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全部まとめて、治りやがれ
しおりを挟む魔物数――無数。
夜ではあるが、闇を透かして遠見ができる魔法があるにも関わらず、数え切れない、と悲鳴じみた報告が上がった。
鐘の音は、公宮に張り巡らされた魔法の警告音。
魔物の侵攻を察知すれば鳴る。
6回以上鳴れば、かなりの群集。
ずっと鳴り響いていたのが、つい先ほどようやく消えた。
「あと30分で敷地に入ります!」
「……宮主が行ったわ。そうそうすぐに入ってこないでしょう。ですが、デューだけに負担はかけられません、いくら宮主であっても……」
急遽対策室になった宮主の部屋で、ハルニアナは地図を睨みつけている。
「……東だと、こっちが到達点になるな」
カレスが指さすところに、ハルニアナは頷く。
「ええ、でも多数なら……」
「一気に面でこられるとまずい。皇国(うち)だとこの場合……」
様子を聞くと、見たこともない量で襲ってきているようだ。だが、それを差し引いても、ハルニアナにしろ宮中が慌てふためいているような気がする。
ハルニアナはカレスの教えた戦術に頷き、指示を飛ばした。伝令係が部屋を飛び出していく。
「……数百年、大群になんて襲われてないの」
「なに?」
「襲われない理由があるの。だから、ほとんどの魔導師たちは初めての魔物討伐よ」
「……は、かなりまずいな」
頭をかく。
ともかく、宮の内部だけでも整えて備えなければ。
(自分が、出られれば)
魔力がないことがこんなにも歯がゆい。
「ミニデュアムは真っ先に出て行ったけど……」
「デューや数名は頼まれて外の国に応援に行くことがあるわ。攻撃魔法も得意よ、心配したら彼は怒る」
「……そう、か」
なら、いったんは忘れることにする。
「けが人が間違いなく出る。治癒専門は」
「……ひとり、いるけれど」
「ひとり!?」
あまりの少なさに、カレスはぎょっとした。
まずい、被害がどうなるかわからない。
ハルニアナは慌てて首を振った。
「言い方が悪かったわ。専門で研究室を持っているのはひとり。けれど弟子は5人いるわ」
「でも足りない……!」
「それに……彼らも初めてで……魔力量もそこまであるわけじゃないわ」
「それでもないよりはましか。エントランスホールに、治療班を編成して、待機させておけ。ありったけの魔力補充アイテムと薬品薬草に包帯、水も」
「え、ええ」
「前線で一番多いのは魔力切れだ。すぐに補充できるように。少しでもケガがあったら下がらせろ。後方に医療班も1つくらいは待機させたいが……」
「分かりました。編成します」
「……ある程度、肝が据わっているやつを使えよ。ただ震えるだけの小鳥を飼えるほど余裕がない」
「……分かったわ」
ハルニアナはぐっと拳を握った。
「あとは……」
「敷地に最接近しました!すでに宮主が応戦!」
さっきとは別の伝令係が部屋に入ってきた。
「人員が足りません!どなたか……」
「マローンさんは出た?至急研究室ごと頼んでちょうだい」
「ハルニアナ、俺でいいならここで留守番している」
カレスも出しゃばり過ぎかと思うが、あまりにも統制が取れていない。少し口出ししようが変わらない気がした。
しかし、ハルニアナは目を輝かせた。
「……ええ、独自の判断でなさっても構いません!お願いします!」
「信用しすぎだろ」
「そこは任せろと言い切ってほしいですね」
ほとんど部屋を出かけて、ハルニアナはかろうじて笑みのようなものを浮かべた。
「宮主と近いものを感じます、貴方には」
数十分後に敷地内に侵入。
外側の建造物の前で防衛線が築かれ、1時間以上膠着状態に。
「……怪我人多数!次々と運ばれてきて……」
カレスが待機している宮主の執務室に、伝令係が青くなって駆け込んできた。
「お前が見た人数は?死者重傷者はいるか?」
「わ、私が見たのは十数人……死者はいませんが、重傷者が数人……」
「お前はここにいてくれ!すぐ戻る!」
とうとう重傷者が出た。
嫌な予感がして、エントランスに向かう。
――そこには、想像通りの光景が広がっていた。
床に寝かされた数十人の魔導師たち。うめき痛みで暴れる患者を押さえ、それを手当てする人が……圧倒的に足りない。
治癒魔法を使っているのは2人だけ。
……6人いる予定だが。
「ハルニアナ!どうなってる!」
やはり状況を見に来たのだろう、混乱の中に懸命の指示をしていたハルニアナが、こちらを見て目を見開く。
「え!?ええ、……この状態よ……まだ怪我人の収容に手間取っていて、」
「増えるのか。治癒魔法は」
「ひとりは外へ行ったわ。もう3人はその、」
「もたなかったか」
精神力だ。
仲間がひどい怪我を負って戻ってくるのを、何人も見ているうちに心が折れた。
新人にはよくあることだ。
どうするべきか……
「……」
ふと、足元に転がっている瓶に気づく。
この瓶の形は見覚えがある。
それを拾い上げた。
「え?」
呆気にとられたようなハルニアナの声を聞きながら、カレスはその中身を飲み干した。
「貴方……っ」
「一番の重傷者は!」
叫ぶと、向こうに手が上がった。
「こっちだ!」
行けば、ほとんど呼吸も危うい魔導師がいる。
(内臓破裂……肺に折れた肋骨が)
ごふ、と口から血が出た。
その胸に汚れるのも構わず手を当てる。
「カレス殿……!」
「ああ……」
治癒魔法は、皇国の魔導師の一番得意とするところである。
なぜなら、魔物討伐でもっとも使われる魔法だからだ。
魔法式を思い浮かべる。魔力回路に駆け巡る魔力。以前よりはっきりと分かる。
式に魔力回路を当てはめ……発動。
淡い光が、怪我人を包む。
完全治癒。内臓も手足も、傷ついたところはすべてみるみるうちに戻っていく。
「……ダメージは残っている、横向きにして気道確保、安静に」
「へ、あ……助かった……!?」
近くで見ていた介抱人が、驚愕している。
それを気にするひまもなく、カレスは立ち上がった。
「次!死にかけてるやつから看させろ!あとマナ水持ってこい!」
次々に運び込まれる怪我人。
カレスは何もかもを考えることを放棄して、治癒に勤しんだ。
魔力枯渇状態が通常になってしまったカレスに、急に流れる以前に匹敵する魔力。
魔力過剰と、その量を扱うため魔力回路がヒートする魔力酔い。同時に発症すれば、それはもうつらい。
何度か吐いた。途中、水魔法が得意なものに頭から被せてもらった。
だが、やめるわけにいかない。
目の前に息が止まる寸前の怪我人がいれば、治すの一択だ。
「次……!」
「こちら……いえ、だ、大丈夫です!」
意識があるらしい怪我人は、首を振った。怪我も、動けないらしいが手当てをすれば危険はなさそうだ。
「お休みください、カレス様!」
「どうやら魔物もだいぶ減ったようで……」
「……」
なら、次は外だ。
「お待ち下さい!充分です!貴方様が壊れてしまう……」
「うるせえ……」
すがってきた手を振り払って、外に出た。すでに早朝で、朝日が宮を照らしていた。
本館を回って、裏手に、ふたつの建物。その間を抜けると……
ぐちゃぐちゃだった。
魔物の死骸だらけで、足の踏み場もない。
よくぞここまで、という量だ。
「すげえな……」
さすが銀雪公宮。
騎士はほとんどいないと聞く。それでもこの戦果なら、皇国の魔導師たちの上を行く。
足の踏み場もあるところ……全員まとまって休んでいるところを見つけて、カレスはふらりと歩く。
「……カレス殿!?」
「だ、大丈夫ですか!?血まみれで……」
「……ああ、そういえば」
怪我を見るために散々触っていたから。
「それより、怪我人は……」
ふと、近くに、ほとんど息のないようなありさまの魔導師が転がっている。数人が取り囲んで……すでにお葬式の雰囲気だ。
だが、生きている。魔力がわずかに動いているから。
その魔導師の近くに膝をつく。
「誰か……魔力が残っていて、移植できるやつは……」
「……無理です、移植したところで……」
半泣きの男の手を強引に握る。
「そうじゃない」
もう何回目目か、数え切れない治癒魔法の発動。
「俺にくれ」
やっと理解した男の、目に力がこもる。
流れてくる魔力を、すべて魔法に注ぎきると、死にかけの男は息を吹き返した。
「危機は脱した……ただ、治療は必要だ」
「……っ」
魔力をくれた男は泣き出してうずくまった。
「……次」
「ありがとうございます!もう、もういいです!」
目がかすんできた。
周囲の人が群がってきたが、その隙間の見えるところにでさえ、意識がなく血を垂れ流しにして地面を濡らしているものがいる。
「治す。黙ってろ」
「……本当に、なんなんだろうな君は」
――聞き慣れてきた、心地よい声が聞こえた。
その場全員が沸いた。
「宮主!」
「ほとんど片付いた。向こうで最後の殲滅をやっている。で、君は……治癒魔法を使っているとは聞いていたが」
「おお、話がはやい……」
銀色の男に、手を差し出す。
「魔力、よこせ」
「何を言っても聞かないみたいだな……まったく」
ふわりと、ミニデュアムが笑った気がした。
「好きに使うといい」
ぎゅっと、手を握られる。
とたんに、ぶわりとカレスの魔力回路が熱くなる。
魔力酔いの気配……だが、それ以上は熱くならず、一定の量が流れ込んでくる。
ふわふわとして、心地がいい。
ああ、なんでもいい、この魔力があれば、それで。
「次……いや、」
面倒だった。
魔法式をありったけ付け足して、発動。
魔力に反応して、空気がざわめく。
「全部まとめて、治りやがれ」
周囲の者、すべてに治癒の魔法を浴びせる。
内臓が傷ついたものはその傷を、骨を折って動けないものは骨の修復。小さな怪我なら一瞬で治る程度の。
その場所の全てが淡く光る。
朝日と混じり、幻想的な光景が広がり、一瞬状況を忘れて全員が、黒髪と銀髪の力ある魔導師たちに見惚れた。
行き渡った――と、カレスが思ったと同時に。
全身の力が抜けた。
がくん、と、まるで高いところから落下する感覚。
悲鳴と、叫び声。
「本当に……君のことは分かったつもりでいたけど、やっぱりよく分からないな」
その苦笑する柔らかい声を聞きながら、ふっと意識を失った。
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