8 / 24
第八話 未来の王国は安泰
しおりを挟む「いやはやベアフレート殿下はイシス様にぞっこんですねえ」
「……はあ」
目の前の椅子で足を組み、今しがた交わした契約書を手に掲げているのは、フリデヒト・ボルボン伯爵だ。
肌は日に焼けてやや色が濃く、金の髪はざっくばらんに後でまとめられている。愛嬌のあるローズクォーツのような瞳は王太子へも気安く笑みを深べていた。
先の偽聖女事件の時、イシスがその領地に身を寄せて事なきを得た。
「それがなにか」
「素晴らしい。こりゃ王家も安泰ですね」
「まあ、もちろん私は王太子ですが、弟もおりますしね」
まだ7歳の第二王子ジョージは、正真正銘血の繋がった弟だった。まだ幼いが、はつらつとしていて頭もいい、身内の贔屓目を抜いてもできた王子だった。
「しかし、貴方様にはイシス様がいらっしゃるではないですか」
にんまりと、もちろん言いたいことは分かっていると言いたげな、現当主は若く、たしか25歳だとか。
しかし、領主としては――あるいは政治屋としては、やり手だった。
「いちいち値踏みしてくるわ、伺ってくる気配がうざい。こっちの言いたいことは先回りして感づいて、自分のいいように引き出そうとするし」
とは、イシスの批評だけれど、ベアフレートはなんとなく彼はイシスと似ている気がしていた。
「イシス様のお力があれば、ベアフレート様も国王陛下のような立派な王になられるでしょう」
つまり、イシスの引き立て役だろうというのだ。
「ええ。私と父上は、よく似ておりますよ」
肩をすくめると、フリデヒトはきょとんとした。
「父上はよく仰っています、自分は判断力に優れているが、物事を見通す力はなく、臣下に頼りきりであると。だから宰相をはじめ有力な臣下がいないと安心できないそうで」
「……いやあ、一本取られました」
「イシスは望んで私の婚約者となってくれていますが、実のところ彼女がいないと私の力は雀の涙ですよ。未来のカヤマンディ王国は聖女イシスの力を見込んだ形ですね」
「わ、分かりました、負けです」
「ということで、私はいいですが、イシスにはあまりそういった態度はよろしくありませんよ」
「いえ王太子殿下へも十分気をつけますわ……」
ふう、と汗を拭うような仕草をするボルボン伯も、本気ではないだろうけれど。
彼の領地は、ずっと火の車だったそうだ。
これは王家が悪いとも言える。
万年財政難に陥っているボルボン伯領は、20年前、隣のソエヴェルト領が隣国オルティン公国と戦争になった時、少なからず被害を被った。
もちろん領土を侵されるわけにもいかず、カヤマン王家はソエヴェルトを支援し、長期化した戦争だったが、どうにか勝利を収めた。
ところが、主戦場だったソエヴェルト領の隣のボルボン領は復興のとき、補償も何も受けられなかったのだ。
様々な理由はあるが、王家が面倒を見きれなかった、ということだろう。
結局先代ボルボン伯が死去し、息子のフリデヒトが跡を継いでも、王家は見て見ぬふりだった。
けれど、チャンスが巡ってきた。
聖女イシスの受け入れである。
これは政治判断が大きい。
前々から政治の足を引っ張っていたゴイドン侯爵派を王宮から一掃し、代わりにピリティピア公爵派の足固めとして新たな貴族を有力化する――そんな計画が、偽聖女事件の裏で計画されていた。
イシスの実家であるカリターニア男爵家でも良かったのだが、現在子爵に叙爵される勢いの王太子派の中核で、目新しくはない。
そこでかねてよりくすぶっていた辺境に近いボルボン伯爵に白羽の矢が立った。
これは、王家の贖罪でもあった。
聖女を匿った功績は、かなり大きい。その由で後援についたピリティピア公爵の伯爵とその領地の評価も悪くはなかった。あとは伯爵の腕によるところがあるけれども、国王の覚えはめでたく、このよう次期国王のベアフレートとも渡り合える人物なら、今後も邁進することだろう。
「しかしベアフレート殿下が、イシス様と仲睦まじいのは、本当に喜ばしいことでしたよ。王宮に顔を出せるようになって一番の収穫です」
ソファの背もたれに体を預けたフリデヒトは、苦笑していた。
「イシス様のお顔を見ても、まったく王太子殿下の人物像が見えずに困っておりました。あれは、わざとでしょうかね」
「きっとそうだと思いますよ。試金石にかけられたのだと思ってください」
ベアフレートも失笑した。
聖女イシスの威光だけで、王宮で大手を振れると思うなよ、とそういったところか。
「聞けば、幼い頃に顔も合わさず婚約されたとか」
「ええ、そうですよ」
政略結婚というやつだ。
イシスが真の聖女だとわかったのはほんの数年前のことで、婚約したのはまだベアフレートが7歳、イシスが6歳の時だった。
イシスが聖属性の魔力を持っていると、判明したからだ。
伝説の真の聖女だと誰ももちろん気づいていなかったけれども、修練をするのだから聖女になる可能性は高く、それだけで国益になると判断した国王が王子の婚約を決めた。
形式とはいえカリターニア男爵へ打診はあったがほぼ強制、けれどイシスの父であるマルダンは、聖女となった娘が将来、教会の管理下に置かれて自分たちとのつながりすらなくなってしまうのではと憂慮していたため、なににせよ祖国に戻る強固な理由ができたため喜んでいた。
娘を溺愛していたのである。
「貴族なんてそんなものでしょう。私も幼いなりに理解して覚悟しておりましたが……イシスと出会って、奇跡はあるのだなと思いましたね」
10年近く経って、初めてイシスと顔を合わせたときの衝撃は忘れられない。修道院にいたために最低限の身繕いだけで装っていたわけではなかったけれど、強い意志が見える表情と涼やかな佇まいに、多少世間慣れしはじめたベアフレートにはとても魅力的に見えた。
まるで、夜のはじめに光る一番星のようなひとだった。
「なるほど、殿下の一目惚れですか」
「はい。イシスも私を結婚相手として見て悪くはなさそうでしたけれど」
イシスは嘘があまり得意じゃない。態度にあからさまに出るので、嫌われていないことだけはわかった。
それが、徐々に恋愛感情が見えるようになってくるのは、たまらなかった。
「ボルボン伯も、私のように素晴らしいパートナーと出会えるように祈っておりますよ」
藪から蛇だとようやく気づいたらしいフリデヒトは顔をひきつらせた。
彼はまだ結婚をしておらず、今この飛ぶ鳥を落とす勢いの彼には避けては通れない話であったのだ。
墓穴を掘る所もなんとなくイシスに似ている、となんとなく微笑ましい。
0
あなたにおすすめの小説
美化係の聖女様
しずもり
ファンタジー
毒親の仕打ち、親友と恋人の裏切り、人生最悪のどん底でやけ酒を煽り何を思ったのか深夜に突然掃除を始めたら床がドンドンって大きく鳴った。
ゴメン、五月蝿かった?
掃除は止めにしよう、そう思った瞬間、床に現れた円のようなものが光りだした。
気づいたらゴミと掃除道具と一緒に何故か森の中。
地面には気を失う前に見た円が直径3メートルぐらいの大きさで光ってる。
何コレ、どうすればいい?
一方、魔王復活の兆しに聖女を召喚した王城では召喚された筈の聖女の姿が見当たらない。
召喚した手応えはあったものの目の前の床に描かれた魔法陣には誰も居ない。
もしかして召喚先を間違えた?
魔力の残滓で聖女が召喚された場所に辿り着いてみれば聖女はおらず。
それでも魔王復活は待ってはくれない。
それならば聖女を探しながら魔王討伐の旅へ見切り発車で旅する第二王子一行。
「もしかしたら聖女様はいきなり召喚された事にお怒りなのかも知れない、、、、。」
「いや、もしかしたら健気な聖女様は我らの足手まといにならぬ様に一人で浄化の旅をしているのかも知れません。」
「己の使命を理解し果敢に試練に立ち向かう聖女様を早く見つけださねばなりません。」
「もしかして聖女様、自分が聖女って気づいて無いんじゃない?」
「「「・・・・・・・・。」」」
何だかよく分からない状況下で主人公が聖女の自覚が無いまま『異世界に来てしまった理由』を探してフラリと旅をする。
ここ、結構汚れていません?ちょっと掃除しますから待ってて下さいね。掃除好きの聖女は無自覚浄化の旅になっている事にいつ気付くのか?
そして聖女を追って旅する第二王子一行と果たして出会う事はあるのか!?
魔王はどこに?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
不定期更新になります。
主人公は自分が聖女だとは気づいていません。
恋愛要素薄めです。
なんちゃって異世界の独自設定になります。
誤字脱字は見つけ次第修正する予定です。
R指定は無しの予定です。
【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!
胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。
主に5大国家から成り立つ大陸である。
この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。
この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。
かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。
※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!)
※1話当たり、1200~2000文字前後です。
底無しポーターは端倪すべからざる
さいわ りゅう
ファンタジー
運び屋(ポーター)のルカ・ブライオンは、冒険者パーティーを追放された。ーーが、正直痛くも痒くもなかった。何故なら仕方なく同行していただけだから。
ルカの魔法適正は、運び屋(ポーター)に適した収納系魔法のみ。
攻撃系魔法の適正は皆無だけれど、なんなら独りで魔窟(ダンジョン)にだって潜れる、ちょっと底無しで少し底知れない運び屋(ポーター)。
そんなルカの日常と、ときどき魔窟(ダンジョン)と周囲の人達のお話。
※タグの「恋愛要素あり」は年の差恋愛です。
※ごくまれに残酷描写を含みます。
※【小説家になろう】様にも掲載しています。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
華都のローズマリー
みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。
新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
平民に転落した元令嬢、拾ってくれた騎士がまさかの王族でした
タマ マコト
ファンタジー
没落した公爵令嬢アメリアは、婚約者の裏切りによって家も名も失い、雨の夜に倒れたところを一人の騎士カイルに救われる。
身分を隠し「ミリア」と名乗る彼女は、静かな村で小さな幸せを見つけ、少しずつ心を取り戻していく。
だが、優しくも謎めいたカイルには、王族にしか持ちえない気品と秘密があり――
それが、二人の運命を大きく動かす始まりとなるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる