いわく付きより難しい

鹿音二号

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魔法士になれなかった青年の話(3)

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友人。
知らない。
俺には――必要ない。
何を言われているのかさっぱりだった。
マキアには、親しいものなどいない。
そんなものが自分にいるはずがない。

――ふと、近くに大きな揺るぎない力があることに気づく。

「マキア」

耳になじんだ声。

「それは、よくない。やめたまえ」
「……」

よく見知った男が、苦笑しながら言う。
マキアは自分が力を纏っていることに気付く。
成ろうとする力ではない、別の。
マキア自身、光を発していた。
淡く光り、まとまりきらなかったその力――魔力が、たまに花びらのようにチラチラと舞う。
小さなその鱗片を目で追いながら、マキアは力を体に押し込める。
ゆっくりと……内側に、小さくなるように。

「……封じの札はいるか?」
「必要ない」

ナンリが差し出そうとした札を断り、最後の小さな力を全部収めた。
すぐに瞑目し、ゆっくりといつもの力の流れに戻す。

「……まだ治らないか」

ナンリの哀れむような目が嫌いだ。

「お前にはまだ時間が必要なのだな」
「――……」

いくら時間が経とうが、変わらない。
マキアには、誰かが必要だとは思えない。

「ビクトル君には少し用事を頼んだ。しばらくしたら戻って来るが、その時に全部話そう」
「話さない。あいつにはそのまま帰ってもらう」
「だが、彼には男爵の命令がある。衛兵である以上、それに従わなければならん」
「……っち」
「その柄が悪くなるのは誰に似たのかな」

呆れたようにナンリは首を振り、マキアの向かいに座る。

「お前がどう思っているかはこの際関係がないと割り切ろう。今は、あれへの対抗処置がすべてだ」
「だが必要ない。ナンリは知られているから仕方がないが、ビクトルは――」
「やれやれ、彼の気持ちも考えてくれ。そこそこ親しいと思った人から、思いきり存在を否定されたのだから」

すこし、ナンリの目が険しくなったが、どうでもいい。

「……知らない」
「マキア、誰のためと言うなら運命であり、流れだ。この件はこうなるよう定まっている」
「ナンリが、老師の真似事か?」
「そうともいう。老師ははるか二千年前の祖神の真似事をしていらっしゃるわけだが」
「問答は今はできない」
「つまり、あるがまま受け入れよということだ」

とん、と人さし指と中指で、ナンリはテーブルを叩いた。

「それならできないか。お前が、ビクトルが、男爵が何を思おうと変わらない。すべからく決まっていることだ」
「……」

言いたいことは、分かる。
マキアがこうやってああだこうだと言ったところで、男爵は心を変えないし、あれはこの街に着々と手を伸ばしてくる。
何もかも、決まっていたこと。

「……分かった」
「よし。なら、ビクトルにすべてを話そう」
「……」

ものすごく、嫌なのだが。
マキアが顔を思いきりしかめたので、ナンリは失笑した。



ビクトルが戻ってきた。

「やあ、お疲れさま」
「ああ、で、俺はマキアを説得しろと言われているんだが……」
「うむ、多少マキアは前向きになったぞ」

応接間をそのまま使い、ビクトルに座らせると、そうか、となんとなく残念そうな顔をした。
気に食わないなら帰ってほしい。

「……男爵からはそれ以上聞いていないし、出直すか」
「ぜひそうしてくれ」
「マキア」

ナンリがめずらしく眉をひそめた。

「……そんなに嫌なら俺から話してこよう」
「どっちにしろ話すんじゃないか。……俺が話す。盛られたりしたらかなわない」

ナンリは片眉を跳ね上げ、口を閉じた。

「……ビクトル、お前が聞いても何の価値もない退屈な話だ。男爵の命令は知らないが、適当にやり過ごすのも手じゃないか」
「いやだね。俺は頭が悪いから説明もなしに行動は取れない」

どこか自慢げなビクトル。
嘘くさい。
けれど、聞くという意思は変わらないらしい。
……もういい、ナンリが言う通り決まっていたことなら、抵抗するだけ無駄だ。

「……男爵が俺を訪ねてきたのは、とある男がこの街に来るということを知らせに来てくれたんだ」
「……なんか、問題があるやつってことなんだな」
「ああ。その男は……三級魔法士ロウド・ブラウン。……俺の叔父だ」
「……三級魔法士」

ビクトルが目を見開く。
そう、おそらく多少詳しければ庶民でもその階級と名前は知っている。ビクトルの様子だと、名前の方は分からなかったらしい。

「階級を聞けば分かると思うが、王都の魔法士機関『ヘンツ』の魔法士で、そこそこ重役だ」
「叔父だって?」
「ああ。実家……ブラウン家は、昔から魔力持ちを輩出している家だった」

叔父のロウドは、子どものころから魔力持ちだと分かり、ブラウン家の先祖が昔からそうだったように、近くの街の訓練校に入って魔法士になった。

「そして……俺もだ」
「え、え?」
「俺も魔力持ちだ。ただし、魔法士にはなれなかった」
「……そういや、術っていうのは……」

驚いているらしいビクトルは、疎いと自分で言っていたか。

「そこは省略するが」
「待て待て待て。せっかくだから教えてくれ!」

ビクトルが少しばかり興奮している。
なんとなく嫌で黙っていると、ナンリが口を開こうとするので、仕方なく続けた。

「……はあ。そうだ。東洋の術も魔力を使う。ただ、使い方が違う。魔法士は……魔力そのものを使って現象を――魔法を起こす。東洋の術のほとんどは、自分の魔力を託して世界から現象を起こしてもらう」
「……ううん?」
「……神殿の神官のほうがわかりやすいか。彼らは自分の魔力を神に捧げ、奇跡を起こしてもらう」
「あ!祈るってそういう……」
「そうだ。その点、東洋の術士は神と言わずすべてのものに対して祈り……願い、まあそんなものを託して現象を起こしてもらう。例えば……」

たまたまペンが懐にあったのを思い出してビクトルに渡す。

「そのまま」

彼が手のひらに乗せたペンに、そっと指先を触れさせる。

「っうお!?」

がくん、とビクトルの手が落ちた。ごん、と重い音がして、ペンが、毛足の短いカーペットに埋もれる。

「………ってえ、なんだ!?急に重く、」
「これはペンが重くなるという呪をかけた。これは初歩だが」
「初歩!?」
「……簡単なことなんだ、理解さえすればほんの少しの力で済む」
「へえ……」

重すぎたらしく、ビクトルはぷらぷらと手を振っていた。
加減が難しい。
ペンを拾い上げながら、

「これを魔法ですることは、おそらくできない。俺は今こうなるという現象を世界に……頼んだが、魔法士はすべて自分の力で行わなければならないんだ。そういう魔法があるのか……それすら自分たちで編み出さなければならないらしい」
「以前二級の魔法士が魔法を披露するところを見たことがあるが……いくつか物を空中に浮かしていたが、少なくとも国の陰陽師が同じことをやろうとするのの10倍は魔力を使っていた」

ナンリが言った。

「その魔法士は魔力はたしかにかなり持ってたようだが、やはり決定的な違いは使い方だな」
「……」

マキアはなんとなく、ペンを浮かせた。
ビクトルが食い入るように見つめている。

「思ったより疲れるものだな」
「……そうそう披露するものではないぞ」

ナンリは苦笑している。

「そのあたりは陰陽師の領分だな。俺もやろうと思えば出来るが、修験者には向かん」
「そうなんすか!?」
「ああ。このように、同じ魔力持ちでも、使い方に違いがある。そして、それはそのまま、魔法士か神官か、『方術士』かに分かれるのだ」
「なるほど……」
「……叔父は、俺が術を使ったのを見て、邪法だと言った」
「……?」

ビクトルが、不可解そうな顔をした。

「異端だと。その時の俺は12歳だったか。すごい剣幕で怒鳴られた。その時まではそれなりに可愛がってもらっていたはずだが」
「異端って……でも、今聞いた話だとただの魔力の使い方だって」
「……本来なら、その通りだ」

口の中が苦い気がした。

「だが、俺も普通ではなかったのはたしかだ。魔力を持つすべてのものが魔法士になっていたブラウン家で、唯一魔法士になれなかった魔力持ちだ」

息をつく。

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