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21:帝国唯一の神殿1
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「きれいですわ……」
おもわず、といったように、となりのアリッテルがそう呟いた。
それには声を出さずに、ミズリィは同意した。
教会には何度も足を運ぶけれども、このリオーン教の神殿には入ったことがなかった。友達のオデットの家だというのに。
オデットの実家、ハリセール伯爵家は、由緒ある帝国の貴族だ。
問題なのは、その家門が今では異教の神殿になっているということだという。
本来なら、貴族は全員同じ神――帝国の成り立ちから初代皇帝が信仰した神の教会へ入信しているはずだ。
ハリセール家も、帝国ができてからしばらくはそうだったという。
ところが、今から10代ほど前の当主が、突然外国のリオーン教に入信してしまった。
かなり熱心に信仰したため、死後に聖人に数えられ、そうして子孫のハリセール家は帝国で唯一の異教の司祭の役割を受け継ぐことになった。
たしか、帝国を出ずに司祭を務めることが、一番の信仰だとか。
帝国……皇家も、しっかりとした血統の貴族を追い出したりはできないらしい。
このハリセールの神殿は、祈る神が教会とは違うというだけで帝国民のほとんどは用がないところだけれど、リオーン教というのはホーリース帝国では不人気だが、大陸では大きな宗教だそうだ。拝礼に来る人間というのは少なからずいる。
皇都一番のロジェリス・ビス教会のものに負けない異教の大きな礼拝堂に、人がずらりと頭を垂れている。
祭壇の上には、穏やかな顔つきの大神官長と、使徒のオデットが並んで聖句を唱えている。
歌うような節がついた、異国の言葉だ。高く低く流れて、信徒は覚えているのか、唱和しているものも多い。
アリッテルの、きれい、はオデットのことだ。
美しい青いローブと、白いガウン。頭に冠を載せて慣れた手付きで清めのお香を振りまいている。
祭壇にちょうど日が当たるように設計された色模様付きの窓から、柔らかい光がオデットに降り注いでいる。
黒髪がつやつやとして、動くたびに袖がひらりと舞う。
天使のようだ。
祈りが終わり、大神官長が説教をする。だいぶ内容は教会のものと違うけれども、皆真剣に聞いている。アリッテルも聞き入っているようだが、ミズリィにはちょっとまだ早かったようだ。
礼拝が終わったあと、なにやら祭壇の前に信徒が集まって、神官達から何かをもらっていた。よく見ると手のひらサイズの白い丸いもので、パンではないのだな、と不思議に思う。
神官たちもそうだ。ほとんどが外国から来ているという。よく見ると肌の色が濃かったり、顔立ちが見かけない形の人ばかりだ。
ひととおり参礼客がいなくなり、オデットのところへようやく行くことができた。
「オデット」
「まあ、来てくださってありがとう」
彼女の神秘的な衣服に、アリッテルが、ほう、とため息をついている。
ミズリィも、オデットの見たことのない姿がとても美しいと思う。
「とてもきれいですわ」
そう言うと、オデットははにかんだ。
「まあまあ、うれしいわミズリィ。アリッテルは?」
「……まあまあね」
「え?さっききれいだともご」
「そういうのは言わないでいいんですの!」
いつもアリッテルの周囲を浮いているクマのぬいぐるみが突然ミズリィの顔に押し付けられた。
「前が見えませんわ」
「アリッテル、ミズリィを許してあげて?」
くすくすとオデットが言い、ようやくクマが離れる。
近くにいた大神官長――オデットの父であるハリセール伯爵は、穏やかな笑みを浮かべて娘たちの戯れを眺めていた。
「お久しぶりですわ、伯爵」
「これはこれは、お会いできて感激であります、ペトーキオ嬢」
彼との最初で最後の挨拶は、なんとミズリィの入学パーティーだ。
神殿の決まりで大神官長は社交界にあまり顔を出せないらしい。その代わりにオデットや、再婚した夫人に出てもらうということらしい。
オデットの休学になったことを思えば、それでいいのかと思わないわけでもないのだけれど。
仕方のないことだとオデットが言っているのでミズリィが何も言えることじゃない。
「せっかくの参礼、ありがたいことです。記念にお渡しいたしましょう」
そうして、渡されたのが、さっき信徒がもらっていた白い丸い小物だ。
「神の御手が貴方に触れますよう。これで私は失礼させていただきます。ごゆっくり」
大神官長は貴族式の礼をして、神官を連れて礼拝堂をあとにした。
「これはなんですの?」
手の上のものをまじまじと見つめて、アリッテル。
オデットは苦笑した。
「この神殿の礼拝したという証、かしら。教会ではパンよね?この神殿ではお守りの意味に近いかしら」
紙を特殊な圧力をかけて固くしたものらしい。
「粗末にはしてほしくはないけれど……どこかにしまっておいて忘れてもらっていいわぁ」
「ずいぶんと適当ですわね?」
アリッテルの疑わしそうな目に、オデットは小さく笑い声を立てた。
「私たちには特別なものでも、アリッテルたちには必要ないものでしょう?聖別はしてあるの、なんの力がなくても、それだけで神殿では特別になってしまうのよ」
「わかりましたわ」
しっかりとその白いものを握ると、アリッテルは首を振り、オデットは明るく笑った。
おもわず、といったように、となりのアリッテルがそう呟いた。
それには声を出さずに、ミズリィは同意した。
教会には何度も足を運ぶけれども、このリオーン教の神殿には入ったことがなかった。友達のオデットの家だというのに。
オデットの実家、ハリセール伯爵家は、由緒ある帝国の貴族だ。
問題なのは、その家門が今では異教の神殿になっているということだという。
本来なら、貴族は全員同じ神――帝国の成り立ちから初代皇帝が信仰した神の教会へ入信しているはずだ。
ハリセール家も、帝国ができてからしばらくはそうだったという。
ところが、今から10代ほど前の当主が、突然外国のリオーン教に入信してしまった。
かなり熱心に信仰したため、死後に聖人に数えられ、そうして子孫のハリセール家は帝国で唯一の異教の司祭の役割を受け継ぐことになった。
たしか、帝国を出ずに司祭を務めることが、一番の信仰だとか。
帝国……皇家も、しっかりとした血統の貴族を追い出したりはできないらしい。
このハリセールの神殿は、祈る神が教会とは違うというだけで帝国民のほとんどは用がないところだけれど、リオーン教というのはホーリース帝国では不人気だが、大陸では大きな宗教だそうだ。拝礼に来る人間というのは少なからずいる。
皇都一番のロジェリス・ビス教会のものに負けない異教の大きな礼拝堂に、人がずらりと頭を垂れている。
祭壇の上には、穏やかな顔つきの大神官長と、使徒のオデットが並んで聖句を唱えている。
歌うような節がついた、異国の言葉だ。高く低く流れて、信徒は覚えているのか、唱和しているものも多い。
アリッテルの、きれい、はオデットのことだ。
美しい青いローブと、白いガウン。頭に冠を載せて慣れた手付きで清めのお香を振りまいている。
祭壇にちょうど日が当たるように設計された色模様付きの窓から、柔らかい光がオデットに降り注いでいる。
黒髪がつやつやとして、動くたびに袖がひらりと舞う。
天使のようだ。
祈りが終わり、大神官長が説教をする。だいぶ内容は教会のものと違うけれども、皆真剣に聞いている。アリッテルも聞き入っているようだが、ミズリィにはちょっとまだ早かったようだ。
礼拝が終わったあと、なにやら祭壇の前に信徒が集まって、神官達から何かをもらっていた。よく見ると手のひらサイズの白い丸いもので、パンではないのだな、と不思議に思う。
神官たちもそうだ。ほとんどが外国から来ているという。よく見ると肌の色が濃かったり、顔立ちが見かけない形の人ばかりだ。
ひととおり参礼客がいなくなり、オデットのところへようやく行くことができた。
「オデット」
「まあ、来てくださってありがとう」
彼女の神秘的な衣服に、アリッテルが、ほう、とため息をついている。
ミズリィも、オデットの見たことのない姿がとても美しいと思う。
「とてもきれいですわ」
そう言うと、オデットははにかんだ。
「まあまあ、うれしいわミズリィ。アリッテルは?」
「……まあまあね」
「え?さっききれいだともご」
「そういうのは言わないでいいんですの!」
いつもアリッテルの周囲を浮いているクマのぬいぐるみが突然ミズリィの顔に押し付けられた。
「前が見えませんわ」
「アリッテル、ミズリィを許してあげて?」
くすくすとオデットが言い、ようやくクマが離れる。
近くにいた大神官長――オデットの父であるハリセール伯爵は、穏やかな笑みを浮かべて娘たちの戯れを眺めていた。
「お久しぶりですわ、伯爵」
「これはこれは、お会いできて感激であります、ペトーキオ嬢」
彼との最初で最後の挨拶は、なんとミズリィの入学パーティーだ。
神殿の決まりで大神官長は社交界にあまり顔を出せないらしい。その代わりにオデットや、再婚した夫人に出てもらうということらしい。
オデットの休学になったことを思えば、それでいいのかと思わないわけでもないのだけれど。
仕方のないことだとオデットが言っているのでミズリィが何も言えることじゃない。
「せっかくの参礼、ありがたいことです。記念にお渡しいたしましょう」
そうして、渡されたのが、さっき信徒がもらっていた白い丸い小物だ。
「神の御手が貴方に触れますよう。これで私は失礼させていただきます。ごゆっくり」
大神官長は貴族式の礼をして、神官を連れて礼拝堂をあとにした。
「これはなんですの?」
手の上のものをまじまじと見つめて、アリッテル。
オデットは苦笑した。
「この神殿の礼拝したという証、かしら。教会ではパンよね?この神殿ではお守りの意味に近いかしら」
紙を特殊な圧力をかけて固くしたものらしい。
「粗末にはしてほしくはないけれど……どこかにしまっておいて忘れてもらっていいわぁ」
「ずいぶんと適当ですわね?」
アリッテルの疑わしそうな目に、オデットは小さく笑い声を立てた。
「私たちには特別なものでも、アリッテルたちには必要ないものでしょう?聖別はしてあるの、なんの力がなくても、それだけで神殿では特別になってしまうのよ」
「わかりましたわ」
しっかりとその白いものを握ると、アリッテルは首を振り、オデットは明るく笑った。
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