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2ヶ月経って、グレオルはカディラルに戻ってきた。
「お疲れ様です、殿下」
あらかじめ聞いていた仕事場の離宮に、王太子は直行してきたらしい。レイリーやデイル、ベイディにダーニャ……ほとんどの人間がエントランスに並んで彼を出迎えた。
妙に疲れた面持ちで、王太子は開口一番、
「デイルの作った料理が食べたい」
「………私の報告がものすごく効果があったようですね。発破のつもりではありましたが」
レイリーは半笑いという珍しい顔になって、その横でデイルは口を開けた。
「まずは服を整えて……」
「食べたいんだ」
「……いちおうの国賓扱いです、国王にご挨拶くらいは……」
「……」
目が充血して潤んでいる気がする、王太子。
周囲からの視線がすごい。
デイルはいたたまれなくなった。
「えっと……あの、よく分かりませんが、残り物でよければ、」
「あるのか、食べてもいいのか」
「……レイリー様」
「効きすぎたようです。仕方ありません」
いつもの硬い表情に戻ったレイリーは、首を振った。
たまたまさっきの昼食が残っていて、ほとんどデイルが味を見たものだから作ったものといえるだろう、と前置きをする。
いったい、グレオルは何が目的でデイルが作ったものと指定したのか。
(まさか、疑われてる?)
いや、それならむしろ捨てろ、厨房に入るなと言われるはず。
「……単純に食べたいからでしょ」
「え?」
「なんでもなーい」
ダーニャは皿を出しながらそっぽを向く。
彼女はデイルの兄妹同然で育った大切な片割れだ。しばらく見ないうちに美人になり、つややかに切りそろえた黒髪と、意志の強そうな緑青の瞳が目を引く。黒髪は珍しいというのもあるが、彼女はひいき目なしに愛らしく美しい。
厨房に残っていた肉を焼いたものと野菜を盛り付け、麦のふすまが混じったパンを薄め切って添える。スープの鍋底をさらいかろうじて一杯になった。
足りなさそうだったので、卵を焼き……
「改めて思うけど、王子様に出す食事じゃないよね」
どこかの街の食堂の軽食だろう。味はどうやら貴族の方々にも悪くはないらしいので、良かったけれど。
ダーニャが軽く手を振った。
「トリカブトでも入れてスペシャルにする?」
「すごいね、真顔で言うんだ」
誰もいなくて良かった。
トレーに乗せて、殿下の待つ食堂へ。
衣服を旅装から変えて、シャツとボトムスに簡単なガウンを羽織っただけの王太子は、やはり疲れていたらしい。見た目が良すぎるので、豪奢な邸宅にくつろぐ主人にも見える。
「おまたせしました」
「おお!」
ぱっと顔を輝かせるグレオルはすでにデイルの持っているトレーに目が釘付けだ。
そんなに期待されることはなにひとつないのだが。
「本当に、簡単なものになり、申し訳ないんですが……」
「いいんだ、俺はデイルの作ったものが食べたい。……おいしそうだな」
「もしお嫌でなければ、肉と野菜をパンに乗せてみてください」
「うん?ああなるほどな。……うまい。うまいな」
素直にパンに乗せて、手づかみで食べるグレオルは、目を閉じて噛み締めている。
そんなとんでもない美食のような顔にならないでほしい。あと、目尻に光るものがあるのは気のせいだろうか。
「食べ方、ご存じだったんですね」
「……まあ、少し前まで何度か下町に足を運んでいてな」
「ええと城下町ですか。庶民の食べ物もご存じだったんですか?」
「多少はな。むしろ陛下にも、一度や二度は自分の住む国のすべてを見に行けと言われている。たしかに、自分が将来治める国がどんなものか知らんのもおかしい話だ」
グレオルはおかしそうに笑う。
「それに、俺は戦場に三度行っている。今回ので三度だ」
「あ」
デイルは戦闘する軍には随行しなかったが、遅れて続いた遠征軍にいて兵糧は食べた。
硬いパンと、チーズや干し肉、あとは腹持ちがするというだけのもそりとした正体不明の固形物、といった感じだった。
それにくらべたら、確かにここで用意する料理はちゃんとした食事である。
「引き合いに出したものが悪かったな。比べるまでもない、本当に美味いから、心配するな」
「ありがとうございます」
素直に喜んでおこう。
グレオルはまた一口かぶりつき、咀嚼し嚥下してから、
「お前が料理ができるとは知らなかったな。というか、我々がそういった家政に携わらないのもあるが」
「まあ、色々できるように仕込まれましたからね」
「……そうか」
気まずそうな顔をする王太子に、しれっとダーニャは言った。
「これくらいは朝飯前ですよ、殿下。生活してれば必要なことですし」
……トリカブトがどうのとか言っていた同じ口なのだが。
ほっと、グレオルが頬を緩めた。
「ああ、そうだな」
その後、スープのトマトに驚かれた。どうやらあまりドリザンドでなじみのない野菜だったらしい。今回は用意しなかったがジャガイモが主食になることもあると説明したりと、他愛のない話をしたが、グレオルは始終楽しそうにしていた。
食事が終わった頃に、レイリーがやってきた。
「国王様には到着のご報告と、疲れているから挨拶は明日とお伝えしました」
「良かったのか?」
「効率です。このまま打ち合わせしたほうが都合がいいので」
「……なるほどな」
乾いた笑いになった王太子だが、さすがに否とは言えないようだ。
「では、まずは報告を聞こうか」
グレオルがドリザンドに戻ったあと、レイリーたちは安全のために離宮に引っ込んだ。
その後ちょっかいはほとんどなくなったが、その分犯人の追跡は困難になる。
「そちらよりも、城の体制がだいぶマシになりました。財務、内務、騎士団の重職はほぼ埋まり、残るは外務と、侍従の整理と編成です。質が悪すぎて根本的に見直さなければなりません」
「……よくやったな、さすがレイリー」
手渡された書類に目を通しながら、グレオルは驚きの声を上げた。
「……こんなやりがいのある仕事はありませんね、ええ」
レイリーの声が低い。目がうつろだ。正直、デイルも同じ顔をしている自信がある。
本当に、大変だった。
ただならぬものを感じたのか、グレオルは黙り込んだ。
「……建国祭の準備が遅れています。そもそも人手は足りていませんし……反発も起きているので」
「何故だ?ああ、ドリザンドが主導になっているからか」
「ええ。内務がまわり始めたので宰相閣下にある程度は投げましたが、ほとんど予算はドリザンドの援助からなので」
「……そこは、俺が一度話すべきか」
「お願いします。さすがに私ではどうにもならないことでした」
「明日各部門に顔を出す。ああ、あと、やはり国王陛下は不参加だ」
「……かしこまりました」
ふう、とレイリーはため息をついた。
「陛下の不参加で、少しは安心できます」
「ん?何かあったか?」
「何かあるかも知れないでしょう」
レイリーは片手を額に当てた。
「さっき進展はないといましたが、4日前にひとつ不確かですが情報が」
「なんだ?」
「元間諜がこの件に関わっていそうです」
「……調査官以外のか」
「はい」
デイルに黒い瞳が向いたので、姿勢を正す。
「30名が監査部門にそのまま移籍しましたが、6名は正式に辞退、18名を行方不明としています。そのうち11名は後の調査で所在が分かっています。残る7名はまったく行方知れずで……そのうちのひとりが、最近城で目撃情報が」
「つまり、それが犯人か実行犯ってことか?」
「可能性が高いかと」
「騎士団の宿舎での小火騒ぎを綿密に調査した結果、その元間諜が現場近くにいたらしいと」
ダーニャがそう答えた。
「その後の聞き込みによると、少なくとも3回は人目に触れています」
レイリーがグレオルに人相書きを渡す。
「……末端の使用人まですべて面通ししましたが、この男は新たに城に仕えてはいませんでした。なのに城をうろつくとなると……それにどうやら、この男は旧派の貴族にコネがあるらしいと」
「はい」
デイルは頷いた。
「組織に関わっていた貴族は3人ですが、その派閥というのも実は間諜の間で少なからずあったんです。まあ、ほとんど所属しているって見せかけだったりしたので……あ、行方不明で処理したのは、そういう派閥で固まっていた人たちが多いです」
「……そのやつらは大丈夫なのか?」
「今のところ問題はないようです」
見張りをつけていたが、おかしな動きをしているものはいなかった。
「目撃された人は、けっこう貴族に傾倒する人でした」
「その貴族は粛清対象だったものの、爵位の降格と王宮からの追放、一部領地の没収で留まっています。今は領地にいるらしいですが……今のところ調査ではここまで分かっています」
デイルとレイリーの言葉に、王太子は了解したと頷く。
「ふむ……元間諜はその貴族に雇われて、あるいは協力して俺を狙っている、と」
「まだ確証はないですが」
「細かい事件とかを見ると、ほかにも協力者はいると思うんですが、なかなか見つかりません……」
本来の目的のカディラルのテコ入れを優先しているので、捜査があまり進んでいない。
カディラルの者を信用できないという問題もある。ドリザンドの者を狙う犯人の捜査を、現地の、しかも国の真ん中でどこまで真剣にやってくれるのか。だから人手も手段も足りない。
「話を戻しますと、今のところ狙いは王太子、ひいてはカディラルにいるドリザンドの一団ですが、もし国王陛下がいらした場合、陛下にも何かがないとも言いきれません」
「……これらは、脅しですよね、カディラルから出ていけという……もし国王陛下がお怒りになったら、今のこの国くらい……」
ベイディが首をひねっている。
たしかに、毒が死には及ばないものが用意されていることからも、ともかく邪魔者を去らせたいという目的は想像できる。
けれど、ドリザンドの国王に手出ししようものなら、洒落では済まなくなる。
「普通ならそう考え、手は出さないでしょうが」
「まあともかく、父上は俺に任せて、今のところカディラルには来ない。だから何も起こりようがない」
「警備は見直さなくて済みそうです」
グレオルは苦笑した。
「俺には何かがないわけではなさそうなのだな、どちらにしろ」
「ええ、十分注意してください。陛下はもとより、御身も大事ですよ」
レイリーはさらりと言いながら、書類を見ている。それをグレオルは驚きの顔で振り返った。
「……お前からそんな言葉が聞けるとは」
「まるで私が血も涙もないように言わないでください」
むっとレイリーは顔を上げた。
「それに貴方様に何かあれば今までの苦労が水の泡です」
「そっちが本音だな?」
「心外です」
眉根を寄せながらも、レイリーは書類を何枚か抜きながらテーブルに並べる。
「ともかく、犯人が見つからないのはよろしくありません。建国祭までに確保できればいいのですが、現実は……」
「期待はできないということだな。仕方がない」
グレオルは小さくため息をつく。
自分が狙われているのに、落ち着いたものだった。
「いったんこの件は置いておかないか?今は建国祭に向けて全力を注ぐべきじゃないか」
「いえ、捜査自体がけん制になるので、しないということは悪手です」
レイリーは手を組んで、肘をテーブルの上に置く。あまり、愉快そうな顔ではなかった。
「ですが……現状どちらもおろそかになってしまいかねないのはたしか。捜査は続行しますが、建国祭へ比重を置くというのは必要かもしれません」
「なら、決まりだな」
「ですが、本当にお気をつけください」
いつもよりも険しい顔で、レイリーは王太子を見つめた。
「犯人は野放しだということをお忘れなく」
「お疲れ様です、殿下」
あらかじめ聞いていた仕事場の離宮に、王太子は直行してきたらしい。レイリーやデイル、ベイディにダーニャ……ほとんどの人間がエントランスに並んで彼を出迎えた。
妙に疲れた面持ちで、王太子は開口一番、
「デイルの作った料理が食べたい」
「………私の報告がものすごく効果があったようですね。発破のつもりではありましたが」
レイリーは半笑いという珍しい顔になって、その横でデイルは口を開けた。
「まずは服を整えて……」
「食べたいんだ」
「……いちおうの国賓扱いです、国王にご挨拶くらいは……」
「……」
目が充血して潤んでいる気がする、王太子。
周囲からの視線がすごい。
デイルはいたたまれなくなった。
「えっと……あの、よく分かりませんが、残り物でよければ、」
「あるのか、食べてもいいのか」
「……レイリー様」
「効きすぎたようです。仕方ありません」
いつもの硬い表情に戻ったレイリーは、首を振った。
たまたまさっきの昼食が残っていて、ほとんどデイルが味を見たものだから作ったものといえるだろう、と前置きをする。
いったい、グレオルは何が目的でデイルが作ったものと指定したのか。
(まさか、疑われてる?)
いや、それならむしろ捨てろ、厨房に入るなと言われるはず。
「……単純に食べたいからでしょ」
「え?」
「なんでもなーい」
ダーニャは皿を出しながらそっぽを向く。
彼女はデイルの兄妹同然で育った大切な片割れだ。しばらく見ないうちに美人になり、つややかに切りそろえた黒髪と、意志の強そうな緑青の瞳が目を引く。黒髪は珍しいというのもあるが、彼女はひいき目なしに愛らしく美しい。
厨房に残っていた肉を焼いたものと野菜を盛り付け、麦のふすまが混じったパンを薄め切って添える。スープの鍋底をさらいかろうじて一杯になった。
足りなさそうだったので、卵を焼き……
「改めて思うけど、王子様に出す食事じゃないよね」
どこかの街の食堂の軽食だろう。味はどうやら貴族の方々にも悪くはないらしいので、良かったけれど。
ダーニャが軽く手を振った。
「トリカブトでも入れてスペシャルにする?」
「すごいね、真顔で言うんだ」
誰もいなくて良かった。
トレーに乗せて、殿下の待つ食堂へ。
衣服を旅装から変えて、シャツとボトムスに簡単なガウンを羽織っただけの王太子は、やはり疲れていたらしい。見た目が良すぎるので、豪奢な邸宅にくつろぐ主人にも見える。
「おまたせしました」
「おお!」
ぱっと顔を輝かせるグレオルはすでにデイルの持っているトレーに目が釘付けだ。
そんなに期待されることはなにひとつないのだが。
「本当に、簡単なものになり、申し訳ないんですが……」
「いいんだ、俺はデイルの作ったものが食べたい。……おいしそうだな」
「もしお嫌でなければ、肉と野菜をパンに乗せてみてください」
「うん?ああなるほどな。……うまい。うまいな」
素直にパンに乗せて、手づかみで食べるグレオルは、目を閉じて噛み締めている。
そんなとんでもない美食のような顔にならないでほしい。あと、目尻に光るものがあるのは気のせいだろうか。
「食べ方、ご存じだったんですね」
「……まあ、少し前まで何度か下町に足を運んでいてな」
「ええと城下町ですか。庶民の食べ物もご存じだったんですか?」
「多少はな。むしろ陛下にも、一度や二度は自分の住む国のすべてを見に行けと言われている。たしかに、自分が将来治める国がどんなものか知らんのもおかしい話だ」
グレオルはおかしそうに笑う。
「それに、俺は戦場に三度行っている。今回ので三度だ」
「あ」
デイルは戦闘する軍には随行しなかったが、遅れて続いた遠征軍にいて兵糧は食べた。
硬いパンと、チーズや干し肉、あとは腹持ちがするというだけのもそりとした正体不明の固形物、といった感じだった。
それにくらべたら、確かにここで用意する料理はちゃんとした食事である。
「引き合いに出したものが悪かったな。比べるまでもない、本当に美味いから、心配するな」
「ありがとうございます」
素直に喜んでおこう。
グレオルはまた一口かぶりつき、咀嚼し嚥下してから、
「お前が料理ができるとは知らなかったな。というか、我々がそういった家政に携わらないのもあるが」
「まあ、色々できるように仕込まれましたからね」
「……そうか」
気まずそうな顔をする王太子に、しれっとダーニャは言った。
「これくらいは朝飯前ですよ、殿下。生活してれば必要なことですし」
……トリカブトがどうのとか言っていた同じ口なのだが。
ほっと、グレオルが頬を緩めた。
「ああ、そうだな」
その後、スープのトマトに驚かれた。どうやらあまりドリザンドでなじみのない野菜だったらしい。今回は用意しなかったがジャガイモが主食になることもあると説明したりと、他愛のない話をしたが、グレオルは始終楽しそうにしていた。
食事が終わった頃に、レイリーがやってきた。
「国王様には到着のご報告と、疲れているから挨拶は明日とお伝えしました」
「良かったのか?」
「効率です。このまま打ち合わせしたほうが都合がいいので」
「……なるほどな」
乾いた笑いになった王太子だが、さすがに否とは言えないようだ。
「では、まずは報告を聞こうか」
グレオルがドリザンドに戻ったあと、レイリーたちは安全のために離宮に引っ込んだ。
その後ちょっかいはほとんどなくなったが、その分犯人の追跡は困難になる。
「そちらよりも、城の体制がだいぶマシになりました。財務、内務、騎士団の重職はほぼ埋まり、残るは外務と、侍従の整理と編成です。質が悪すぎて根本的に見直さなければなりません」
「……よくやったな、さすがレイリー」
手渡された書類に目を通しながら、グレオルは驚きの声を上げた。
「……こんなやりがいのある仕事はありませんね、ええ」
レイリーの声が低い。目がうつろだ。正直、デイルも同じ顔をしている自信がある。
本当に、大変だった。
ただならぬものを感じたのか、グレオルは黙り込んだ。
「……建国祭の準備が遅れています。そもそも人手は足りていませんし……反発も起きているので」
「何故だ?ああ、ドリザンドが主導になっているからか」
「ええ。内務がまわり始めたので宰相閣下にある程度は投げましたが、ほとんど予算はドリザンドの援助からなので」
「……そこは、俺が一度話すべきか」
「お願いします。さすがに私ではどうにもならないことでした」
「明日各部門に顔を出す。ああ、あと、やはり国王陛下は不参加だ」
「……かしこまりました」
ふう、とレイリーはため息をついた。
「陛下の不参加で、少しは安心できます」
「ん?何かあったか?」
「何かあるかも知れないでしょう」
レイリーは片手を額に当てた。
「さっき進展はないといましたが、4日前にひとつ不確かですが情報が」
「なんだ?」
「元間諜がこの件に関わっていそうです」
「……調査官以外のか」
「はい」
デイルに黒い瞳が向いたので、姿勢を正す。
「30名が監査部門にそのまま移籍しましたが、6名は正式に辞退、18名を行方不明としています。そのうち11名は後の調査で所在が分かっています。残る7名はまったく行方知れずで……そのうちのひとりが、最近城で目撃情報が」
「つまり、それが犯人か実行犯ってことか?」
「可能性が高いかと」
「騎士団の宿舎での小火騒ぎを綿密に調査した結果、その元間諜が現場近くにいたらしいと」
ダーニャがそう答えた。
「その後の聞き込みによると、少なくとも3回は人目に触れています」
レイリーがグレオルに人相書きを渡す。
「……末端の使用人まですべて面通ししましたが、この男は新たに城に仕えてはいませんでした。なのに城をうろつくとなると……それにどうやら、この男は旧派の貴族にコネがあるらしいと」
「はい」
デイルは頷いた。
「組織に関わっていた貴族は3人ですが、その派閥というのも実は間諜の間で少なからずあったんです。まあ、ほとんど所属しているって見せかけだったりしたので……あ、行方不明で処理したのは、そういう派閥で固まっていた人たちが多いです」
「……そのやつらは大丈夫なのか?」
「今のところ問題はないようです」
見張りをつけていたが、おかしな動きをしているものはいなかった。
「目撃された人は、けっこう貴族に傾倒する人でした」
「その貴族は粛清対象だったものの、爵位の降格と王宮からの追放、一部領地の没収で留まっています。今は領地にいるらしいですが……今のところ調査ではここまで分かっています」
デイルとレイリーの言葉に、王太子は了解したと頷く。
「ふむ……元間諜はその貴族に雇われて、あるいは協力して俺を狙っている、と」
「まだ確証はないですが」
「細かい事件とかを見ると、ほかにも協力者はいると思うんですが、なかなか見つかりません……」
本来の目的のカディラルのテコ入れを優先しているので、捜査があまり進んでいない。
カディラルの者を信用できないという問題もある。ドリザンドの者を狙う犯人の捜査を、現地の、しかも国の真ん中でどこまで真剣にやってくれるのか。だから人手も手段も足りない。
「話を戻しますと、今のところ狙いは王太子、ひいてはカディラルにいるドリザンドの一団ですが、もし国王陛下がいらした場合、陛下にも何かがないとも言いきれません」
「……これらは、脅しですよね、カディラルから出ていけという……もし国王陛下がお怒りになったら、今のこの国くらい……」
ベイディが首をひねっている。
たしかに、毒が死には及ばないものが用意されていることからも、ともかく邪魔者を去らせたいという目的は想像できる。
けれど、ドリザンドの国王に手出ししようものなら、洒落では済まなくなる。
「普通ならそう考え、手は出さないでしょうが」
「まあともかく、父上は俺に任せて、今のところカディラルには来ない。だから何も起こりようがない」
「警備は見直さなくて済みそうです」
グレオルは苦笑した。
「俺には何かがないわけではなさそうなのだな、どちらにしろ」
「ええ、十分注意してください。陛下はもとより、御身も大事ですよ」
レイリーはさらりと言いながら、書類を見ている。それをグレオルは驚きの顔で振り返った。
「……お前からそんな言葉が聞けるとは」
「まるで私が血も涙もないように言わないでください」
むっとレイリーは顔を上げた。
「それに貴方様に何かあれば今までの苦労が水の泡です」
「そっちが本音だな?」
「心外です」
眉根を寄せながらも、レイリーは書類を何枚か抜きながらテーブルに並べる。
「ともかく、犯人が見つからないのはよろしくありません。建国祭までに確保できればいいのですが、現実は……」
「期待はできないということだな。仕方がない」
グレオルは小さくため息をつく。
自分が狙われているのに、落ち着いたものだった。
「いったんこの件は置いておかないか?今は建国祭に向けて全力を注ぐべきじゃないか」
「いえ、捜査自体がけん制になるので、しないということは悪手です」
レイリーは手を組んで、肘をテーブルの上に置く。あまり、愉快そうな顔ではなかった。
「ですが……現状どちらもおろそかになってしまいかねないのはたしか。捜査は続行しますが、建国祭へ比重を置くというのは必要かもしれません」
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