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ねこもり唯

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次に繋がる貴方との出会いを

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 いつの間にかすっかり日が落ちていた。
 街の遊歩道を歩きながら、悠心は赤いマフラーを巻き直して、ポケットに両手を突っ込みながら、薄闇に溶ける己の白い吐息をやや惚けた面持ちで眺める。
 今年最後の模試がようやく終わった。

「はぁ……。もうこんな時間かよー」

 良く晴れた空だった。
 綺麗な群青色が、下方からジワジワと濃い闇色へと変化していく。今夜の一番星はすでに顔を見せていた。角を曲がると大きな通りに出る。
 幾つも並ぶショーウィンドウは、赤や緑や青、沢山の電飾と共に色鮮やかな装飾が施され、クリスマス曲が流れていた。

「そう言えば……。今日はもしかしなくてもクリスマス」

 今更気付き、悠心はぽかっと口を開けた。
 大分前から街はすでにクリスマス一色だったはずだが、高校三年最後の年を終えようとしている悠心には、気付く余裕も時間も無かった。
 今日が今年最後の模試だった。受験生である悠心には、冬休みもクリスマスも全く関係がなかったのだ。
 これからが正念場。とりあえず、模試の結果が届くのは来年の1月。次の月の2月には、本命の大学の受験が待っている。まだまだ気は抜けない。

 けれど……。

 学校帰りの学生や、会社帰りのサラリーマンやOL達、家族連れの子供達が、楽しそうに街を行き交い、クリスマス曲を口ずさみながら買い物を楽しむその様子を眺め、張り詰めていた心がやや緩んでしまった悠心だった。実家を出て、高校の近くのアパートで一人暮らしをする悠心にとって、とくにこの一年間は学校と塾とアパートをただひたすらに往復する……といった毎日だった。
 不意に家が恋しくなった。実家では、今日はご馳走かな。母親のことだから、クリスマスでもやっぱりカレーだろうか。
 久しぶりに、電話、してみようかな……。
 ポケットに無造作に突っ込んである携帯電話を握りしめた時、靴先にコツンと何かがぶつかる感触がして、悠心は足を止めた。
 視線を下ろすと、ピンクのリボンが巻かれた拳大のオモチャの野球ボール。

「あれ……?」

 身を屈めてヒョイと拾い上げた。リボンの端には、Merry Christmas!の文字が。プレゼント用の野球ボールらしい。

「誰かの落とし物かな」

 表面に付いた汚れを手ではたき落としていると、ポンと肩を軽く叩かれて悠心は振り返った。そこには、サンタの赤い衣装を着たやたらと背の高い二十歳前後の青年が一人。
 彼は悠心と目が合うとニコリと微笑んだ。

「ごめんね、そのボール、ウチの店の商品なんだ」
「あ、え、はい。すみません」

 やや驚いて目を丸くし、慌てて青年にオモチャのボールを突き出すと、クスリと笑われた。

「君が謝らなくてもいいんだよ。俺が落としちゃったんだ。ほら、あそこ」

 悠心からボールを受け取ると、青年は少し先のショーウィンドウを指差した。看板は野球専門店。他の店と同様、リールや電飾、ファーで飾られたウィンドウ前に大きなツリーが置かれ、その横で綺麗な包装紙やリボン、ラッピングなどでお化粧をされたグローブやボール、バッドなどを出店で売り出していたらしい。
 彼はそこの店員か。
 納得して悠心は頷いた。
 彼の他にもう一人、同じく赤いサンタ衣装に身を包んだ店員が、小学生くらいの男の子を連れた父親の相手をしていた。

「野球かぁ。懐かしい」

 たった今買ってもらったばかりのボールとグローブが入った包みを嬉しそうに抱える少年を眺め、思わず呟いていた。

「野球、君もやるの?」

 悠心の呟きを、青年はしっかりと耳にしていたらしい。そう聞かれ、悠心はややはにかんだ。

「中学の頃、野球やってました。今はもう止めたけど……今は、地元の草野球の試合を見に行く程度なんですけど」
「そうなんだ。今、高校生? もしかして受験生かな?」

 微かに首を傾げてのぞき込まれ、彼の不思議な銀色の虹彩と間近で交わす形になり、悠心は内心ドキリとして慌てて彼の胸辺りに視線を泳がせた。

「当たり? 少し疲れた顔してる」
「そうですか? さっきまで模試でしたから」

 ややムカッとした。なんだか不躾な人だな。
 悠心の不機嫌に気付いたのか、彼は申し訳なさそうにごめんねと白い手袋のはめた指先で悠心のやや乱れた髪を撫でた。
 今更になり、彼が生粋の日本人ではないことに悠心は気が付いた。
 街のネオンに照らされる彼のダークブラウンの髪に、薄茶の瞳、端正な彫りの深い容貌。それにしても、日本語が流暢だ。

「クリスマスなのになぁ、帰っても1人なんです。ケーキでも買って帰ろうかな」

 財布に幾ら入っていたっけ、と考えていると「そうだ。これ、君にあげるよ」と先ほど彼に返したボールを差し出された。

「えっ? そんな……」
「俺からのプレゼント。君との偶然の出逢いにね」

 フワリと微笑まれ、やや強引に両手に握らされた。

「おれ、貴方にあげるものなんて何にもないですよ」
「別に君からも貰おうなんて思っていないよ。ね、Merry Christmas!」

 そして……。

 彼は、スラリとした長身の身をヒョイと屈めると、悠心の前髪に軽く唇を押し当ててきた。悠心はキョトンと目を見開く。

「ななな……っ! いいい今、何を……」

 ふわりと掠めた感触に、ぼぼっと頬を染める。

「神様に感謝の夜だよ。君が淋しくないように、おまじない」

 呆気にとられていると、気障な青年は悠心に一つウインクを寄こし、店へと戻っていってしまった。
 ぼーぜんとしてキスをされた前髪に手を置くと、甲に冷たい感触が触れる。

「あ、雪……」

 晴れていた夜空。
 いつの間にか星達は姿を隠し、変わりに白い塊が地上へと降りてきていた。店へと戻った青年をふと振り返ると、彼も同じく空を見上げていた。

「変な人……」

 ポツリと呟き、悠心は歩き出した。キスをされた前髪が、冷たい空気の中、仄かに熱を帯びているのが分かる。驚きはしたが、不思議と嫌悪感はない。

『淋しくないように』

―――ありがとう。

 気障で変なヤツだけど、貴方のおかげで何だか元気が出たかも。少しだけね。






ケーキを買おう

小さいツリーに、ロウソクに

そして、リボンのついたオモチャのボールも一緒に



今年のクリスマスは、去年よりも淋しくないね



街角で偶然出逢った、気障だけれど不思議と魅力的な一人の青年に

そして、我らが主

イエス・キリストに



Merry Christmas!
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