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別荘にて(6)
しおりを挟む昼間、聞き取りを終えて。
今は封印の間にある鎧を視たが、結界の効力の関係もあるのか、何も視えなかった。気配はあったのだが……
よくあることではあるらしい。
何も視えないのは、休息状態なのか、はたまた警戒しているのか。意思があるものになると、それぞれの思いおもいに出てくるらしいので、毎回暴れたりするのはむしろまれだとか。
一応祓ってみたのだが、手応えがない。出てこないと祓えないらしい。
鎧は、夜の間は動いているが、朝になると元の位置に戻って動かなくなる。
目撃者は執事のアイドンと従僕のベン、それと別の日に私兵とメイド頭。
彼らは心得たもので、鎧が動いているのを確認すると、様子をうかがいながら封印の間に入って一晩過ごしたらしい。結界があり、よほどのことがないかぎり破られて中には入られることはないと教えていたからだ。
分かったことがいくつか。
動きは遅い方だ。駆け足程度と言っていた。
それと、館から外には出ないし、おそらく2階には上がっていない。
ずっと、一定の速度で1階を歩き回ったらしい。
封印の間に入ったメイド頭が、部屋の前を通り過ぎる鎧の動いて擦れる音が、等間隔の時間で聞こえることに気がついた。
しかも、歩く速度は遅い。あの速度で2階や3階に行って戻ってくることはできないだろうと。
予測としては――
館を出たり2階に上がる知能がないから。
もしくは、簡単な動きしかできないから。
どちらかだろう。
後者なら、とても楽なのだが。
――そして、昼に動かないのならと、使用人たちで鎧を封印の間に入れたのだった。
一歩間違えれば、とんでもないことになった。
肝を冷やしたマキアが説教なんて柄にもないことをしてしまった。
大したことはないと言って、1年放置したマーヴァは、この顛末を聞いて勘違いしたのかもしれない。今度聞こう。
夜になった。
基本的に霊障が活発になる時間帯。
使用人たちには万が一があってはならないと、村に一度帰らせた。かなり反対されたが、朝一番に戻ってくることと引き換えになんとか了承させた。
準備を整える。
やはり、式服は重い。
よっぽど、着るのをやめようかと思ったが、まだ半人前の分際で準備を怠るわけにもいかず。
生地が厚いのに何枚も重ね、さらに紐だけで縛るので着付けに力がいるし、着崩れの可能性も。
もうひとつ、着たくない理由は。
「久々に見るぜ、その服!」
なんだか気に入っているらしいビクトルに、見せたくなかった。
案の定キラキラとした目でじっと見つめてくる……
「やめろ」
思わず言ったら、
「すまない」
と、案外あっさり目を外した。
ビクトルはシャツにズボンと軽装だが、手袋をして帯剣している。治安隊の支給品らしいが、長年使い込んで手に馴染んでいるとか。
封印の間から、鎧は抜け出したことがない。
昼のうちに、エントランスに引きずり出しておき――
「う、お……ほんとに動きやがった……」
2階の階段の上から、マキアたちは身をかがめて鎧を見ていた。
フルプレートアーマーというもので、全身が金属に覆われるタイプだ。剣を持っていたが……外したかったのだががっちりと手に持っていてだめだった。
両手に剣の柄を持ち、直立不動だった鎧がギギ……と不吉な音を立ててゆっくりと動いた。
腕をゆっくりと落とし、ガシャ、と片足を少し前にずらす。もう片足を、ゆっくりと前へ。
――歩いている。
月明かりが強い。エントランスの上部には窓が多くて、差し込む白い光に淡く照らされる。警戒されて出てこられないと困るので、明かりをつけなかった。
2階まで吹き抜けの古典的な造りのホール、物は少ないが濃紺のカーペットが敷き詰められ、古い屋敷にありがちなシャンデリアが月明かりにきらきら反射している。
その下ではギギ、と軋んだ音を立てながら鎧が動く。
そうやって、数歩歩いたところで。
急に止まった。
マキアはすこし笑う。
「よし」
結界。
エントランスに引き出したときから鎧を中心に張っておいた。
半径1メートルほどのそれから、鎧は出られないはずだ。
「止まった……」
「……だが、霊視が出来ない。もっと近づく」
感動したようなビクトルを促し、そっと階段を下りた。
鎧がこちらに気づいた。腕を上げて、自分を阻む結界(もの)をぐぐっと押すそぶりをする。
「……知能は残っていそうだな……」
やっかいだ。
ビクトルが剣を抜く。しゃっと鞘を走った音にか、弾いた剣の輝きか、鎧はばん、ばん、とさらに激しく結界を叩く。
「動き、速くなってね?」
「……そのようだな」
嫌な予感がする。
階段のすぐ下で、鎧より3メートル近く離れているが――
視えた。
――ああ、口惜しい。
悔しさで胸が痛い。
――この体、動けるものなら、今すぐに馬を駆ってあの方と――
腕を振り上げた。だが、枯れ木のようなそれが、剣を掴めるはずもなく。
敵を。
敵を屠りに行かなければ。
苦しい、痛い、悔しい。
ちらりと視界の端に見えた、在りし日に纏った鎧。
もし、叶うならもう一度あれを――
「……っ」
「マキア!」
「大丈夫だ」
意識を一瞬飛ばしかけたが、踏みとどまった。
「視えた。あれはどうも、騎士かなにか……戦場じゃなく、病気で、死――」
バチ、とものすごい音が響いた。
鎧が、結界に剣を突き立てている。
「な、……!」
結界が壊れた。
「ぐっ!?」
呪詛返し。
軽いものだが、術式が壊れた際の反動が、衝撃として体に加わる。
「マキア!?」
「いい、それより……くるぞ!」
想定はしていた。何より自分が半人前なので。
用意していた封じの札を歩く鎧に投げる。
2枚ほど当たり、動きはわずかに緩んだ……だが、すぐにパリッと軽い音がして札はちぎれた。
「うえ!?」
「油断するな!」
作戦通り、2階に一度退避だ。
もう一度チャンスを狙って結界を作る。札を大量に作ってあるから、それ動きを封じる。
階段に足をかけたとたんに、ぞっとした。
――敵。
――敵ダ。
憎悪に満ちた、『声』が聞こえた気がした。
「……う、」
悪寒が体を駆け巡る。力が、抜ける。
手すりに手をかけて、倒れるのは防いだ。
けれど、足が萎えたように動かない。感覚が戻ってこない。
「おい!?」
横にビクトルが並び、手を差し出そうとしている間にも、鎧が、迫ってきている。
「くっ!」
ビクトルが剣を構えた。
――敵!
――敵ダ!
喜色に満ちた『声』。
鎧が高く掲げた剣が、白く光る。振り下ろされ――
ギン、と鈍い音がして、ビクトルの剣が鎧のそれと噛み合った。
「上がれるか!?2階!」
「あ、ああ」
ときおり、無理矢理同調させられている。
力のコントロールがうまくいかない。これは経験不足だ。
力不足を歯噛みしながら、動くようになった足で2階に上がる。
「ビクトル!」
「そこで、待ってろ!」
どうも、鎧の動きが速くなったうえに、もともとの霊の――そう、霊の強さがそれなりなのか、ビクトルが押されている。階段に上がる隙がない。
マキアは見かねて札を出す。
(うまくできるか?)
力を込めて、鎧の上に落ちるよう、投げて。
札が、宙でぱっと速度を上げた。
まるで鳥が飛び回るように、鎧にまとわりつく。
それに気を取られた鎧が、動きを止めた。
「来い、ビクトル!」
「お、おう!」
駆け上がってくるビクトルにほっとする。
「あれ、なんだ?」
「ただ妨害しただけだ。初めて使った式だから、うまくいくかは……」
だが、息をつく暇がなかった。
ガシャ、と。
金属の擦れる音を立てて、鎧が、足を、階段にかけていた。
札は飛び回っているのだが、気を引けていない。
「――おあああ!?」
「走れ!」
ぎょっとして悲鳴を上げたビクトルの腕を引っ張り、奥へと走る。
ガシャ、ガシャ、と音は遅い。
階段を登り切る前に、今は逃げるしかない。
「……登ってこないんじゃ!?」
「俺を、どうも敵と見なして、追いかけるのが優先みたいだな。前は……みんなすぐに逃げたから見失っただけだったんだ」
「どうする……!?」
「……」
迷っている。
失敗したと、ナンリの手が空くのを待って頼むか。
それとも――
「……もう一度、やってみていいか」
「ん?お前がそう言うならもちろん!」
「安請け合いはよくないと言っただろう」
「大丈夫だ、これでも考えてる!」
「……はあ」
やはりよく分からない。
動くために、広さはエントランスに勝るものがない。
一度2階をぐるりと回り、鎧の気を引きつつ、下に降りる。
「しばらく、俺は動けなくなる。その……」
「ああ、絶対に、通さねえから!」
ビクトルが剣を構えた。やる気がすごいらしい。
「そうじゃないんだが……危なくなったら言え、逃げればいい。出来ないものを無理にするな」
「悪い、こう、戦いたいんだよな……騎士って聞いたからかな」
マキアは失敗したらしい。ビクトルの敵愾心を煽ってしまった。
こういうこともあるんだな、とぼんやり嘆きながら、結界を張る準備を始めた。
札で結界の場所を固定する。
膝をつき、場に手を当てて力を込めて、呪を唱える。
じわじわと形成される結界の速度に、また胸が疼く。
ナンリは、もっと速い。
鎧が、階段を降りてくる。
動きがまた速くなっている。
(活性化したか……)
マキアの力に気づいて、ますます霊の力が高まっているらしい。
これが厄介だ。
自分ではどうしようもない体質とは言え、もう少し静かに出来ないものか。
ガシャガシャと館中に響きそうな音を立てて、鎧が階段を降りきった。
ビクトルは両手で柄を握り、足を開いて腰を落とす。
――敵!
強い念。
マキアがくらりとめまいを起こしているうちに、ビクトルが床を蹴った。剣を振り上げる。
鎧が、すっと剣を持ち上げ、ビクトルの剣を下から受ける。
ギィンッ!と、耳をつんざくような音。
そのままビクトルは剣を弾き、足をわずかにずらしてまた腕を振り下ろす。鎧はそれを難なく受ける。
何度か打ち合っているうちに、ビクトルの息は上がっていっている。
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文章量を調節して上げ直しました。
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