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崇拝事情
しおりを挟む腹は空いていない、と思っていたが、目の前に出されて食べないわけにはいかず。
けれど、ひとくち含んでみればわりといけた。柔らかく煮込まれたパン粥は、おいしかった。
体調は悪くない。医師の知識もあるイシュイトに診てもらったが、体自体には問題はないようだった。まだ疲れはあるが、休めば回復するだろう。
相変わらずカレスはミニデュアムのベッドを占領している。ここに運び込んだのがミニデュアム本人で、別のベッドを他の部屋に置いてそこで寝ているのだから構わないと言われてしまった。
「今君が意地を張って部屋から出るほうがまずい」
「……そんなに」
ミニデュアムも、カレスも苦い顔になる。
真っ先に戦いに出て魔物の半分を倒した宮主もだが、死者を出さなかったカレスもとんでもない感謝と尊敬、崇拝までされて宮中が異様な熱気だとか。
姿を見せていないため、大きな問題にはなっていないらしいが、不用意に外に出るのだけはやめたほうがいいのはカレスも十分理解した。
「……またか」
「やはり、永久機関を修復したときも?」
「ああ。これは皇宮魔導師の重役しか知らないことだったが……全員から毎日何かしら見舞いと訪問と礼状が届くんだ、回路がめちゃくちゃで熱出しながら相手して整理して……」
「そこでやめろと言えばよかったのに」
「率先して顔を出すのが皇帝だったんだよ、退路がふさがれてる感じ」
それでもやめろと言うべきだった。今なら分かる。
崇められたくてしたわけじゃない。
「もう少ししても改善しなかったら何か対策する予定だ」
「ああ、頼む」
「あと、今僕の研究室のやつらにマルエディ族とマナ歪(ひずみ)のことをまとめさせている。永久機関はいっさいここには資料はないから返答できないが」
皇帝への返答だ。たしかに、早いほうがいいだろう。どうせ、返事するだけでは終わらない。
「ああ、感謝する……って、あんたの研究室?」
「そうだ」
「……何してるんだ?」
「マナとマルエディ族のことについて」
「……すげえなおい」
ひとつも進まないと分かっている研究を、宮主自ら行えるとは。
普通は自国の利益が最優先になるところを、時間を無駄にしている。
やはり銀雪公宮はすごい。
「ロマンだろう。これをやらずして魔導師を終われない」
「普通はやろうとも思わねえけどな」
たしかに、世界の命題ともいってもいいし、謎ばかりで一生研究できるだろうけれど。
楽しそうだな、と思う。好きに研究をやって、誰からも何も言われない。
必死に皇国のために、皇帝のために魔法を磨いてきた自分には縁遠い。まあ、それでも魔法は面白かったし、後悔はしていないが。
「こちらはもう少ししたらまとまるだろう……それより、」
また、ずい、とミニデュアムは体ごとカレスに寄せてきた。慣れては来たが、やはりいきなりは心臓に悪い。
「君が、あの時何をしたのか、詳しく教えてくれ」
「あの時……?」
なんのことだ。
ミニデュアムは不思議そうな顔をする。
「最後だ、僕の魔力を使って、その場の重傷者全員を治療可能まで回復した……」
「……ちょっと待て、俺が?」
「え?」
きょとんと顔を見合わせ……それぞれ別々の表情で頭を抱えた。
「覚えてない!?」
「待ってくれ、少し覚えているような……」
カレスはうんうん唸って、記憶を掘り返す。本館のエントランスで治療が終わり、外に行って……
「あ、あんたに魔力をもらったのは思い出したぞ、それで?」
ただ、具体的にどういう魔法を使ったか思い出せない。
なにか、必死に魔法式をたくさん付け足した覚えはあるが……
ミニデュアムは愕然とした。
「……まさか、あれはあの時作った魔法……ということか?」
「……たぶん?」
「あんな大魔法を!?予行なしで!?」
どうやら、そうらしい。
いまだにうっすらとした記憶しかでてこないので、いまいちすごさがピンとこない。
一回の魔法で、重傷者を数名以上治すとは……謎の魔法である。
自分がしたらしいが。
首を傾げているカレスを尻目に、ミニデュアムはうっすらと笑う。
「他には?」
「他?」
「なにか、覚えていることは?」
ふと、彼の声のトーンが低くなっていることに気づく。
怒ったのか?と様子をうかがったが、そういう気配ではない。
むしろ、うれしそうな……
「カレス」
呼ばれて、ビクリと肩が震えた。
ミニデュアムはふと手を伸ばし、シーツの上にあったカレスの手を取る。
「!?ちょっ、」
「僕は、あの時の感覚が忘れられないんだ……」
ことさらゆっくり、低く声を響かせて――カレスの手をそっと自分の口元に持っていくミニデュアムを、呆然と見ていた。
手の甲に、柔らかい感触。
「君は感じなかったのか?あの、どこまでも飛んでいけそうな感覚……」
「え?え?」
「僕は、自由だと思っていた。けれど、あの感覚を感じてしまったら、もうそうは思えなくなってしまった」
「ミニデュアム……何を言って?」
「君に魔力を移植した時に、そう感じた。初めての感覚だった……心地がいい……」
うっとりと、カレスの手を頬に擦りつける銀色の男に、ぞわりと背筋に走るものがある。悪寒かと思ったが……続けて頬が熱くなる。
どうやら、見てくれがいいと男でも見惚れさせることができるらしい。それくらい、艷やかだった。
その、銀色の瞳が不可解な光をたたえて、カレスを貫く。
「カレス、君が欲しい」
「……へ?」
「僕のものにしたい。誰にもわたさない、ずっとそばに繋いでおく」
「は、……え、あ?」
ミニデュアムがベッドに登り、膝でにじり寄ってくる。
何を言われたのか、半分理解できなくて、カレスは本能的にベッドの端へと下がる。手を掴まれたままだ、逃げられないのに。
ミニデュアムは、ねっとりとした笑みを浮かべている。陰湿だと思うのに、ぞっとするほど美しい。
その銀色の目に捕らえられて目が離せない。
「皇帝のもとになんか、返してやらない」
「あ?えっあっ」
手を引かれ、そのままシーツに倒れた。
すぐさま上に覆いかぶさられて、逃げる余地がない。
ここまでされて、さすがに意味が分からないほどではない。
今すぐにでも、彼の目の届かないところに行きたい。
ただ、焦りはあってもなんだか危機感がない。
今までだって色々されていたのに、覚えているのに。
ミニデュアムの長い髪が、その肩からさらりとこぼれ落ちた。
「……抵抗しないのか?」
「え……あ、あー……」
「それとも言ってる意味が分からない?男だからありえないなんて凡庸なこと、僕の前で言わないでくれよ」
「や、その……」
確実に、カレスを性的に見ていて、今にも食いたがっているという――
ぼっと、自分でも分からないうちに、体温が上がった。
絶対に顔が赤い。空いた手で顔を覆うと、ふっと笑う気配がする。
「分かってはいるいみたいだな、よかったよ」
彼の言う通りだ。
分かっていて、さらに自分は、どうしてか嫌悪も拒絶もないらしい。
どうして、と戸惑う。
けれど、今までのことを思い返すと、さんざん距離が近かったミニデュアムにひとつも拒んでいないのだから……そういうことだったのだろう。
ただ、全部が納得できるわけじゃない。
「……お前さあ、どうしてそんないきなり……」
「いきなり?キスしたじゃないか」
「うっ……そうじゃなくて」
「逃げるならあの時が最後のチャンスだったよ、今思えばな」
「うう、違うって、いきなりサカる理由だよ!まじめに話してただろうが!」
「ああ、思い出したから」
「思い出す……ああ、自由とかなんとか」
「……時間稼ぎなら無駄だよ」
顔を覆っていた手も掴まれ、シーツに押し付けられて、とうとう動けなくなった。
上からのしかかり、見下ろしてくる美しい男が、どこか野生の動物に重なって、今から食われる獲物の気分だ。
……間違ってもない。
「今ならこれでも引ける気がする。でも、どうせ数時間後か、せいぜい数日かの違いだと思う。君を抱くよ、僕は忍耐強くない」
「うぐっ」
「……どうする?無駄に数日延長する?この部屋から出る?君の信者にもみくちゃにされるだろうけど」
最後はいやに刺々しい声で、そっと耳元に吹き込まれて、思わず震えた。
「……ひとつ聞きたい」
「なんだい」
「これは、お前のいう自由とやらのために、俺をどうこうする必要があるのか?」
話の流れとしてはそうなのだ。
事情があるのか、たったそれだけのために、カレスを抱こうとするのか。
まっすぐ見返すと、ミニデュアムはきょとんとした。
「ん?ああ、何か誤解があるのか。さっき言ったのは最後のトドメにすぎない。僕は……」
ミニデュアムは笑った。目を細めて、どきどきするほどきれいに。
「君のことが特別に思える。たったひとりだけにかかりきりで、看病を苦痛に思ったことがなかったのは初めてだよ。自分の手で君を回復させることが、こんなにも浮かれるものだとはね」
そうだ、誰かのためになんて出来ないと、彼自身明言していた。
「もちろん、君が、魔導師として特殊というのも外せない要因だけど……こういう答えで合っているか?」
「……充分だよ……」
予想以上の答えだ。
顔が熱くて火を噴きそうだ。
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