祈ればいいってもんじゃない!

鹿音二号

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第十九話 ベアフレートは祈れない

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見舞いに来てくれたというドワーフの族長が、ソファーでくつろぐイシスを見るなりその太い眉をつり上げた。
何か言われる前に、イシスは声を上げる。

「これは息抜きです!何もせずに一日ぼうっとしている苦痛をおわかりですか!?」
「……ぐ、分かった分かった」

降参だというように首を振り振り、ベニシテは向かいのソファーにどっかと座る。じろりとイシスの手にあるものを見て、諦めたように息をつく。

「儂にとってはなぜそれが息抜きになるのか分からんがな」
「師は休憩中に剣を眺めたりしないのですか?」
「なるほどな」

イシスは両手で本を閉じ、膝の上に置く。
まったく、言いがかりもいい加減にしてほしい。
見舞客で、読書など言語道断と言いたげだったのは、これで3人目だ。

(本を取り上げられたら腐ってしまうわ)

ただでさえ日々のお勤め、本来の聖女の役割である祈りもさせてもらえないのだ、これで何もせずにじっとしていろと言われたほうが体に悪い。

疲労をためているとバレて、強制休暇となったイシスは、これでもう5日も王城の部屋から離れられない。
疲れはもうない。丸一日寝てしまって、さらに教会から派遣されてきた聖女に回復を祈られ、ここ数年で一番調子が良くなった。
気だるさと胃の痛みが消えると、代わりに、後悔が襲ってきた。

(……アフィに怒られるはずだわ)

次第に蓄積する疲れに判断力も鈍っていたらしい。
怒られながら説明はしたが、事実ではある。倒れるにはまだ余裕があったし、そこまでほうけているわけでもない。スケジュールも無理には組んでいない。
ただ、血を吐いたあと中一日休むという手もあった。そちらのほうが疲労感も格段に減り、安全だったはずだ。
少しギリギリ、それがイシスの自分の限界を測った評価で、まだ休むには至らないと思った理由だ。

教会の修行のほうがつらかったし、状況なら数年前の魔物討伐中に取り残されたときのほうが危険だった。
ただ、こうやってイシスの行動に難があったら、周りが止めに来る。どうやら、イシスの大丈夫は彼らには大丈夫に見えないらしい。
だから、その問題に触れられる前に対処する。今回は少し遅れてしまっただけだ。
そのツケが、この20日間の休養だった。

ベニシテはメイドが出したお茶におっかなびっくり手を付け、それからイシスを再び眺めた。

「思ったより元気そうだな」
「ええ、ですから休養は本来必要ないのですよ」

大げさだった。
国の聖女だから、大事があっては困るだろうし、心配もしてくれるのはありがたいけれど。

「それは頷けんな。今回の仕事以外もいつも忙しいらしいじゃあねえか、ゆっくり休め」
「……いきなり何もするなと言われるのも落ち着かないのです」

聖女の修行のため修道院に入ってから、毎日朝から晩まで祈り、鍛錬し、そしてまた祈っていた。
それをまるまる取り上げられると、どうすればいいのかわからなくなる。
身の置き場がないような気がするし、申し訳なくなってくる。聖女が怠けていては、民に顔向けできない。不安にすらなってくる。

唯一、読書だけは頼み込んで許された。この機会に、勇者と魔王の伝説から総ざらいしてみようと、王宮図書館から毎日運んできてもらっている。
……あとは、数日様子を見て、基本的な祈りと国政の簡単な事案だけは取り戻そうと考えている。
ベニシテはなんだかかわいそうなものを見る目だった。

「こんな若えのに、お前さん仕事中毒だったか」
「しごとちゅうどく?……仕事中毒、なるほど、そうかも知れません」

言えて妙だ。
けれど、少し違う。

「私は、聖女ですから。人々のために祈らなければその存在意義は失われます」
「おいおい、そんな深刻なことか?」
「ええ」

さらに言えば、イシスは『真の聖女』だ。聖女でなければいけない。祈らなければ、聖女ではない。

「ですから、本当なら休んでいる暇はないのです。目の前に……魔王復活という大災厄が迫っているこの時に」

間違って『勇者』ではないものを召喚してしまった、その負い目もある。
名誉挽回というわけでない。ただ、できることを必死にしなければならないというのにこの体たらく。
思い詰めたイシスに、ベニシテは呆れたような顔をした。

「あんまり気負うな。お前さん一人があくせくしたって、うまく行かねえことも山ほどあらあ、全部自分の責任だと思ってるんじゃねえだろうな」
「そんな、ことは……ただ、役割は大きいと……」
「それがいけねえんじゃねえかと、儂は思うね。やっぱ休暇は必要らしいな」
「どういうことですか?」
「さあな、お前さんに心底惚れてるあの王子にでも聞きゃあいい」
「……師の助言ですから、そうしてみます」

このドワーフの族長は、ものすごいお人だった。
おそらく全世界で鍛冶師の頂点に立つ、唯一無二の職人。
振るう鎚の一つ一つに魂がこもっている。あれは、ほとんど『祈り』と同等だった。
けれど、魔法でもなんでもない。ドワーフは種族的に魔力を持たない。純粋な技術、精神力であれほどのエネルギーを感じさせるとは。
自分たち聖女が求める本質的なものを、ベニシテ師は長年の研鑽で体得している。
自分の祝福はいらないのでは?と思うほどの、見事な技だった。
鍛冶もだが、もうひとつ、ミスリルの祝福精錬も似た技術なのだろう。こちらは最奥義らしく非公開だったが、出来上がってきたミスリルは、一般に見るものとは比べ物にならないほど強く美しいものだった。
これが奇跡というものだったのだと、感動した。
一方で、自分は、もとから備わっていた能力に驕って、すこし無理をしただけでこの体たらく。
鍛えなおさなければ。



「もう無茶なことはしないでほしい」

ベアフレートは祈るように言ったが、イシスの表情はおそらく理解をしていないようだとすぐに分かるようなもの。

「ええ。分かっているわ。ごめんなさい、あなたの立場を考えていなかった」
「……私が王太子じゃなかったら、君を救えたかな」
「え?」
「早く国王になっていたら。いやそれでも弱い。イズル様のような、いや、真の勇者だったら」

魔王などさっさと倒しに旅立って、イシスをこんな疲弊させることはしなかった。
体調は良くなったらしいが、やつれているのははっきりわかる。どうして、一ヶ月も気づかなかったのだろう。

「君が、心配なんだ」
「そんなに気にしなくてもいいのよ、アフィ」
「そうじゃない」
「アフィ……泣いているの?」

ベアフレートの頬に、ためらいがちに触れるイシスの手。ひんやりしたそれに拭われて、ようやく自分が涙を落としていることに気づく。
情けない。どうしてこんなに自分は弱いのだろう。
イシスは自分の役割を忠実にこなし、世界を救おうとしている。
ベアフレートは、その彼女に苦しい思いをさせたくない。けれども、彼女に犠牲になるなと押し留められないのだ。
自分には、できることが絶望的に少ない。
思い知って、あまりにも悔しくて。

「ごめんなさい、泣かないで、アフィ」

イシスの声は、悲しいくらい優しかった。

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