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テルウェシ村にて
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「お前、ひとりか?」
ラグヴィルが思わず声をかけてしまったのも無理はないはずだ。
山のうっそうとした森林の中、その少年は当たり前のようにいた。
見るからに軽装だ――生成りのチュニックとズボン、刺繍も装飾もないから仕事着か。背は低くないが成長期前後特有の細さが目につく。革靴らしいが、山登りするような頑丈さはないだろう……まあ、近くに村があるので、そこから来たのだろう。容姿は特別整っているわけではないが、丸い碧の瞳と柔らかくウェーブのかかった栗色の髪、きょとんとした彼の表情から人は悪くなさそうだ。
他の誰もあたりにいない。武装まではしなくてもいいだろうが、小剣のひとつくらい持ってくるべきだ。
「人里近いが、獣とかいるだろ。危ねえ」
「……ああ」
やっと、何を言われているのか分かった、というように頷く。
「そういうあんたは」
「……見ての通りだ」
聞き返されるとは思わなかったラグヴィルは鼻白んだ。腰に下げた剣を軽く持ち上げ、さらに担いでいる弓も見せつけるように。
そもそも、ラグヴィルは傭兵だ。戦いの専門職である。黒に近い茶色の髪を切りっぱなしにして、前髪は伸びてきたので上げている。目つきは正直悪い方だが、青い目は透き通るようだと言われることも。顔のつくりは粗野だがいかつくはない。その他体格や装備は冒険者か傭兵にしか見えないはずだが。
「……狩りでもしに来たのか」
ラグヴィルをひとしきり眺めてから、少年は地面にしゃがみ込む。草むらを分けてそこから取り上げたのは、
「きのこ?」
「俺はきのこ採り。でもあんた、ここはまずいよ」
傘が立派なきのこだ。少年はそれを持っていた籠に入れながら、
「ここは禁足地だ。客は入れない」
「……あ?」
「迷い込んだんだろうが……あと、獣もいないよ」
さらにいくつかきのこを採って、少年は立ち上がってこちらを見た。うっすらとからかうように笑っている。
「この禁足地の周辺に毒草が植えてあって、小動物は寄り付かない。小動物が来ないから……」
「大型も来ないってか。あー……」
いや、それよりも禁足地とかいう場所が問題だろう。
ラグヴィルが逗留しているのは、不思議な……というより、怪しい村だが、喧嘩したいわけじゃない。
山奥という立地、事情があって山越えはしなければならないので、ここで出禁などと言われてしまえば、山で寒さと獣の気配に震えて眠れないまま一晩過ごすということになる。
ラグヴィルは気晴らしに狩りをしに村から少し足を延ばしたが、彼はもともと村の人間ということか。禁足地、とやらは人間が立ち入り禁止になっている場所、くらいしかラグヴィルに知識がないが、村人……特にああいう村のしきたりなどで、少年は堂々入れるということだろう。
その村は、テルウェシ村という。
かなり変わっている村だ、信じる神がこのメイドリーン国のものとは違っている。それを信仰しているせいか山奥のせいか、ともかく他の町や村とはいろいろ違って見える。
「その、な、別に荒らそうってわけじゃなく」
「いいよ、どこからどういう土地ってよその人にはわからねえだろ、黙っておく」
「……助かる。じゃあ、その代わりに手伝う」
「え?そうか?」
ちょっと嬉しそうな顔をした彼は、さっき籠に入れたきのこを取り出す。
「これと同じものをあと5個探してくれ。傘のこの白い斑点と、裏側の縁が赤いのが分かるか」
「ああ、……なんつーきのこだ?見たことないな」
「さあ、昔からこのあたりに生えてるけど」
傭兵で、あちこちを仕事で歩き回り、万が一の時のために食べられる動植物はそこそこ頭に入っているのだが。この山特有のきのこかもしれない。
言われたとおりに5個探し、彼もひと通り欲しいものは手に入ったようで、助かったと礼を言われた。
「こっちこそ。悪いな、勝手に入っちまって」
「荒らされなければそれでいい。そういうの、あんたはしなさそうだし」
「見た目悪いだろ、信じるのかぁ?」
「うん。これでも人を見る目はあるんでね」
ふふ、とどことなく子供っぽい笑顔。
けれど言動はかなり落ち着いているように思える。十代後半とみたが、今は24歳(くらいだろう、自分も知らない)のラグヴィルと同年代と話しているような感覚になる。
「このまま戻ると人目につく」
すっと彼は手をまっすぐ伸ばして、向こうの茂みを指さした。姿勢がいい。
「あの茂みをしばらく行って、洞がある白っぽい木があったらその木の手前で右に曲がれ。遠回りになるが山道に合流するから……」
「ああ、ありがたい」
「じゃあ」
さっと背を翻した彼に、なんとなく声をかけたのは、本当に、どうしてだろうか。
「お前、名前は」
「……レスト」
どことなく苦笑のようなものをこぼしながら、少年、レストは答えてくれた。
「俺はラグヴィル。村でまた会ったら贔屓してやるよ」
不思議な信仰の村だが、なぜか巡礼地にもなっていて、そしてさらに湯治場としても賑わっている。彼が働いているのはどこの宿か施設か分からないが、そう村は広くもないのでぶらつけば会える可能性も高い。
言えば、彼の顔は不思議な笑みになった。小さな子に言い聞かせるために、困ったと思いながら浮かべる笑みに近い。
「……期待しないで待ってる」
「ん?」
「山道に出るまで気をつけろよ」
「ああ……」
今度こそ木々の間に消えた彼の背中を見て、首を傾げた。
(不思議な奴だったなあ……)
そういう自分もらしくないことをした。自分から他人に名前を聞くのは、記憶にある限り仕事で最低限必要な時だけだったはずだ。こんな、道の途中で立ち寄った宿場の、おかしな場所で会った少年の名前を聞こうとするとは……
だが、なんとなく聞かないといけない気がした。こういう勘はよく当たるので。
言われたとおりに茂みを行き、教えられたとおりに白っぽい洞のある木が見えた。右に曲がって20分ほどで、山道に着いた。少年の言うことを全部は信用していなかったため、途中山の傾斜や方角などで確かめていたが、問題はなくてほっとする。
山道は麓からの一本道で、大人の足で半日ほどでこの村に着く。村は山の中腹より上に位置し、斜面を削り出して拓いた形になっている。
さらに5分ほど、他の客に混じり村へと道を上がっていく。もうほとんど夕日は山に隠れかけ、この人間たちは今日最後の村の客だろう。
村の門にたどり着く。重厚な石柱が左右に立ち、さらにその前に門番が立つ。武装していてそろいのサッシュを肩からかけ、体つきも戦士のそれなので、この村の衛兵なのだろう。その間をくぐって、村の中に入る。
まずは人の多さにめまいがした。黒い人だかりが広くもないが狭くもない真っすぐな道を埋め尽くしている。ざわざわと人の声や、あちこちでベルの音――しきたりで客引きができないらしく、宿屋はベルを鳴らしてアピールするらしい。独特の音で、澄んだ高い音と鐘よりも低い低音が混ざり合って響き、まだ聞き慣れなくてラグヴィルの首筋がぞわりとする。
だが、客引きがないのはとてもいいことだ。よく知りもしない人間が群がってくるあの煩わしさといったら。
村の正面から入ると、左手の家の並びが右のそれより高い位置にあるように見える。そうやって階段のように家の並びが左側――山頂側に斜めに上がっていくのもちょっと不思議な光景である。海の側の街も徐々に上がっていくのを見たことがあるが、構造は一緒なのだろう。
家はこの王国のものと変わらないように見えた。白っぽいしっくい壁の、屋根はやや斜めのような気がするが、どうやら雪が降るのでその対策らしい。
大きい家屋は宿屋で、宿場らしくいくつも営業している。珍しいと言えば、その屋根の上に夜になると灯される薪だろうか。だいたい、屋根のてっぺんに2つあり、笠があって半透明の何かで囲ってあるので巨大なカンテラにも見える。燃えないのか……と思うのだが、こうやって村が健在なのでそういうことだった。
その大きな屋根明かりと軒先に明かりがともっていて、赤い夕日の名残と一緒に村中が真っ赤だった。
その暗い赤に沈んだ村で、入り口近くからだとよく見えるのは、一番村の奥、高台にある館だろうか。ラグヴィルは近寄らなかったが、どうやら一番大きな館で、そこには村の最高司祭が住んでいるという。今はどういう仕組みか白い光で照らされていて、ラグヴィルの隣で今来たばかりなのだろう客が、見上げて驚いて足を止めていた。
(ま、関係ないか)
この村で信仰されている神などどうでもいい。
村も、通過するだけの客にあれこれ説教や礼拝などを強制することはないので、気楽にいられるのはむしろ神殿よりマシかもしれない。唯一神を信仰する神殿は、何をするにしてもお祈りだ。神など信じていないラグヴィルには苦行である。
さて、これからどうするか。
この村に来たのは依頼主の護衛のためで、彼はほか数名の傭兵を雇い身辺警護を任せ、この山の向こう、神殿総本山へと向かう予定だ。神殿のおえらいさんらしい。
このメイドリーン王国の中心から、隣国との境にある総本山へ向かうためのルートはふたつある。ひとつが山を迂回する道、もうひとつがこの山の途中にある村を経由して山道を行く道である。
俄然山を登るこの道が人気だ。山道は大変だが整備されているし、何よりここは、温泉がある。
湯治場としても有名で、過去に聖人だか何代前国王だかがここで病気や怪我を治したといういわくもある。さらに巡礼地でもあるので――別の宗教だというのに――、よほど事情がなければこの村に一泊以上して、山を降りて神殿に向かうだろう。
ラグヴィルは初めて来たが、なかなかどうして面白い村だ。
村のいたるところに神像やモニュメントがあるのはそんなものだろうが、温泉とやらも宿のものを使わせてもらって気に入った。飯処や露店もあり、意外と肉も酒も豪快に売っているので満足できる。宿は神殿の関係者が選んだので、物静かな雰囲気がどうにも居心地が悪いが、外に出てにぎやかな区画に行けば飯にも酒にも困らないし、賭場まであるというのでなかなかいい旅行になりそうだ。……娼館だけは、教義上ないらしい。
他の一緒に依頼を受けた傭兵たちはつるんでいるようなので放っておく。依頼主も宿の防衛力がしっかりしているので(宿の守衛が門番と同じ所属なようで、サッシュをしていた)、朝まで好きにしていいと太っ腹だ……単に粗野な人間を近くに置きたくないだけのような気もするが。
戻っても部屋にこもって寝るだけになりそうだし、夕飯もあの宿では期待できそうにないので、ぶらついて目にとまった酒場兼飯処のような店に入る。
当たりだった。フランクなメニューに肉も酒もかなりおいしい、味付けも濃いめと好みだった。護衛任務中で大量には飲めないが、チップを弾んで気分良く店を出た。
その頃にはとっぷりと日が暮れていた。
まだまだ賑わいを見せていて、まだ宿屋の巨大カンテラは火が消されていないし、あちこちの店から灯りは漏れている。時折ランプを持った人に案内される客が行き来していたり、かなり明るい。
まだ寝るには惜しい、どこかに温泉だけ使えるという施設があると聞いたから、それを探すか、と歩き出したしばらくあと。
「ん?喧嘩か?」
近場で、怒鳴る人の声が聞こえた。
野次馬根性で、どうやら同じ目的の他の人間たちとぞろぞろと声のする方へ。
ひとつ道をまたいだ向こうが、大通りだったらしい。
広い道に思った以上の人だかりで、真ん中のその喧嘩はなかなか見えない。人をかき分け、やっと見えるようになって……ラグヴィルはあっけにとられた。
ラグヴィルが思わず声をかけてしまったのも無理はないはずだ。
山のうっそうとした森林の中、その少年は当たり前のようにいた。
見るからに軽装だ――生成りのチュニックとズボン、刺繍も装飾もないから仕事着か。背は低くないが成長期前後特有の細さが目につく。革靴らしいが、山登りするような頑丈さはないだろう……まあ、近くに村があるので、そこから来たのだろう。容姿は特別整っているわけではないが、丸い碧の瞳と柔らかくウェーブのかかった栗色の髪、きょとんとした彼の表情から人は悪くなさそうだ。
他の誰もあたりにいない。武装まではしなくてもいいだろうが、小剣のひとつくらい持ってくるべきだ。
「人里近いが、獣とかいるだろ。危ねえ」
「……ああ」
やっと、何を言われているのか分かった、というように頷く。
「そういうあんたは」
「……見ての通りだ」
聞き返されるとは思わなかったラグヴィルは鼻白んだ。腰に下げた剣を軽く持ち上げ、さらに担いでいる弓も見せつけるように。
そもそも、ラグヴィルは傭兵だ。戦いの専門職である。黒に近い茶色の髪を切りっぱなしにして、前髪は伸びてきたので上げている。目つきは正直悪い方だが、青い目は透き通るようだと言われることも。顔のつくりは粗野だがいかつくはない。その他体格や装備は冒険者か傭兵にしか見えないはずだが。
「……狩りでもしに来たのか」
ラグヴィルをひとしきり眺めてから、少年は地面にしゃがみ込む。草むらを分けてそこから取り上げたのは、
「きのこ?」
「俺はきのこ採り。でもあんた、ここはまずいよ」
傘が立派なきのこだ。少年はそれを持っていた籠に入れながら、
「ここは禁足地だ。客は入れない」
「……あ?」
「迷い込んだんだろうが……あと、獣もいないよ」
さらにいくつかきのこを採って、少年は立ち上がってこちらを見た。うっすらとからかうように笑っている。
「この禁足地の周辺に毒草が植えてあって、小動物は寄り付かない。小動物が来ないから……」
「大型も来ないってか。あー……」
いや、それよりも禁足地とかいう場所が問題だろう。
ラグヴィルが逗留しているのは、不思議な……というより、怪しい村だが、喧嘩したいわけじゃない。
山奥という立地、事情があって山越えはしなければならないので、ここで出禁などと言われてしまえば、山で寒さと獣の気配に震えて眠れないまま一晩過ごすということになる。
ラグヴィルは気晴らしに狩りをしに村から少し足を延ばしたが、彼はもともと村の人間ということか。禁足地、とやらは人間が立ち入り禁止になっている場所、くらいしかラグヴィルに知識がないが、村人……特にああいう村のしきたりなどで、少年は堂々入れるということだろう。
その村は、テルウェシ村という。
かなり変わっている村だ、信じる神がこのメイドリーン国のものとは違っている。それを信仰しているせいか山奥のせいか、ともかく他の町や村とはいろいろ違って見える。
「その、な、別に荒らそうってわけじゃなく」
「いいよ、どこからどういう土地ってよその人にはわからねえだろ、黙っておく」
「……助かる。じゃあ、その代わりに手伝う」
「え?そうか?」
ちょっと嬉しそうな顔をした彼は、さっき籠に入れたきのこを取り出す。
「これと同じものをあと5個探してくれ。傘のこの白い斑点と、裏側の縁が赤いのが分かるか」
「ああ、……なんつーきのこだ?見たことないな」
「さあ、昔からこのあたりに生えてるけど」
傭兵で、あちこちを仕事で歩き回り、万が一の時のために食べられる動植物はそこそこ頭に入っているのだが。この山特有のきのこかもしれない。
言われたとおりに5個探し、彼もひと通り欲しいものは手に入ったようで、助かったと礼を言われた。
「こっちこそ。悪いな、勝手に入っちまって」
「荒らされなければそれでいい。そういうの、あんたはしなさそうだし」
「見た目悪いだろ、信じるのかぁ?」
「うん。これでも人を見る目はあるんでね」
ふふ、とどことなく子供っぽい笑顔。
けれど言動はかなり落ち着いているように思える。十代後半とみたが、今は24歳(くらいだろう、自分も知らない)のラグヴィルと同年代と話しているような感覚になる。
「このまま戻ると人目につく」
すっと彼は手をまっすぐ伸ばして、向こうの茂みを指さした。姿勢がいい。
「あの茂みをしばらく行って、洞がある白っぽい木があったらその木の手前で右に曲がれ。遠回りになるが山道に合流するから……」
「ああ、ありがたい」
「じゃあ」
さっと背を翻した彼に、なんとなく声をかけたのは、本当に、どうしてだろうか。
「お前、名前は」
「……レスト」
どことなく苦笑のようなものをこぼしながら、少年、レストは答えてくれた。
「俺はラグヴィル。村でまた会ったら贔屓してやるよ」
不思議な信仰の村だが、なぜか巡礼地にもなっていて、そしてさらに湯治場としても賑わっている。彼が働いているのはどこの宿か施設か分からないが、そう村は広くもないのでぶらつけば会える可能性も高い。
言えば、彼の顔は不思議な笑みになった。小さな子に言い聞かせるために、困ったと思いながら浮かべる笑みに近い。
「……期待しないで待ってる」
「ん?」
「山道に出るまで気をつけろよ」
「ああ……」
今度こそ木々の間に消えた彼の背中を見て、首を傾げた。
(不思議な奴だったなあ……)
そういう自分もらしくないことをした。自分から他人に名前を聞くのは、記憶にある限り仕事で最低限必要な時だけだったはずだ。こんな、道の途中で立ち寄った宿場の、おかしな場所で会った少年の名前を聞こうとするとは……
だが、なんとなく聞かないといけない気がした。こういう勘はよく当たるので。
言われたとおりに茂みを行き、教えられたとおりに白っぽい洞のある木が見えた。右に曲がって20分ほどで、山道に着いた。少年の言うことを全部は信用していなかったため、途中山の傾斜や方角などで確かめていたが、問題はなくてほっとする。
山道は麓からの一本道で、大人の足で半日ほどでこの村に着く。村は山の中腹より上に位置し、斜面を削り出して拓いた形になっている。
さらに5分ほど、他の客に混じり村へと道を上がっていく。もうほとんど夕日は山に隠れかけ、この人間たちは今日最後の村の客だろう。
村の門にたどり着く。重厚な石柱が左右に立ち、さらにその前に門番が立つ。武装していてそろいのサッシュを肩からかけ、体つきも戦士のそれなので、この村の衛兵なのだろう。その間をくぐって、村の中に入る。
まずは人の多さにめまいがした。黒い人だかりが広くもないが狭くもない真っすぐな道を埋め尽くしている。ざわざわと人の声や、あちこちでベルの音――しきたりで客引きができないらしく、宿屋はベルを鳴らしてアピールするらしい。独特の音で、澄んだ高い音と鐘よりも低い低音が混ざり合って響き、まだ聞き慣れなくてラグヴィルの首筋がぞわりとする。
だが、客引きがないのはとてもいいことだ。よく知りもしない人間が群がってくるあの煩わしさといったら。
村の正面から入ると、左手の家の並びが右のそれより高い位置にあるように見える。そうやって階段のように家の並びが左側――山頂側に斜めに上がっていくのもちょっと不思議な光景である。海の側の街も徐々に上がっていくのを見たことがあるが、構造は一緒なのだろう。
家はこの王国のものと変わらないように見えた。白っぽいしっくい壁の、屋根はやや斜めのような気がするが、どうやら雪が降るのでその対策らしい。
大きい家屋は宿屋で、宿場らしくいくつも営業している。珍しいと言えば、その屋根の上に夜になると灯される薪だろうか。だいたい、屋根のてっぺんに2つあり、笠があって半透明の何かで囲ってあるので巨大なカンテラにも見える。燃えないのか……と思うのだが、こうやって村が健在なのでそういうことだった。
その大きな屋根明かりと軒先に明かりがともっていて、赤い夕日の名残と一緒に村中が真っ赤だった。
その暗い赤に沈んだ村で、入り口近くからだとよく見えるのは、一番村の奥、高台にある館だろうか。ラグヴィルは近寄らなかったが、どうやら一番大きな館で、そこには村の最高司祭が住んでいるという。今はどういう仕組みか白い光で照らされていて、ラグヴィルの隣で今来たばかりなのだろう客が、見上げて驚いて足を止めていた。
(ま、関係ないか)
この村で信仰されている神などどうでもいい。
村も、通過するだけの客にあれこれ説教や礼拝などを強制することはないので、気楽にいられるのはむしろ神殿よりマシかもしれない。唯一神を信仰する神殿は、何をするにしてもお祈りだ。神など信じていないラグヴィルには苦行である。
さて、これからどうするか。
この村に来たのは依頼主の護衛のためで、彼はほか数名の傭兵を雇い身辺警護を任せ、この山の向こう、神殿総本山へと向かう予定だ。神殿のおえらいさんらしい。
このメイドリーン王国の中心から、隣国との境にある総本山へ向かうためのルートはふたつある。ひとつが山を迂回する道、もうひとつがこの山の途中にある村を経由して山道を行く道である。
俄然山を登るこの道が人気だ。山道は大変だが整備されているし、何よりここは、温泉がある。
湯治場としても有名で、過去に聖人だか何代前国王だかがここで病気や怪我を治したといういわくもある。さらに巡礼地でもあるので――別の宗教だというのに――、よほど事情がなければこの村に一泊以上して、山を降りて神殿に向かうだろう。
ラグヴィルは初めて来たが、なかなかどうして面白い村だ。
村のいたるところに神像やモニュメントがあるのはそんなものだろうが、温泉とやらも宿のものを使わせてもらって気に入った。飯処や露店もあり、意外と肉も酒も豪快に売っているので満足できる。宿は神殿の関係者が選んだので、物静かな雰囲気がどうにも居心地が悪いが、外に出てにぎやかな区画に行けば飯にも酒にも困らないし、賭場まであるというのでなかなかいい旅行になりそうだ。……娼館だけは、教義上ないらしい。
他の一緒に依頼を受けた傭兵たちはつるんでいるようなので放っておく。依頼主も宿の防衛力がしっかりしているので(宿の守衛が門番と同じ所属なようで、サッシュをしていた)、朝まで好きにしていいと太っ腹だ……単に粗野な人間を近くに置きたくないだけのような気もするが。
戻っても部屋にこもって寝るだけになりそうだし、夕飯もあの宿では期待できそうにないので、ぶらついて目にとまった酒場兼飯処のような店に入る。
当たりだった。フランクなメニューに肉も酒もかなりおいしい、味付けも濃いめと好みだった。護衛任務中で大量には飲めないが、チップを弾んで気分良く店を出た。
その頃にはとっぷりと日が暮れていた。
まだまだ賑わいを見せていて、まだ宿屋の巨大カンテラは火が消されていないし、あちこちの店から灯りは漏れている。時折ランプを持った人に案内される客が行き来していたり、かなり明るい。
まだ寝るには惜しい、どこかに温泉だけ使えるという施設があると聞いたから、それを探すか、と歩き出したしばらくあと。
「ん?喧嘩か?」
近場で、怒鳴る人の声が聞こえた。
野次馬根性で、どうやら同じ目的の他の人間たちとぞろぞろと声のする方へ。
ひとつ道をまたいだ向こうが、大通りだったらしい。
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