番外編集〜もろもろ〜

鹿音二号

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【いわくつき3】ブラウン家の魔法士たち

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ビクトルが店に行くと、ちょうどマキアがとある隠蔽を試みていたところだった。

「……」

しまった、という顔で――実際は無に近い薄いいつもの表情なのだが、ビクトルにはそう見えた――マキアがカウンターに乗った書籍を持ち上げて、そのまま固まる。

「……よう。なんだその本」

見るからに古びていて、10冊近くあるだろう、それは色々な形の本だった。
ちゃんと綴じてあるものもあれば、適当に紐でくくってあるものまで。大きさもバラバラ、表紙が革だったり紙や羊皮紙でタイトルだけが記されていたり。
マキアはおそらくビクトルが来る前に隠したかったのだ。けれど、予定より早く着いてしまい、見事に見られた。

「ええと……『ジス・ブラウン忘備録』……?ブラウン?」

あれ?とマキアを見ると、観念したように持っていた本を、下ろした。

「……見ての通り、ブラウン家のものだ」
「へ?なんでここに?」
「……」

マキアはわずかに苦い顔になって、調べたいことがある、と言った。

「ブラウン家に男爵経由で言って、借りてきた」
「……で、手紙付き、と」

運び込まれてすぐだったらしい。
本と本の間に、分厚い封筒があった。
度々マキアの父親を名乗るものから手紙が来ている。謝罪らしきものを書いた長文である。どうでもいいものとして、マキアの興味はなくなっているのに、面倒なものだ。

「……」

手紙はそっと引き抜き、別のところに置くマキア。

「薄情だと思うか?」
「誰が?」
「俺が」
「なにが……?」

一度本気で考えて、ああ、とビクトルは思いついた。

「考えたこともなかったぜ」

マキアはむしろ情が深い方だと思っている。
深いからこそこんがらがって、こんなことになっている。
血のつながったブラウン家へのそっけない態度は当たり前だ。あんな目に遭わされて、むしろ恨まないマキアはビクトルの思うよりはるかに優しい。

「そうか……」

どことなくはにかんでいるように見えるが、まあマキアが気に病まないのならいい。

「んで、わざわざ連絡取るくらいだ、調べたいことってのは重要なことか?」
「……どちらかというと自己満足なんだけどな」

ふう、とため息をついて、マキアは一冊を手に取った。

「……今まで輩出してきた、魔法士のことについて」
「うん?」
「しばらくアキヒトからもらった本よりこっちが優先だな」

本を丁寧に重ねて、片付けようとするマキアの肩を、ぽんぽん、と叩く。

「読んでろよ、特に何かしたくて来たわけじゃないし」
「だが」
「お前結構集中すると周り見えなくなるからなあ、俺はメシを抜かないか見張りだ」

マキアの食への無関心さはびっくりするくらいだ。
ちょっとめんどうだと思ったら平気で一食二食抜くので、ペチカがほとんど毎日店に来る理由もわかるというもの。
最近は彼女は学校が忙しいうえに……気を使っているのかあまり来なくなってしまって、なおさらビクトルには使命感というものがあった。

「客が来たら教えてやるし」
「そこまで鈍くないんだが……」

バツが悪そうだが、たしかに彼がさすがに客の対応が抜けることはない。
ビクトルが出入りを始めた頃より来客は多くなって、日に2,3人は来るので、ずいぶん変わったものだ。
店先も少しずつ売れるものを売るように、手入れをして品の並べ方を変えている。その店主はますます人のあしらいだけは上手くなっていっているが……

「……」

まだ、考えている。
気を使い過ぎなのだ、ビクトルは恋人である。



「人の手記とかになると、どうにもならんな」

ナンリはお手上げと言わんばかりに両手を軽く上げた。

ビクトルがふと時間が出来て、店にふらりと寄るとナンリがいた。
マキアはしばらくブラウン家の記録にかかりきりで、今日は依頼も重なったらしく休業し、奥に引っ込んでいた。
応接間で読みつつ……膝の上の黒猫を撫でている、らしい。
ビクトルにクロという式神は見えない。もう慣れたが、マキアが膝の上の開いた空間に手をふらふらと動かしているさまは、奇妙だ。

クロは店にいるかぎり好き勝手に出てくるらしい。普段は札に封じてある、とかマキアは言っていたが、霊だが無害なのでしょちゅう出てきてマキアに撫でられている。
うらやましい……と思うことはあるが、動物(?)相手である。大人げない。

「整った文章なら文法やらお定まりの言い回しやらを理解すればどうにかなるのだが、個人が思うままに書いた文章は癖があるからな」

ナンリはこの国の人間ではないので、あまり文章を読むのは得意ではないらしい、という話だ。マキアを見守りつつ、難しい顔をする。
……ビクトルと同じく、マキアを心配しているらしい。

そうはいっても、あまりマキアには言わないように気をつけている。彼はトラウマで、人の感情、特に距離が近い人間の自分への感情は負担になるらしい。
これもビクトルには到底理解できないが……普通に会話をしていてもしょっちゅう戸惑って口ごもるので相当だ。
なにやら、自分を思われていることは分かるが、それにどう向き合えばいいのかわからないらしい。

嬉しいなら嬉しい、嫌なら嫌でいいはずだが……そんな当たり前のことすら感じる前にどうすればいいんだ?と自問自答を始めるらしい。
しかも、対応を間違えると取り返しがつかなくなるのではないか、と怖くなるとか。

聞いてもぜんぜん、意味がわからない。
これもマキアをさんざん甘やかしてでろでろに溶かして前後不覚になったときに聞き出したので、本当に根が深い。うじうじしていると嫌われる、という思い込みもあるという。
実にめんどうだ。
めんどうだけれど、そこがかわいくてかわいそうで面白い。

それこそ、深く悩んでいる横でこんなことを思っている方が嫌われるのでは?と思うのだが、ビクトルが離れなければなんでもいいらしい。

「マキアは何を調べてるんだ?」

こうやって適当に過ごしているが、特に苦にはならないビクトルには、何かマキアに暴言を吐かれても嫌いになるとかいう未来はまったく遠いようだ。むしろ、出会った当初のように可もなく不可もなくの客対応をされる方がたぶんつらい。
もう、マキアの本当のことを知ってしまったから。

「……ブラウン家の魔法士の何か、と言うことしか聞いていないが」

ナンリはぼんやりと答えた。

「なんとなく予想はできる」
「へえ……」

ナンリのなんとも据わりの悪そうな顔を見て、やはりあまり面白いことではないのだな、と思う。
やがて、マキアは手にしていた本を読み終えた。
長いため息をつく。

「……退屈じゃないのか」

こちらをなんとなく探るような気配で見るマキアにふたりで首を振る。

「いや?俺は出てきた剣とか見てたし」
「危なそうなものは祓っておいたぞ」

どちらも店の手伝いだが、マキアがあとでひとりで頭を抱えるのもおもしろくない。

「……助かった」

また何か含みがあるような返事だが、まあ後で聞き出せばいいか。

「なにかわかったのか?」

聞いてみると、だいたいは、と言った。

「あと2冊残っているが、まあ内容は想像がつく」
「……聞いてもいいか、マキア」

ナンリが、低い声で言った。

「お前はブラウン家の……魔法士の寿命を調べていたんだろう」

なんでもなさそうに、彼は答えた。

「……ああ」
「え……」

ビクトルには、それがどういうことか掴めなかった。

「寿命?」
「前に俺が陰陽師になった理由を言っただろう。俺が魔法士になれなかった、その原因を覚えているか」
「えっと、精霊を見たからで……あっ」

思い出した。
そうだ、マキアは精霊を見たから魔法士になれなかった。
無理に魔法を使おうとして、命の危険もあったとか。
マキアが精霊を見たのは、生まれた村の近くにあった『精霊の森』だという。
ビクトルの背筋に冷たいものが走る。

「……寿命……」
「結論から言うと、やはりいくらか短命の傾向にある」

持っていた本をマキアは手でそっと撫でた。

「通常の魔法士の寿命は普通の人間と変わらない。ブラウン家の魔法士の半分は老齢まで生きていた。……もう半分は、極端に短命だった」
「やはり、そうだったか」

ナンリが重々しく言った。

「……まだまとめていないが、早ければ10代、多くは30を数える前後で死んでいる。これは、家系図があったからすぐに分かった」

マキアはふと前かがみになる。膝の上のクロを床に下ろしたようだ。

「一緒に残っていた魔法士の記録なんかを借りたが、やはりその短命の魔法士たちは、晩年にかけて術や体の不調に悩んでいたと、ところどころ見かけた」

一冊、古びた冊子を取り上げた。

「一番目を引いたのは、この手記だ。300年近く前の魔法士のものだが、彼は精霊をはっきり見ている。手記が途切れる前まで、魔法をほとんど使いこなせなくなり、体が動かなくなるまでを詳細に書いていた」

マキアはその手記を、本の山の一番上に乗せる。

「彼は精霊が見える魔法士として有名だった。けれど、知っていた、その精霊が魔法を使えなくなった理由だと」

「どうして気づいたのか、知りたいところだな」

ナンリがじっと手記を見つめている。

「ああ、何のことはない、ユリオラの精霊士に会ったらしい」
「なるほど、それは否応なしに知るか」
「けれど、もう遅かった。魔法を使うことをやめても……」

マキアはゆっくりとまばたきして、それからふと足元を見た。ナンリも見ているから、そこにクロがいるんだろう。

「精霊の森にブラウン家が関わらないようにするとか、方法はあったはずだが……そういう、言い伝えや家訓は、昔はあるにはあったみたいだが、当の魔法士たちが王都に行ったりして残らなかったらしい。やっぱり森で精霊を見るっていう狭い条件だと、詳細を知らないと意味がわからないだろうってこともある。まあ、ともかく――」

マキアは、薄い表情で、ナンリを見つめた。

「俺が幸運だったことがはっきりしたな」
「は。……」

きょとんとしたナンリが、すぐに破顔した。

「は、ははは、そうか、そのようだな!」

マキアは笑うナンリからそっぽを向いて、またクロを撫でている。

(そういえば、転機とかなんとか言ってたっけ)

ナンリがマキアを見つけたことだ。
この師弟も、なかなか複雑なのだ、外野がとやかく言うことではないが……

(出会って、良かったよな)



やはりナンリは遠慮をしているのか、しばらくすると店から男爵邸へ帰っていった。
そんなに気を使わなくていい、とマキアとふたりで力説したので、またそのうち戻ってくるだろう。

今日はふたりきりだ。
見送ったあと、さてどこかで飯の調達を、と考えていると、マキアがふとビクトルをじっと見ていることに気づく。

「ん?どうした?」
「……今から言うことを、何も言わず聞いてほしい」
「お、おう」

なんだか、ずいぶん改まっている。緊張しているようだ。
いつもの薄い表情ではあるのだが。

「……さっき話した精霊が見える魔法士だが……彼は、21歳で死んだ」
「……」

淡々と話すマキアがどことなく苦しそうだ、と思う。

「……だからなんだという話だが……俺が、お前に会ったのも、21のときだったなって、思ったら……こう、胸に、くる」

自嘲のような、諦めたような、そういううっすらとした笑みを、マキアは浮かべている。

彼は先日22歳の誕生日を迎えた。
今まで祝われたことがないというので、全力でパーティーを開いてやった。本人は目を白黒させて始終固まっていたが、ビクトルとペチカが悪ノリをしてめいっぱい盛り上げた。

……そう、マキアはあの手記の魔法士の年齢を無事に超えていた。
同じ血筋、同じ精霊が見える力の持ち主、同じ年齢。何か思うことがあっても、それは当たり前だろう。
マキアの淡い表情は、一体何を思っているかは分からない。
けれど、黙って話を聞くぐらいならなんでもない。

マキアはふとため息をついて、首を振った。

「……すまなかった、こんなどうでもいい話を」
「いいや」

――これは、甘えられているのだ。
そういう気持ちは、彼はあまり出さないようにしているはずなのに。こんな、感情を吐き出してくれるだけで、してもいい相手だと思われただけで、とんでもなくうれしいし、感動している。
そして、やはり伺うような気配でビクトルをおそるおそる見ているマキアを、今すぐ抱きしめたいのだけれど。

「飯、買いに行くのと外に食べに行くの、どっちがいい?」

そう言うと、ほっとしたように息をつくマキアだが、ただの猶予だということに気づいていない。
夜は、今のこの思いの丈のぶん、たくさんかわいがってやる。



+++++++++

ネタがあるようなないようななので、いったんこれにて『いわくつき~』は筆を置かせていただきます。また機会がありましたたらよろしくお願いします。
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