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第八話 未来の王国は安泰
しおりを挟む「いやはやベアフレート殿下はイシス様にぞっこんですねえ」
「……はあ」
目の前の椅子で足を組み、今しがた交わした契約書を手に掲げているのは、フリデヒト・ボルボン伯爵だ。
肌は日に焼けてやや色が濃く、金の髪はざっくばらんに後でまとめられている。愛嬌のあるローズクォーツのような瞳は王太子へも気安く笑みを深べていた。
先の偽聖女事件の時、イシスがその領地に身を寄せて事なきを得た。
「それがなにか」
「素晴らしい。こりゃ王家も安泰ですね」
「まあ、もちろん私は王太子ですが、弟もおりますしね」
まだ7歳の第二王子ジョージは、正真正銘血の繋がった弟だった。まだ幼いが、はつらつとしていて頭もいい、身内の贔屓目を抜いてもできた王子だった。
「しかし、貴方様にはイシス様がいらっしゃるではないですか」
にんまりと、もちろん言いたいことは分かっていると言いたげな、現当主は若く、たしか25歳だとか。
しかし、領主としては――あるいは政治屋としては、やり手だった。
「いちいち値踏みしてくるわ、伺ってくる気配がうざい。こっちの言いたいことは先回りして感づいて、自分のいいように引き出そうとするし」
とは、イシスの批評だけれど、ベアフレートはなんとなく彼はイシスと似ている気がしていた。
「イシス様のお力があれば、ベアフレート様も国王陛下のような立派な王になられるでしょう」
つまり、イシスの引き立て役だろうというのだ。
「ええ。私と父上は、よく似ておりますよ」
肩をすくめると、フリデヒトはきょとんとした。
「父上はよく仰っています、自分は判断力に優れているが、物事を見通す力はなく、臣下に頼りきりであると。だから宰相をはじめ有力な臣下がいないと安心できないそうで」
「……いやあ、一本取られました」
「イシスは望んで私の婚約者となってくれていますが、実のところ彼女がいないと私の力は雀の涙ですよ。未来のカヤマンディ王国は聖女イシスの力を見込んだ形ですね」
「わ、分かりました、負けです」
「ということで、私はいいですが、イシスにはあまりそういった態度はよろしくありませんよ」
「いえ王太子殿下へも十分気をつけますわ……」
ふう、と汗を拭うような仕草をするボルボン伯も、本気ではないだろうけれど。
彼の領地は、ずっと火の車だったそうだ。
これは王家が悪いとも言える。
万年財政難に陥っているボルボン伯領は、20年前、隣のソエヴェルト領が隣国オルティン公国と戦争になった時、少なからず被害を被った。
もちろん領土を侵されるわけにもいかず、カヤマン王家はソエヴェルトを支援し、長期化した戦争だったが、どうにか勝利を収めた。
ところが、主戦場だったソエヴェルト領の隣のボルボン領は復興のとき、補償も何も受けられなかったのだ。
様々な理由はあるが、王家が面倒を見きれなかった、ということだろう。
結局先代ボルボン伯が死去し、息子のフリデヒトが跡を継いでも、王家は見て見ぬふりだった。
けれど、チャンスが巡ってきた。
聖女イシスの受け入れである。
これは政治判断が大きい。
前々から政治の足を引っ張っていたゴイドン侯爵派を王宮から一掃し、代わりにピリティピア公爵派の足固めとして新たな貴族を有力化する――そんな計画が、偽聖女事件の裏で計画されていた。
イシスの実家であるカリターニア男爵家でも良かったのだが、現在子爵に叙爵される勢いの王太子派の中核で、目新しくはない。
そこでかねてよりくすぶっていた辺境に近いボルボン伯爵に白羽の矢が立った。
これは、王家の贖罪でもあった。
聖女を匿った功績は、かなり大きい。その由で後援についたピリティピア公爵の伯爵とその領地の評価も悪くはなかった。あとは伯爵の腕によるところがあるけれども、国王の覚えはめでたく、このよう次期国王のベアフレートとも渡り合える人物なら、今後も邁進することだろう。
「しかしベアフレート殿下が、イシス様と仲睦まじいのは、本当に喜ばしいことでしたよ。王宮に顔を出せるようになって一番の収穫です」
ソファの背もたれに体を預けたフリデヒトは、苦笑していた。
「イシス様のお顔を見ても、まったく王太子殿下の人物像が見えずに困っておりました。あれは、わざとでしょうかね」
「きっとそうだと思いますよ。試金石にかけられたのだと思ってください」
ベアフレートも失笑した。
聖女イシスの威光だけで、王宮で大手を振れると思うなよ、とそういったところか。
「聞けば、幼い頃に顔も合わさず婚約されたとか」
「ええ、そうですよ」
政略結婚というやつだ。
イシスが真の聖女だとわかったのはほんの数年前のことで、婚約したのはまだベアフレートが7歳、イシスが6歳の時だった。
イシスが聖属性の魔力を持っていると、判明したからだ。
伝説の真の聖女だと誰ももちろん気づいていなかったけれども、修練をするのだから聖女になる可能性は高く、それだけで国益になると判断した国王が王子の婚約を決めた。
形式とはいえカリターニア男爵へ打診はあったがほぼ強制、けれどイシスの父であるマルダンは、聖女となった娘が将来、教会の管理下に置かれて自分たちとのつながりすらなくなってしまうのではと憂慮していたため、なににせよ祖国に戻る強固な理由ができたため喜んでいた。
娘を溺愛していたのである。
「貴族なんてそんなものでしょう。私も幼いなりに理解して覚悟しておりましたが……イシスと出会って、奇跡はあるのだなと思いましたね」
10年近く経って、初めてイシスと顔を合わせたときの衝撃は忘れられない。修道院にいたために最低限の身繕いだけで装っていたわけではなかったけれど、強い意志が見える表情と涼やかな佇まいに、多少世間慣れしはじめたベアフレートにはとても魅力的に見えた。
まるで、夜のはじめに光る一番星のようなひとだった。
「なるほど、殿下の一目惚れですか」
「はい。イシスも私を結婚相手として見て悪くはなさそうでしたけれど」
イシスは嘘があまり得意じゃない。態度にあからさまに出るので、嫌われていないことだけはわかった。
それが、徐々に恋愛感情が見えるようになってくるのは、たまらなかった。
「ボルボン伯も、私のように素晴らしいパートナーと出会えるように祈っておりますよ」
藪から蛇だとようやく気づいたらしいフリデヒトは顔をひきつらせた。
彼はまだ結婚をしておらず、今この飛ぶ鳥を落とす勢いの彼には避けては通れない話であったのだ。
墓穴を掘る所もなんとなくイシスに似ている、となんとなく微笑ましい。
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