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Fly Away mini(1)
しおりを挟む「しつっこい……!」
「何を……僕はまだぜんぜん満足していないよ……?」
カレスの疼く腹の中には男の長大なものが我が物顔で出入りしている。
ずりゅ、とか、ぬちゃ、とか生々しい水音と一緒にびりびりと快感が上がってくる。カレスは達したばかりなのに。
「あ、あっ……!ほんと、も、きつ……っ」
後ろからのしかかって、まだ腰を振る男にカレスはほとんど音を上げた。
「や、っぁあ、そ、っ!ア」
「あー……っ、く」
気持ちいいよ、とうっとりした声を耳に吹き込まれただけで、がくんと力が抜けた。
かろうじて持ち上げようと必死だった顔もべしゃりとシーツに埋まる。腰だけがミニデュアムのそれに繋がって上がって、背筋はたわんでいた。
――気持ちがいい。
ごりごりと体の奥に入ってくる男が、ミニデュアムが、たまらなく。
最初は違和感が強かった、ミニデュアムがぜんぶを突っ込んだそのときに強く広げられる感覚も、いつの間にかそれが当たり前で好い事だと覚えさせられた。
こうやって、彼が気分が高まっているときに、その長いものをカレスの入り口まで抜いてはずっぷりとまた押し込んでくる――その動きはますます駄目になった。
「あー、あ、あ、っ、き、……っ!ッ」
もう――
(だめだだめだ、だめ、――っ!)
目の前が真っ白になる。
ぱち、と何かが弾けた。
すさまじい充足感。
満たされて、もう何もかも忘れてカレスはただ体を震わせた。
ミニデュアムはその震えを肌で味わって、彼の中でしゃぶられる自分の中心が、我慢できずに弾けて腰を戦慄かせた。
気づいていた、カレスが容赦なくミニデュアムに追いやられて、触ってもいないのに何度も白い欲を放ち、今は――
「ぁ……ぅ……、」
透明な液体がびしゃびしゃと先端から噴き出し、彼の腰はカクカクとミニデュアムに擦り付けられる。
それを手で撫で回して指先が濡れる感触とともに堪能して、ミニデュアムは熱い息を吐く。
満たされる。けれど、同時に餓えもひどくなるのだ。
ずっと、カレスの中がミニデュアムを甘く噛みついてくるのが悪い。
ミニデュアムがまたゆっくりと腰を揺らすと、むずがるような声が上がった。
カレスは混乱した。
もうどこもかしこもミニデュアムを感じていないところがなくて、なのに、また、くる。
「ひぅ、……ひゅ、にっ、ぁあっ」
ぱちん、ぱちん、と体のどこかで火花がなんども散っている。
なんどもずっと、絶頂が続いているのだと、自分のことなのにカレスには分かっていなかった。
「あう、あっ、んあっ」
びく、びくっ、と、美しい銀色の男の下で哀れにも死にかけた魚のように何度も跳ねるしなやかな肢体。それを、眼下の黒髪に頬を擦り付け、とろけるような笑みで残酷なほどゆっくりと犯す。
「ひ――あ――」
「はあ、……カレス、君は、とても良いね……」
「う、……ひっ、ぐ、ぁ……んっ」
甘くすすり泣き始めたカレスをいっそう抱きしめ、彼の深いところまで沈む。
「おまえ……ほんとうにいいかげんにしろよ……」
翌朝になってもぐったりと、ベッドから降りられないカレスはガラガラの声で呻く。
腰を中心にあちこちギシギシ痛むし、力は根こそぎなくなったみたいに出てこない。
動いたら痛いので、もうやる気もなくなって服も着ていない。
細身だが、身体も治りすっかり皇国にいた頃の体重に戻ったカレスは、何を思ったのか鍛えることに目覚めた。運動をこなし、しっかりとした筋肉がつき始めている。
そのしなやかな身体を惜しげもなくさらしているのだが、その効果を彼は計算してなかった。
ミニデュアムは起きていたものの、さっきから黙っていたが、結局欲に抗いきれずにベッドに戻った。
「はっ!?」
「君ね、やめてほしいならそうやって僕を試すのをやめろ」
「試す……ちょ、なに、どこ触って、ひっ」
「……君、最近このあたりが」
「ひ、ぁっ」
「……触り心地がいい」
腰のあたりが、適度な弾力があって、しっとりとした肌がぴくりとミニデュアムの愛撫に震える。
ほんとうに動けないらしく、カレスは怯えと警戒の入り混じった顔で、ミニデュアムを睨みつける。
怒っているとアピールすればミニデュアムが退くと思っているのだろうか。
……喉の渇きがひどくなった気がする。
「……だから、君はねぇ……」
「なんだって?というか、離せ、もう、本当に、無理だからな」
「うん、うん……」
「ぎゃー!き、聞け、デュー、ほんとに……っ」
「……ほら、僕より太い」
カレスの腰をつかんだまま、ミニデュアムちょうど自分のそこをぴったり合わせるようにカレスの上に覆いかぶさる。
「んんん、重い、」
「はあ、僕は運動が嫌いなんだ……」
「……勝負しようっていうなら、俺はメニューを増やすからな」
「んー……まあ、それくらいは勝たせてあげよう」
「俺が他では負けてるみたいに……」
「事実、ここだけは無条件で勝てるけれど」
カレスの頬に、ミニデュアムのそれがすり寄ってきた。
顔なら、勝つつもりはないけれど……
「って油断も隙もねえ!擦り付けんな、ばか、」
別のところも擦り付けられ、さらには首筋にいつの間にか移動したミニデュアムの唇がきつく吸い上げる。
「……って、むり、ほんと、むりだからぁ……」
限界は超えて、体力はともかく男としての矜持はへし折られてまだ戻ってこない。結局一度も前を触られずに、何度も追い上げられ、途中で何かとんでもないものを出した。
動くと痛いし、まだ何か入っているような感覚が消えない腹の中に、またあの熱くて大きなものが来られたりしたら……
ぞくっと、恐怖とも期待ともつかない寒気にカレスは泣きそうになる。
カレスのその様子に、ミニデュアムは一瞬、表情すら失ってじっと見つめて……ふと苦笑する。
「……今日は許してあげよう」
そんな、柔らかい声にカレス我知らず体の力を抜く。
けれど、ミニデュアムがただで許すはずもない。
彼の手に全身優しく撫で回され、カレスはぬるま湯のような快感に沈んで結局泣かされた。
「……皇国に行くと?」
「あ、あー、……ぅん、そうだ」
昨晩から朝にかけて盛り上がりすぎて言う機会がなかった。喉が痛いが、何とかしゃべられるくらいには回復した。
予想はしていたが、言った途端にミニデュアムの機嫌が悪くなる。
「……なんで君が」
「しかたないだろう、さすがに皇帝の婚約パーティーじゃ、招待状が来た以上」
「……」
眉根を寄せて黙るミニデュアムは、やっぱりヒュエルガンのことは嫌いらしい。
どのへんが嫌いなのか、問い詰めたいけれど、まあ誰しも口に出したくないことはあるだろう。
まだベッドから降りたくないカレスは意地でも動かず、ミニデュアムは分かったように(あのミニデュアムが!)こまごまカレスの世話を焼いて、今は膝の上になついている。
ハルニアナが見たら卒倒しそうだ。寝室でのことなんて彼女の知るところではないけれど。
カレスはやれやれと膝の上の銀色の髪を指先でそっと梳く。
「……研究報告も持っていくにはちょうどいい時期だ。兼ねて俺が報告してくるよ」
「……僕も行く」
「エピーダに行くだろ」
皇国のマナ歪(ひずみ)の公表から半年。まだ世界は懐疑的である。
仕方がないことだが、皇国と公宮は各国に説明と説得に追われていて、今回は偶然にも同じ日取りで宮主は少し離れた西の国に、カレスは母国の皇国の催しに顔を出さなければならない。
「……こればかりは自由にできないぞ」
「……はあ、これだから……」
どこに向けての文句なのか、ミニデュアム自身わかっていないのだろう、もごもごと口の中で何かつぶやき、そしてまたため息をついた。
「絶対に、皇帝に甘い顔をするんじゃないぞ」
「分かったよ、絶対に日程は延ばさないし、魔導師たちには仕事以外で関わらない」
前の自分がしそうなことは絶対にしない。
これはミニデュアムへの誠意だ。
皇国を離れてみて、少しミニデュアムの気持ちも分かり始めた。……自分だってハルニアナが彼にとって妹のようなものだと疑うことはないのに、である。
大丈夫だ、とさらさらと銀髪を指で撫でつける。
「なら、しかたがない」
ようやく、聞き分けがいいふりをしてミニデュアムが頷くので、カレスは笑った。
久しぶりに皇国に来て、予定どおり皇宮に入ってすぐに、カレスは驚いて開いた口がふさがらなかった。
「カレス様のお世話を担当する、クアフェナ・ブラックヴェスと申します」
シンプルだが生地のいいドレスの裾を楚々と持ち上げ、堂々と礼をする女性。
濃い茶色のウェーブのかかった髪をゆるく編み、特別美しくはないが利発そうで肌は白い。瞳はキラキラとした緑色で、少し眦が上がりぎみである。
歳は……20歳と聞いている。
彼女とは初めて会うが、その名前は知っていた。
「……あー、ご令嬢は、皇帝陛下の婚約者では……?」
そうなのだ。
ちょうどカレスと入れ違いに皇宮に入った、ヒュエルガンの婚約者。
数日後に行われる婚約発表と祝宴の主役である。
カレスに与えられた部屋は皇宮内でも貴賓の使うところで、大きさ的に部屋付きにメイドは2人以上。……そのメイドたちは了解しているのか、壁際にぴしりと立って微動だにしない。
「ええ、ご存知でいらっしゃいましたか」
ふふ、とイタズラが成功したように、その皇帝の婚約者クアフェナ・ブラックヴェス子爵令嬢は笑みを浮かべた。
「陛下はお忙しく、カレス様のことは私に一任するとおっしゃいましたので……」
「いやそれ絶対メイドを選べってことだと思うが」
「いえ、救国の魔導師様であるカレス様へ、私が責任持ってお世話をさせていただきとうございます」
「……」
言葉通り、受け取ることは可能だが。
どうにも彼女の言葉の端々に、カレスへの含みがあるように聞こえる。
しかも『救国』の『魔導師』と重ねてきた。
ヒュエルガンが将来の伴侶たるクアフェナに、カレスのことを話していないはずがない。
ムッとしないわけでもないが――
「どうかなさいましたか?」
こう、まだ少女の面影が残るクアフェナに堂々とされては怒りづらい。
結局――
「じゃあ、よろしく頼む」
「……お任せください」
まだ荒削りだが綺麗にお辞儀する彼女が頭を下げる前、一瞬不服そうな顔をしたのを見逃さなかった。
が……
(……なんかどっかで見覚えがあるような……)
そんな気がして、毒気を抜かれてしまったカレスだった。
そのクアフェナのことを、ヒュエルガンはその夜の歓迎の晩餐会で初めて耳にしたらしい。
驚き呆れてクアフェナをまじまじと見るヒュエルガンは、彼女の意図が読めずに何も言えなかったようだ。
「……いや、驚かせた。俺も聞いていなくてな……」
皇宮内の皇帝の私室。
呼ばれたので断る理由もない。一瞬ミニデュアムのふてくされた顔が脳裏によぎったが、なんとなくそれに謝ってヒュエルガンとサシの飲みだ。
彼は昔馴染みと少し話したいのと、ついでにクアフェナのことを謝りたかっただけのようだ。
こころなしか最後に見た時より精悍さが増したような気がする。まあ世界が激動の半年間、その主たる要因だから、いろいろあったに違いない。
公宮は多少バタバタしたが、基本中立であり、今までになくミニデュアムが表に出ることが多くなったためにそこまで各国の目は厳しくない……隣のカレスにはたまにとんでもない視線と言葉が飛んでくるが、覚悟の上だったし、ミニデュアムが不機嫌になるのでわけもわからず相手が黙ることが多い。
ヒュエルガンは――今まで右腕だったカレスがいなくて、どうしていたのだろう。
(いや、そんなこと思うこと自体侮辱か)
逃げ出した当人に心配する資格はない。
きっとコスタスがうまくやっている。彼はカレスの次に皇宮に入り、実のところ年上だ。
「クアフェナ嬢はまあ、驚いたが……あれはどういうことだ?」
「……問いただしたが……自分が世話をするのだと言って聞かない」
苦笑するヒュエルガンは、どうやらクアフェナにあまり強く出られないらしい。
「なんだ?もう尻に敷かれてるのか」
「うーん、なんというか彼女は、俺には御そうなんてできないんだ……」
酒を口に含み首をかしげるヒュエルガンは不可解そうだ。
「かといって、不快だったり叱責が必要なんてことはなかった。今回は……どうしたものか」
元がどうであれ、一介の客人として迎えられたカレスに、皇帝のパートナーが世話役としてつくなんて正直褒められたものではない。
「……なかなか頑固な性格なんだな?」
「ああ。とても……強い意志を持っていて、その芯の強さに俺は好意を抱いた」
見た目からして、きっとそうだろうと思っていた。
しかし、あの後も何度か会ったが、何でもそつなくこなし丁寧にカレスに接する彼女は、初対面の時の妙な感じはない。
「カレスがどう思うかだ。俺はやめさせるつもりだが……」
「いや、好きにさせてやれよ。俺は構わない」
あの態度がちょっと気になっている。真意を見たいから、彼女がその気ならカレスは嫌とは言わない。ヒュエルガンには内緒にしておこう。
「そうか。……実は、彼女は以前からお前のことを気にしていてな」
「……ふうん」
「彼女がどういうつもりかは分からないが……俺は、お前たちに仲良くなってほしい」
「俺なんかと仲良くなってはまずいだろ」
ただでさえ子爵令嬢と低い立場で異例の早期婚約だ、それが国を出ていった訳ありの皇帝の幼馴染とよろしくやれば、彼女のプラスになるはずがない。
「俺の右腕としてあの即位後の不安定な皇宮を生き抜いたお前なら、彼女の置かれた状況が分かるだろう」
「そりゃあ……」
痛いほどわかる。
立場もなければ味方もいない。周りは好き勝手に言うし、常に蔑みと嘲りの視線が追ってくる。
ヒュエルガンは少し寂しげに笑う。
「……俺は、クアフェナのためになにかしてやりたい。お前は幸い最後まで折れなかったが……彼女に同じことが起こらないと誰が言える?彼女を侮るつもりはないが、傷つけられて平気という者はいないだろう」
「……そこまで言うなら、お前が見てやれよ。それが一番だろう?」
「いや、俺は……本当に彼女のことをわかっているとは言えない」
「どうした、弱気じゃないか」
ヒュエルガンは意味もなく傲慢ではないが、人についてはかなり鋭く、自信があったはずだ。
それが、弱々しいったらない。
ヒュエルガンはふっと笑い、流し目でカレスを見た。
「……最近大失敗したからな……」
「あ」
自信喪失して、ずっと尾を引いていたのか。
カレスは頭を頭を抱えそうになった。
「……まあ、ここにいる間は見ててやる。何か気づいたらお前に言う。それでいいか」
「ああ、すまない、お前にまた頼ってしまう」
どうやらまだ癖が抜けないらしい、とひどく弱った顔で笑うので、せめて酒をついでやった。
パーティーまでの2日間、それまで公宮で進めていたマナ歪と永久機関の研究を皇宮魔導師たちと共有し、その他の魔法などことも話し合って有意義だった。
皇帝は毎日晩餐だけは参席し、カレスは客人の扱いだった。そう望んでいたので、これは配慮してもらったのだろう。
クアフェナ嬢は、侍女のようにいろいろカレスについてくれて、けれど大した交流はなかった。あちらが徹底的にあたり障りのない態度だからだ。
(想像以上に手強い)
同時に、皇帝にとってはとてもいいパートナーだろう。喜ばしいことだった。
だが、カレスは彼女にとって敵なのかもしれない。
「パーティーのお召し物でございます」
「……え?」
当日の昼頃になって、さすがに忙しいと朝からいなかったクアフェナが、カレスのところに戻ってきた。
一緒にやってきた侍従とメイドが、恭しく持ってきたのは、パーティードレス一式だ――カレスの。
白と青が基調の丈が長いジャケットに、同じく白いズボン。ベストは濃紺で、銀糸の刺繍が入っている。クラヴァットは光沢あるチャコールでレースに縁取られ、タイピンは赤い宝石が小さく中央にはまったブローチ型にホールにつながる銀鎖。靴は磨き上げられた黒のプレーントゥに、シルクのシャツ、乳白色の石があしらわれたカフスボタン。
生地も造りも一級のドレスである。
「……なぜ?」
「皇国の守護神であるカレス様には、ふさわしい装いをと、私の真心と思ってくださいませ」
「……はあ?」
優雅に一礼するクアフェナに、さすがに怒りが湧いてくる。
だが、このレベルの衣装を彼女が用意できるとは思えない。
「……ヒュエルガン……皇帝は知っているのか?」
「もちろんです。カレス様にふさわしいものを用意せよと言ってくださいました」
「……どうであれ、あいつは知っているのか」
頭が痛い。
カレスは今まで、皇宮魔導師としての一線を越えないように、衣装は持たずにローブで済ませていた。公式の場では式典用の上等なものだが、ローブはローブだ、自分を主張するつもりはなかった。
それが、もう国を出たあとに、これだ。
まったく、油断できない。
「……わかった。だが、今日が終われば説明してもらう」
「……感謝いたします」
クアフェナは、どこかほっとしたようだった。
まさか本当に真心とでも言うのだろうか。
まあ、もう用意されているのだ、どうも断れない雰囲気が強くて、カレスはしかたなく新調したローブから手を離した。
メイドの手を借りながら着込み、夕方のパーティーの時間になった。
会場は皇宮の大ホール。
婚約発表なので、正式な儀式ではない。華やかに着飾った貴族たちが皇帝のパートナーの紹介を聞き、祝うだけの宴だ。
皇帝が一通りの口上を述べ、あいさつが終わるとダンスになる。もちろんヒュエルガンとクアフェナ嬢の組み合わせが一番の注目の的だったが……クアフェナのドレスは、皇帝の正装の隣にあってギリギリの華やかさだった。
薄緑色のボリュームあるドレスに、レースが重ねられふわりふわりとステップに従って揺れる。けれど宝飾のたぐいは小ぶりで量も少ない。だから頭上のティアラが映えた。
ふたりとも、幸せそうなので、言うことはない。
踊るつもりがなかったカレスは、それを遠いところから眺めていた。
ダンスが一曲終わってから、参加者は食事と談笑、ダンスに各々参加する。
カレスはしがらみの多い皇宮だから、隠れるわけにいかなかった。
というより、真っ先にダンスが終わった皇帝とそのパートナーに声をかけられた。
「……よく似合っている」
はにかむように、ヒュエルガン。
嫌味か、といつものノリで、半分苛立ちながら言いそうになった。自分の顔がそこまで人の目を引くものではないのを知っている、この衣装の格に合わない。
「ありがとうございます。この身に余るご厚意」
「そう言うな、たしかに大げさかと思ったが……そうでもなさそうだ」
ちらりと皇帝が視線を送った先、どことなくこちらを意識しているような人々がいる。
……いや、皇帝とそのパートナーの順番待ちだろうと、その時は笑って適当な会話で終わらせたのだが。
「カレス殿!新天地ではいかがお過ごしですかな」
「銀雪公宮は魔導師の楽園!私はついぞ招かれることはなさそうですが……」
「マナ歪を封印したと!?素晴らしい偉業です……!」
「噂によるとマルエディ族が皇国に関わっていたと?」
噂とカレスの去就に興味津々なものと、魔導師らしいことで頭をいっぱいにしてきたものと。
なかなか注目されている。
(はあ、めんどくさ)
久しぶりの視線の多さだ。公宮に馴染んで、誰も表立ってはカレスを特別扱いしなくなっていたからずいぶんと気が緩んでいたらしい。
そうしてしばらくひっきりなしの人の相手をして。
偶然だろう……クアフェナの近くに来た。
ヒュエルガンは近くにいるが、重客との会話が弾んでいるようでクアフェナには気を払っていない。
だから、彼女がどんな人の言葉と視線にさらされているか、分からないはずだ。それを、隙ありと狙った者たちがいたということだ。
「……辺境の子爵令嬢とか」
「どおりで野暮ったいと思いましたのよ、あのドレス」
「ふむ、しかも実家では剣を振り回す野蛮な娘と評判だとか」
「だが、魔物と公爵の尻拭いに必死になっている田舎貴族の娘が、この場に我が物顔でいられるのはなかなか見どころがあるとは思わないか?」
「魔物は倒せても、どうせ皇宮ではそのなまくら剣は持って入れませんからね」
クアフェナは、無視をしているが、さすがに顔色が悪い。
しかし、それでもピンと背筋を伸ばしてその場に立っているだけでも『見どころがある』。
ただの田舎令嬢が、品も心もない陰口に泣きもせずに耐え忍ぶとは。
――放っておいても、きっと彼女は大丈夫だろうと、カレスは思う。
けれど、ヒュエルガンのあの情けない顔が浮かぶ。
(公爵の尻拭いなんて、聞いちまったしな)
元公爵令息の大義名分をくれてありがたい。
「……先の南部の魔物襲撃は、過去にないほどのものだったとか」
腹から声を出した。
ぎょっと、会場の全員が、比喩ではなくカレスを振り返った。
しん、と静まり返った会場と、数百人の視線。
嫌いではあるが得意な方だ。目立つことは。
「死力を尽くして騎士団と皇宮魔導師が平定に努めたと。私は……おっと、以前は皇宮魔導師筆頭などと呼ばれておりましたが、当時は病に臥せっており、毛のほども役に立ちませんでした」
ひゅ、と誰かが息を呑む音。
「南部平定後、真っ先に南部の復興へキャベリー公爵が乗り出したと」
気まずそうに何人か目を逸らし、何人かは顔色を悪くした。
「騎士団が立ち往生しそうなほど疲労困憊で戦線から引き上げたさい、休憩をと土地と食料を提供したのは南西諸侯だったとか。代表としてブラックヴェス子爵はその忠義に勲章を受勲されるそうだ」
陞爵も決まっていると聞いたが、どこまで言っていいものだろうか。困惑したようなクアフェナを見たが、分からなかった。
カレスは持っていたグラスを軽く回す。
「ところで、その南部平定後も増えた魔物と戦う南から西の諸侯は未だ安息を得られないと聞く。中には勇敢な令嬢が、領地を守るために兵を率いて前線へと赴いたという」
カレスは肩をすくめた。
「立派ですね。一方で、私は情けなくも病で動けず皇都にこもっていたわけで……誰かさんが催した兎狩りに参加するのがせいぜいでした」
ざわ、と会場がざわめいた。
気づいた皇帝が、顔色をなくしてクアフェナの傍に行き背に手を回す。彼の一瞬彼女に向いた目は、すぐにカレスへと戻ってきた。
傷ついたような目だが、皇帝がそういう顔はすべきじゃない。
「誰かさんたちは、皇国を跋扈する魔物よりも皇宮に放たれた兎にご執心でね、けれど狩りの作法も知らないのか、弱った兎すら逃したのですよ」
鼻から漏れる笑い声は、これはどうしても堪えられなかったカレスの失敗だが、誰も何も言わなかった。
「笑い草だと思わないか?どこぞの令嬢に剣と忠節を学ぶべきだと思いますがね」
「……そうだな」
意外と、ヒュエルガンの立ち直りが早かった。
彼は困惑しきりのクアフェナに笑いかけた。
あの『兎狩り』の話は皇帝の数少ない禁忌と知っている貴族たちも多い。余計な口をきくと、以前ならともかく今ではどうなるか分かったものではないと黙っている。……中には忌々しそうな顔をしているものもいるが。
「私は幸運にも、剣と忠節の両方を持ち合わせたご令嬢と戦場で出会った。……彼女は私の目の前で魔物を屠ったのだ」
それは知らなかった。
キャベリー公爵の土地を管理し、その隣領の貴族派の伯爵との軋轢に耐えているブラックヴェス子爵は、娘の勇敢さについては皇帝に自慢するほどだったというのは惚気られたが、詳しく聞く時間がなかった。
(筋金入りの戦士だな)
肝が据わっている理由も分かった。普通の令嬢として扱うのも彼女には失礼だろう。
さっきの耐えていたらしいのは、口だけの貴族に怒りに任せて胸ぐらを掴まないかということだったかもしれない。なんとなくそう思う。
「それを見たとき、彼女なら、クアフェナなら私とともにこの皇国の苦難を乗り越えてくれると確信した。あるときは雄々しく、それでいてこのように慎ましく淑やかな彼女にこそ、皇后の座はふさわしい」
皇帝は堂々と声を張り、これ見よがしにクアフェナの手を握り引いた。
「今日は集まってくれた皆に、未来の皇后の名を胸に刻んでほしいと願う。近き未来、輝かしい皇国のふたつの頂が揃うのだから」
よく分かっている、皇帝派が歓声を上げる。
拍手に包まれる広いホールに、カレスは安堵のため息をつく。茶番は終わった。
(……兎は可愛らしすぎたか)
狐くらいは見栄を張ればよかったかもしれない。
なにはともあれ、頼まれた分の仕事はしたはずだ。
あとは――なぜか非常に困惑したようなクアフェナの、不可解な様子の弁明を受けなければならない。
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