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しおりを挟む更に一月程時は流れ、すっかりこのバルトにも慣れてきた。
知り合いも増え、二人は託児所を開設する物件を探していた。
不動産屋に行っては、お手頃なお値段で買える物件を探しているのだが……これが中々難しい。
まず二人には保証人がいない。ただ家を借りて住むのとはまた訳が違い、この世界では施設として買い取るには相応の保証人が必要なのだ。
パトロンでも居れば別なのだろうが、二人はそれだけは絶対に嫌がった。
名乗り出てくれる者も何人もいたが、大体が金持ちの貴族や商家の男で、見返りが怖くて全て断っている。
まあ、考えて見れば当たり前の話なのだ。
成功するかもわからない事業に、いきなり投資するような善人は世の中にほぼいない。
だが、自身を売るような真似は絶対にしたくない。
二人は行き詰まりを見せていた。
そんなある日。
今日も二人は物件巡りをしていた。ティアーナはフード服こそ着ていないが、だて眼鏡は常に掛けている。
人通りの少ない道を歩いていると、ふいに周りを囲まれた。
追っ手かと身構える。
「ずいぶん可愛いお嬢ちゃん達じゃねぇか」
「俺達が良いとこ連れてやるから、付き合えよ」
4、5人程の男達が笑いながら下卑た言葉を吐く。
アイシャが咄嗟に前に出てティアーナを庇う。
「お嬢様、私が引き付けますので、その隙にお逃げ下さい」
こっそりと耳打ちするアイシャに、ティアーナは焦る。アイシャは確かに体術を身に付けているが、大の男相手に、ましてやこの人数を1人で倒せるほど強くはない。
ティアーナは多少の心得はあるが、護身術程度。アイシャに加勢できる程ではないのだ。
「ダメよ、アイシャ!貴方を置いていけないわ!」
「しかし、このままでは…!」
そうこうしている内に、1人の男がティアーナの腕に手をかけ、強引に引き寄せる。
「きゃあっ!」
ティアーナは捕らわれてしまう。男の腕の中でもがくが、力の差がありすぎてとても敵わない。
「お嬢様!」
アイシャがその男を攻撃しようと前出るが、他の男が退路を断つ。
「いや!離して!」
男はティアーナの顎に手をかけ、自分の方へ向ける。
「コイツは上玉だな。いっぱい可愛がってやるぜ」
舌舐めずりをしながら、品定めをするようにティアーナの顔をギラギラした眼で見る。
男の下半身がティアーナの腰辺りに擦り付けられ、その硬い感触に強い恐怖心が沸き起こる。
(いや!……誰か!!)
「くっ!お嬢様を…離せぇぇーー!」
応戦していたアイシャも、ティアーナを助けるまでには及んでいない。
男の顔が近づき、ギュッと固く目を瞑った。
「ぐわあっ!」
男の声と共に、急に体が開放される。そして別の腕の中に捕らわれる。
目を開くと、目の前には誰かの逞しい胸。それとこの芳香はどこかで嗅いだことがある。
「大丈夫かい?助けるのが遅くなってしまったね」
片腕だが、力強く抱きしめられる。顔を上げると、そこには船で見た男がいた。
名前は確か……
「アー…サー…様」
確かめるようにポツリと呟いた。円卓の騎士と同じ名前だったから覚えていた。
その声が聞こえたのか、ティアーナの方を向き、軽く微笑む。
少し長めの光輝く青銀の髪、吸い込まれそうな琥珀色の瞳、シャープな顎のラインにスッと通った鼻梁、形の良い唇。
その端正な顔立ちが今は隠されていない。先ほどの動きでフードが脱げてしまったのか、惜しみなく陽の下に曝されていた。
(なんて綺麗な人……)
片手で剣を構えている、その神々しい程の美貌に見入ってしまう。
「こんのヤローー!!」
逆上した男が突進してくる。
サッとティアーナを後ろに隠し、剣を振るうと呆気なく男は倒れた。
アイシャの心配して方を見ると、別の男が助太刀に入っていた。アイシャだけでも何人か伸していたが、全員は無理だ。
そちらも、事なきを得てホッと息をついた。
ティアーナは安堵のあまり、その場にへたりこんでしまった。
助かったが、男に触られた気持ち悪さが拭えない。ティアーナは自分の体を抱きしめる。
あのまま、アーサーが助けてくれなければ、あの男に凌辱され、薔薇の痣が浮き上がってしまうところだった。
そう思っただけでゾッとする。
本当に恐ろしい呪いだ。
「怖かっただろ?もう大丈夫だ」
跪いたアーサーが、ティアーナの身体を抱きしめくれる。
逞しい腕の中に囚われ、涙が溢れてくる。
背中に回された腕に、更に強く力が籠る。
しばらく腕の中にいたが、ふいに掛けていたダテ眼鏡が外される。
上を向くと琥珀色の瞳と目が合う。
そのまま唇が重なる。
(…!)
「んっ……」
触れるだけのキスではなく、深く重ね合わされる。柔らかな唇の感触に思わず目を閉じる。
「ん……っ、ん ……」
まだ会って2度目だとか、いきなりキスするなんて、とか全く考えられない。
触れ合う唇の感触が心地好くて、されるがままだ。自分はいつから、こんなはしたない女になってしまったのか。
少しして唇が離される。涙はとっくに引っ込んでしまった。
アーサーの腕の中で、両手で口を押さえながら、真っ赤になる。
(キス…された……)
ティアーナとしては初めてのキスだ。
ふるふると羞恥で震えていると、スッと眼鏡が掛けられる。
顔を上げると、アーサーの端正な顔が目の前に現れる。
この人は何でこんなにも距離が近いんだろう。
「ねぇ、昔会ったことはないかい?」
「え?昔……ですか?」
急に話し掛けられたので、慌てて距離を空けながら考えてる。
アーサーのような美男子に会ったことがあるなら、必ず覚えているはずだ。しかもこの珍しい青銀の髪。忘れる訳はないと思う。
ティアーナは幼い頃から自国カナン以外、あまり国を出た事はない。
あるとしたら母方の親戚の国に行った時くらい。そこでだって、従兄弟と遊んだくらいで他の男の子なんていなかったと思う。
「いえ……お会いした事はないと思います……」
覚えている限りではない。
そう言うと、アーサーは少し残念そうな顔をして立ち上がる。
「そうか……」
手を差し伸べてくれる。その大きな手に自分の手を重ね、起き上がらせてくれた。
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