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離れた時間と遅まきの真実(1)
しおりを挟む銀雪公ミニデュアム。
その名は昔は年中雪が降っていた公宮を指したものだが、当代宮主はその外見に持つ銀色と、冷たい美貌にほとんど彼自身をあだ名しているようだった。
たしかに、公式の場で表情の薄い彼に会うたびに、その名を実感していた。
ヒュエルガンの隣で騒ぐ幼馴染を相手にもせず、温度のない銀色の瞳でちらりと確認するだけの、およそ感情を見せない冷たい雪のような男。
だが――
それは、彼の本当の姿だったのか。
今、目の前で繰り広げられる、殺戮。
敵は魔物だ、突然公爵領に十数体で襲いに来た。
数体は別の場所へ向かったようで討伐隊に追わせ、残る10体は知らせが届いたときにはすでに公爵の居城の目と鼻の先にいた。
騎士である皇帝とその従者と麾下の騎士団と皇宮魔導師たちが滞在しているときに、魔物のほうが不運だった。
けれど、さらなる不幸は、銀雪公を迎え入れていたことだった。
ミニデュアムは、国の皇帝がいる前で、遠慮もせず、無造作かつ端的に、魔物を屠り始めた。
魔法だろう、何か光るものが高速で宙を飛び回っている。それは銀雪公の手が示す先、魔物がいるところへ光の残像だけ残して奔っていき、数秒の間に魔物はぷっと体液をどこからか噴き出し、地面に倒れた。
速い。
またたく間に――全滅した。
ぽかんと成り行きを見守っているだけだったヒュエルガンと騎士たち。
「大人げないんですから……」
と、公宮からの同行者の眼鏡のほうがボソリと呆れたように言うが、どういう意味だろうか。
いまだに剣を握ったまま、皇国側が首を傾げていると――
「……それ!俺の!魔法!」
後方から、叫ぶ声が聞こえた。
カレスだった。彼は安全のために後ろに下がっていた。
彼とは再会した日からろくに話せてもいない。まだ心の整理がつかないし、なにより、公宮側の人間、特に銀雪公と行動を共にしていることが多く、話しかけるタイミングがない。
彼が今この場に出てきているのは……おとなしく城に残っていられなかったのだ。
魔法が使えた頃は、魔物と聞いたら騎士団を差し置いて飛び出していったカレスだ、いくら力がなくなってもそうそう変わるものではないらしい。
普通は魔導師といったら治癒魔法を使うのだが、カレスは性格ゆえか、暴れまわるのは止めようがなかった。
そのカレスが、なにがあったのか怒り狂っている。
「盗りやがって!なに改良してんだ!バカ!」
足を踏み鳴らし、キーキーと喚く姿は……なんだか懐かしい。
そうだ、子供の頃は、よくそんな彼を見ていた。
負けず嫌いで見栄っ張りで、けれど素直に悔しいことは悔しい、怒っていることは怒っていると素直に態度に出していた。
それが……いつの間にか、そんな姿でいることも少なくなっていた。
「ああ、これはすごくいいよ、カレス」
その喚くカレスに、にっこりと満面の笑みのミニデュアム。
「先の魔物襲撃の時に、一番活躍した。僕の使い勝手がいいようにいつの間にか式図が変わっていたけれど」
「っだああああ!役に立って何より!腹立つ!式図見せろ!」
「……」
「まーた書いてないのかよおおおお!」
ミニデュアムの、以前との印象の違いが、すさまじい。
明らかにカレスをからかって遊んでいる。
あの、寡黙で冷たい男は、どこへ行った。
いつの間にかカレスがミニデュアムの近くに寄ってきていた。
言い合ってはいるが、長年一緒だったヒュエルガンには分かる。
カレスは、ミニデュアムとの会話を楽しんでいる。振り回され気味だと言うのに、嫌がってはいない。嫌なことがあると特に顔に出る男だ、今は……
――赤面している?
しかし、ふたりの距離が近い。気のせいだろうか?
ちょっと動けば体がぶつかるような距離だ。
「そんなに怒るな。今度式図を書こう、一緒に」
ミニデュアムは……そっとカレスの腰に腕を回す。
ヒュエルガンは目を疑った。
あの、カレスが、ミニデュアムに引き寄せられておとなしく体を寄り添わせた。
「割に合わない。なんか他の魔法も教えろ」
いまだかつて、ここまで、幼馴染の甘えたような声を聞いただろうか。
彼は早くから独立心旺盛で、必要以上に誰かの力を借りようともしなかった。
あのカレスが、あれはおねだりのたぐいだ。
……自分だけだと思っていた。冗談めかして多少力を貸すのが限界だったヒュエルガンだけだと。
(……なんだこの、気分は)
幼馴染が遠くに行ってしまったような、寂しさともったいなさ。
そして、自分はなにか、大きな勘違いをしているのではないだろうか。
「いいよ、何でも」
銀雪公があんなにとろけるような笑みを浮かべているのも――どういうわけだろうか。
皇国の者たちは、全員、ヒュエルガン同様に凍りついていた。
銀雪公宮の者たちは、遠い目をしている。
少し間があって、我に返ったカレスが、悲鳴を上げた。
「ぎゃああああ!おま、デュー!やめろこんなところで!」
「君が寄ってきたんだろう」
「文句を言いに来ただけだ!触るな!」
「まんざらでもなかったように見えたけれど?」
「それは言うな!」
「……カレス、ミニデュアム公」
たまらず、ヒュエルガンは声を上げた。
このままではいけない。
早急に話し合わなければ。
「今すぐ、話をしよう、城に帰ろう」
「……お、おう」
「ようやく?まったく、遅すぎる」
「……」
ミニデュアムの言葉の意味を取りかねて、ヒュエルガンは顔を引き攣らせたまま、踵を返した。
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