陛下から賜った領地を守るためにと、私を自領へと招いてくださいました。殿下には感謝してもしきれません」
「そんな経緯があったのか――」
ルードヴィッヒ三世がどう思っていたのかわからないが、見た目も平凡でなんの取り柄もなさそうな自分とイクシオンが結婚する理由が思い浮かばなかったのだろう。
しかし意外な事実を聞くことで、ルードヴィッヒ三世も納得したはずだ。
自分たちについて変に勘繰られるのは嫌だったし、これでイクシオンの心象も悪くならないだろう。
イクシオンは傍らでまた複雑な顔をしていたが、話に割り込むことはしなかった。
「はい。私はとても幸運だったのです。――世の中には素晴らしい能力を持ちながら、それでも女性というだけで発揮する場を持てず、歯痒い思いをされている方が少なからずいらっしゃいます」
オリビアは静かに話を続けながら、訴えるような真剣な眼差しをルードヴィヒ三世に向けた。
「私は幸いにも殿下に拾っていただけたので、こうして微力ながら殿下や国王陛下のお役に立つことができました。ですから、陛下にその事実を少しでも知っていただければと思い、こうしてお話をさせていただいた次第でございます」
オリビアの話が終わったあとも周りは静まり返っていた。
そしてしばらくしてルードヴィッヒ三世が重い口を開いた。
「うむ……そうだったか。イクシオンはいつまでもフラフラとして心配しておったが、余の与えた領地を大事にしてくれていたのだな」
しみじみと話すルードヴィッヒ三世に、オリビアは頷くことで肯定した。
「そなたと共にライアーロードを守るのならば、これからの心配はいらないだろう。イクシオンは突然の婚姻について話したがらなかったが、そなたの説明で納得がいったぞ。オリビアよ……そなたの話、余の胸にしかと留めておくとしよう」
ルードヴィッヒ三世がオリビアを見下ろし、にこりと顔に皺を刻んでいた。
「ありがたき幸せ。陛下のそのお気持ちだけで私も救われました」
オリビアも微笑むと、ゆっくりと頭を下げた。
390
あなたにおすすめの小説
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う
ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――?
エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結】体目的でもいいですか?
ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは
冤罪をかけられて断罪された。
顔に火傷を負った狂乱の戦士に
嫁がされることになった。
ルーナは内向的な令嬢だった。
冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。
だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。
ルーナは瀕死の重症を負った。
というか一度死んだ。
神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。
* 作り話です
* 完結保証付きです
* R18
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる