Fly Away

鹿音二号

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老人は猫の夢を見る

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「お昼はまだかいのぉ」
「さっき食べたばっかりだろ、じいさん」

適当に返事をしながら、カレスは本を手に取った。ホコリを被っているが、かなりの名著だ。

(一度読んでみたかった)

にんまりと顔が緩む。
なにせ皇国では魔導書なんてものはなかなかお目にかかれない。公宮は最新の論文から伝説級の魔導書まで、何でもそろっている。
魔導師の楽園は伊達じゃない。

「今日は曇りかね、暗いのう」
「お外は青空だぜー散歩に行くか?」
「溶ける」
「ぶは」

腕に抱えた本はもう5冊目だ、さすがに重くなってきた。
このへんで今日はやめるべきか。
本を抱え直し、カレスは本棚に背を向けた。壁一面本棚で、みっしりと詰まった書籍は全部が魔導師垂涎だ。
部屋の真ん中、すぐそこのテーブルに、老人が腰掛けていた。小さく背も縮んで、しわくちゃの真っ白である。

「じいさん、読ませてもらうぜ」
「猫?猫は飼っとらんのう……宮の周りに野良がうろついてはおるぞ」
「ああ、たまに見かけるな」

だが、カレスは猫に嫌われるので、遠目にしか見たことはない。
老人とは会話にならないのはもう知っているので、気にすることなく彼の向かいに座り、そっと一冊目を取り上げて表紙を開く。

「……はて、お前さんはどなたかな」
「カレスという、よろしく」

もう何度目かの名乗りを上げた。
もうだいぶ耄碌してしまったこの老人は、娘と弟子のことしか覚えていない。カレスなんてつい最近宮にやってきて、すぐに去るものだ、こうやって一目会えるだけで幸運だった。

「……猫はたまーにいたずらが過ぎるでな、魔法で捕まえて脅してやったら、次の日にはネズミを取ってきおった」
「教育行き届いてんな」
「……はて、今日は何日だったかな。薬草の生育の当番は……」
「当番はちゃんとやってるよ。……たぶん」

薬草を育てる担当がいるとは知らなかったが、まあハルニアナがちゃんと管理しているだろう。

「……皇国の魔導師は、尊い犠牲であった」

思わず、頁をめくる手が止まった。
見上げると、じっとカレスを見る薄紫色の瞳とかち合う。

「彼らに責はない。褒めたたえられてもおかしくはない。口惜しいのう……」
「……そうか、じいさんは知ってたんだな」

嬉しかった。
真実は伝わっていた。
忘れ去られるのは皇国がそう望んだから。
ゆっくりと、まばたきをする老人の、瞳はまた濁ってしまった。

「……フデンイ式にミェン文字を代入するとな……爆発する」
「ぶ、くく、世紀のバグってやつだな」

なぜか全部爆発魔法になるのだ、原因はよく分かっていない。

「あんたが見つけたんだっけか」
「髪がぜんぶなくなってのう」
「あははそりゃかわいそうにな!」
「……ずいぶん盛り上がってますね」

扉が開いて、ハルニアナが入ってきた。

「笑うことなんてありましたか?」
「フデンイ式のミェン文字のバグについてだ……くく」
「父の武勇伝ですものね」

呆れたようにハルニアナはため息をついた。

「ウケが良いので、誰彼構わず話してるようで」
「そりゃ誰にでも話すだろうよ、世紀の発見だ」
「楽しいならいいですけど。……見ていてくださってありがとうございました」
「いや、貸出料にしちゃ安い」

この本棚の本は前宮主のコレクションだ。
それを老人の適当な相手をすることで借りれるのだから破格だった。
ハルニアナは眼鏡を押さえて薄く笑う。

「もう今日は大丈夫なので……」
「ああ、じゃあお暇する。じいさん、またな」
「おお、ベリトール式には第5列式は接続できんのでな」
「……初耳だ」

ハルニアナを伺うと、動きが止まっている。きっと、魔法式図を頭の中で書き起こしているのだろう。
カレスも帰ったら図面を引こう。

今度こそ挨拶して部屋を出て、自分の研究室に帰る。
珍しく誰もいなかったので、まっさらな紙を取り出して、思いつく魔法式をありったけ書き起こした。
途中、ミニデュアムがやって来た。しょっちゅう来るのだが、いかに暇をしているか分かる。
彼は、カレスの夢中になっている魔法式図に、目を見張った。

「……君が?」
「いや、前宮主だ」
「あの爺め……」

忌々しそうに呟くミニデュアムが面白かった。
適当な椅子に座り、カレスの作業を見守るようだ。

「まったく、せめてハルニアナにくらい全部を教えててくれればよかったのだ」
「あんたでも全部引き継げなかったのか」
「ああ、あの爺の200年分の知識はもうめちゃくちゃな量で、本人も大雑把なものだから……僕らがどこまで教えられたかなんて、誰にもわからない」
「長く生きるとそういうことになるんだな」

前宮主……先ほどの老人は、ハルニアナの実父で、彼女とミニデュアムの師だった。
もう200年以上生きていて、その知識はおそらく世界一だ。
けれど、悲しいかな、全てを伝えきる前に、呆けてしまった。

ハルニアナは遅くにできた唯一の子で、生まれる前に師事していたミニデュアムはもちろん彼女より年上であり、知識量でも勝っていた。
ミニデュアムの実際の年齢は60歳。見た目は20代後半なのだが……魔導師というものは、だいたいそうなってしまう。魔力が多いと、特に長寿の傾向にある。

カレスにもその傾向はあって、もう30代にも迫るというのに、見た目は17,8歳くらいだ。
ただ、魔力はもうなくなった。
ミニディアムですら、魔力をすべてなくした魔導師というものは過去の数例しか知らず、ここ100年はない事例だとか。

これからどうなるのか、ある意味カレスの今後の人生は実験だった。
それはそれで面白いかもしれない。
日記でもつけるべきか、と最後の数字を書きながら、

「……あんたも、ちゃんと重要なことは書いておけよ。また次の宮主が困るだろ」
「…………」
「おい」




+++++++++++++

更新の順番を間違っておりました、失礼しました。
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