薔薇の呪印 ~逃亡先の王子様になぜか迫られてます

ウリ坊

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 時は少し巻き戻る。
 夕刻の王宮。
 ここは騎士達の鍛練場に続く通り道だ。鍛練場の中には入れないが、一般市民でも身分証があればそこまでは通ることが出来る。
 いつもこの時刻に、目的の人物が通る事をアイシャは把握している。







 ◇◇



「貴方を見込んで頼みがあります」

「俺は暇じゃないんだ。小娘の遊びに付き合ってる時間はない」

「小娘の遊び、と言い切る前に、一度手合わせをお願いします」

 アイシャはそう言って頭を垂れる。

「ふん、その時間すら惜しいわ」

 そのままギルバートは去ってしまう。

 それからアイシャは毎日のようにギルバートの元へ通った。
 雨の日も嵐の日も関係なく。

 会うたびに、頭を下げ指導してほしいと、頼み込む。
 初めは立ち止まっていた足が、次第に素通りされるようになる。










 ◇◇



「おい、またあの娘来てるぜ」

「ギルバート団長目当ての娘だろ?良くやるよな」

 アイシャは気にしない。何を言われようとも。それがティアーナを守るためだから。

 門の前で待っていると、ギルバートがやってくる。が、そのまま通り過ぎて行く。

「ギルバート様!お願いします!」

 そしてもう、何度下げたかもわからない頭を下げる。
 このまま、またいつもの様に通り過ぎて行くのだろう。

 頭を下げているからわからないが、足音が遠ざかって行く。
 アイシャはしばらくそうしていたが、やがて頭を上げた。

 するとそこにはギルバートが立っていた。

 アイシャは目を見開いて驚いた。

「ギル…バート……様?」

 持っていた騎士団の練習着を投げて渡す。

「つべこべ言わず、黙って着いてこい」

 そう一言残し足早に去る。アイシャもその後を慌てて追いかけた。

 とりあえず更衣室を借り、素早く着替える。王宮の騎士団専用の鍛練場はかなり広い。
 すでに沢山の騎士達が打ち合いをしていた。

 ギルバートが練習用の剣を投げてよこす。もちろん刃は潰してある。

「打ってこい」

 ギルバートは立っていたまま動かない。構えすらしない。完璧になめられている。

「参ります!!」

 アイシャはダッシュで勢いをつけ、迷いなくギルバートに飛びかかり、一撃放つ。
 ギルバートは動く事なく、それを払う。打撃の威力が強すぎてアイシャは吹き飛ばされる。

 地面に叩きつけられ、体に衝撃が走る。

「あぐっ!」

 痛みで立ち上がれない。一瞬呼吸が止まった。
 でも起き上がらないと見限られてしまう。
 アイシャは剣を地面に突き立て起き上がる。
 フラつく身体に気合いをいれ、また踏み込んで、別方向から一太刀放つ。
 しかし、ギルバートは難なく振り払い、アイシャはまた地面に激突する。

 何度も繰り返し、アイシャは次第に起き上がれなくなる。

「くっ……はぁ…………はぁ………」

 剣を支えに何とか立ち上がるも、体はズタボロで頭からは血が流れている。
 既に動ける状態ではない。

「だ、団長……この子、死んじゃいますよ……」
「あぁ…もう……止めないと………」

 見ていた騎士達も、その痛々しい姿に同情の言葉が聞こえ始める。
 それでも、ギルバートは何も言わない。

 
 自分は弱い。

 こんな事じゃティアーナを守れない。
 もしまたあの様な輩に絡まれた時、常に一緒にいる自分が強くなければ、ティアーナが傷付いてしまう。
 そんなのは死んでも嫌だ!

 自分を暗闇から救ってくれたのは、他でもないティアーナだ。
 彼女が幸せになれないのなら、自分なんか生きてる意味もない。こんな弱い自分なんかいらない。

 私はあの笑顔を守るために、強くなりたいんだ!


 アイシャはまた剣を持つ。
 すでに力は入っていない。気力だけで動いていた。
 もう走ることはできないが、脚を引きずりながらギルバートに向かう。
 何とか近くまで来るが、剣を持つ手が上がらないが、気合いで持ち上げギルバートに向かい、剣を下ろした。
 もう威力も何もない、ただ、振っただけの動作だ。だが、ギルバートは何もせず、その刃が腹の部分にトンっと当たった。


 周りが静まり返る。


「………合格だ。次からはここでしごいてやる」

 ポツリと一言漏らす。
 一瞬その言葉の意味がわからなかったが、理解した途端、アイシャは意識を手放した。


 周りはざわめいているが、アイシャには届かない。倒れてすぐギルバートが抱き止める。
 そしてアイシャを肩に担ぎ、そのまま歩いていく。

「あの、団長…どこへ?」

「…医務室だ。お前達は訓練を続けろ」

 そう言い残し、歩き去ってしまった。
 残された団員達が信じられないものを見るかのように、呆然と眺めている。

「おい!聞いたか?!…あの団長が認めるなんて!」

「しかも女の子だぞ!見学する女達も鬱陶しそうに、微塵も寄せ付けないあの団長がだ!」

「これは…スゴいことになりそうだな」

 見送った騎士達は口々に噂する。堅物の団長が年若い女の子に陥落したと。




 医務室にやってきたギルバートは、初老の待医にアイシャの怪我を見せる。

「ギルバート様!これは一体!?………どうしたらこんな酷い傷を女性に負わせられるのですか?」

「俺がやった」

「はあ?ギルバート様が?」

 侍医は開いた口が塞がらず、唖然としている。
 とりあえず身体の怪我の具合を見る。ギルバートには席を外してもらう。
 顔や頭の擦り傷や裂傷、打撲や打ち身、青アザなど、身体中が傷だらけになっていた。
 指もボロボロで、爪も割れてしまっている。

 包帯を巻きながら、侍医が怒りを露にする。

「ギルバート様!これは女性に対する仕打ちではありません!鍛練などではなく、これではただの暴力です!女性の体はデリケートなんですよ!!」

 ギルバートは何も言わず黙って聞いている。

「この傷や打ち身では完璧に治るまで一月程かかるでしょう。しばらくは動くこともままならないと思います。もしかしたら、消えない傷も出てくるかもしれません」

 侍医は痛ましそうな顔で手当てを続ける。
 
「傷が残るようなら、責任は取るつもりだ」

「……はい?」

 侍医は言われた意味がわからず聞き返すが、ギルバートはまた黙る。


 返答が返ってこないとわかり、アイシャに向き合うと、ひたすら手当てを続けるのだった。
 
 











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