運び屋『兎』の配送履歴

花里 悠太

文字の大きさ
31 / 58
配送履歴#4 配達物『薬』

第26話 『兎』の兎の秘密の力

しおりを挟む
 ——時が止まる。

 シンと音が消え、兎の目が赤く輝く。
ユウヒと兎以外の全てが止まる。

 メイドの手にある包みが薬を溶かした水に向かって傾き、今にも粉が流れ込みそうになっている。
しかし、こぼれずに写真に収めたかのように止まっていた。
ユウヒは衛兵の間を抜けてメイドの元に駆け寄って、コップをとりあげてメイドの腕を掴む。
粉が入らなくなったのを確認すると、兎に話しかけた。

「アリス、ありがと」

 十秒程の時間停止二人だけの時間が終わった。

 ——時が動き出す。



「何事だ!?」

 突如ユウヒが発した兎を呼ぶ大声に驚き、振り向く領主。
だが、振り向いた先には既にユウヒの姿はなく、メイドの側に立っていた。
右手には水が入ったコップ、左手にはメイドの腕を握っている。

 先程までユウヒを挟んでいた衛兵達は、間に誰もいなくなっている事に気づき焦るそぶりを見せる。

「……不思議ね」

 対照的に夫人は素直に不思議がっていた。
夫人の位置からは元々ユウヒが衛兵に挟まれているのが見えていたのである。
ところが、ユウヒが叫んだかと思うとメイドのもとに瞬間移動したように見えたのだ。

「大声だしてごめんなさい」

 謝るユウヒ。
腕を握られたメイドの手にある包みから、白い粉末が机に流れて小さな山を作っている。
状況が分からず呆然としていたメイドはその場にへたり込む。

「運び屋、どういうことだ?」
「お姉さんが薬の水に、この粉をいれようとしてたんだ」

 尋ねる領主に、ユウヒはメイドを見ながら説明した。
呆然とへたり込んでいたメイドが、ぐすぐすと泣きだす。
その様子をみて領主がユウヒに確認する。

「なんでわかった? いや、どうやって止めた?」
「お姉さん、この粉入れようとした時に泣きそうな顔してたから止めたんだ。どうやって、は秘密」
「泣きそうな顔だと?」

 泣き続けるメイドを見て怪訝な表情を浮かべる領主。
メイドに問いかけた。

「一体、何を入れようとしたんだ」
「っ、っ、ちょっと気分が悪くなる、薬って、聞いてます」
「そんなものをなぜ」

 領主がさらに問い詰めようとしたところでメイドは地面になすりつける勢いで頭を下げた。

「すみません! 奥様、旦那様!」
「どうしてこんなことをしたの?」

 その様子を見て、夫人は穏やかにメイドに問いかける。

「父の、父の薬がどうしても必要なんです」
「……お前の父親も同じ病気に罹っているのだったな」
「はい。奥様に薬を届ける商人から薬を分けてもらっているのです。今日、薬と一緒にこの粉を渡されて、別の薬を試すことになった場合はこれも一緒に入れるように言われました」
「私のための薬を受け取るときに言われたのね」
「誰かに言うか、断れば薬はもう渡さないと。本当に、本当に申し訳ございません」

 頭を下げるメイドの様子に、険しい表情の領主はため息をつく。
その様子を見て、夫人は恐る恐る領主に話しかけた。

「この子を許してあげてもらえませんか」
「甘い」

 声色厳しく話した領主に、びくっと肩をすくめる夫人とメイド。
領主はその様子を気にすることなく、額に手を当てて呟く。

「私はこんなことになっているのも見えていなかったのだな。つくづく甘いものだ」

 引き続き頭を下げつづげているメイドに向き直って領主は告げた。

「私がお前の立場ならそうせざるを得ないだろう。悪いのはお前ではない」
「旦那様」
「ただ、お前に仕向けた奴らを野放しにする事はできん。知っていることを全て話せ」
「わ、わかりました」

 ユウヒを監視するために部屋にいた衛兵に別室で聞き取るように命じた。
命令を受けた衛兵はメイドの腕を掴み、連れ出そうとする。
項垂れながらも衛兵についていくメイドに領主が声をかける。

「今日届いた薬はお前の父の分も確保しておく。心配するな」
「! ……ありがとうございます、旦那様」

 メイドは振り向くと領主に向かって頭を下げ、衛兵と共に部屋から出ていく。
部屋には領主と夫人、ユウヒが残された。

 ベッド上の夫人がユウヒに向かって頭を下げる。

「ありがとうございます、運び屋さん。おかげであの子を罪に問わずにすみました」
「うん、よかった。あ。はい、よかったです」
「ふふ、大丈夫よ。あなたは恩人ですもの。楽にしてくださいな」
「ほんと? よかった。はい、これ」

 右手に避難させていた薬を溶かした水を夫人に差し出すユウヒ。
夫人は受け取ると領主の方に向かって目線で確認した。

「ああ、飲んでみてくれ」
「わかりました」

 言うと、コクコクと水を飲み干した夫人。
領主は恐る恐る問いかける。

「どうだ?体調に変化はないか?」
「焦らないでください。そんなすぐに効果が出るものでもないのですよね?」
「それはそうだが」
「ただ、ちょっとだけスッとしました。しばらくこのお薬で試してみたいです」

 心持ち明るくなった表情の夫人を見て領主も顔を緩める。
2人が和やかな雰囲気になったのを見て、満を辞してユウヒが再度踏み込んだ。

「あの、受け取りのサインいただけますか?」
「ああ、そうだったな。サインしよう」

 ついにサインしてもらえることになり小さくガッツポーズするユウヒに領主は続けて話す。

「あと、頼みがあるのだが」
「……なんでしょう?」

 まだサインもらえないのかとガッツポーズのまま固まるユウヒに、軽く手を振る領主。

「そう警戒するな。受け取りのサインと一緒に私からの返事を渡したいのだが、頼めるか」
「運び屋のお仕事ですか? 構わないですが」
「送り主から何か返事がある場合はお前に託せ、とあってな。返事を書いてくるから少々待ってくれ」
「わかりました」

 ユウヒから受け取った配送完了書を受け取り、領主は執務室に向かって一旦退出した。
その間、残された夫人は恐る恐るユウヒに頼み事をする。

「あの、運び屋さん。よければその鞄から顔を出している兎さんに触らせてもらえないかしら」
「うん、いいですよ。アリス」

 ユウヒは頼みに応えて兎を取り出すと、夫人の手の届くところにおいた。

 なでなで。
夫人が撫でるのに気持ち良さそうに目を細める兎。

「もふもふでかわいいですわね」
「かわいいでしょ」
「それに、さっき助けてくれたのもこの子よね? アリスというのかしら?」
「あー、そうだけど、秘密だよ」
「秘密ね、わかりましたわ」

 顔を見合わせてクスリと笑い合う二人。
そこに返事をしたためサインをした領主が部屋に戻ってきた。

「配達ご苦労。これを送り主に届け返してくれ」
「運び屋『兎』、お仕事請け負いました」

 立ち上がって一礼。
ユウヒは領主から、受け取り完了書と行きとは違う家紋で封がされた箱を受け取った。
背中の鞄に箱を入れていると、領主がユウヒに声をかける。

「それと、また仕事があるかもしれん。その時はよろしく頼む」
「はい、またのご利用お待ちしてますね」

 話して、名残惜しそうな夫人の手元から兎を回収。
そのまま部屋を出ようとしたユウヒだが、ふと足を止めて夫人に声をかけた。

「病気に負けないでね」
「頑張りますわ。運び屋さんも兎さんも応援してくれると嬉しいです」
「もちろん」
「私からもよろしく頼む。あと、先方には感謝していたと伝えておいてほしい」
「かしこまりました。では失礼しますね」

 今度こそ領主と夫人に一礼。
部屋を出ていくユウヒなのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。

まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」 ええよく言われますわ…。 でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。 この国では、13歳になると学校へ入学する。 そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。 ☆この国での世界観です。

荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。 しかし―― 彼が切り捨てた仲間こそが、 実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。 事実に気づいた時にはもう遅い。 道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。 “荷物持ちがいなくなった瞬間”から、 アレクスの日常は静かに崩壊していく。 短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。 そんな彼と再び肩を並べることになったのは―― 美しいのに中二が暴走する魔法使い ノー天気で鈍感な僧侶 そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。 自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。 これは、 “間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる” 再生の物語である。 《小説家になろうにも投稿しています》

追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─

石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」 貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。 「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」 かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。 ときどき舞い込んでくるトラブル。 慌ててミーナを探しているルカ。 果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。 甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。 *サイトより転載になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...