いわく付きより難しい

鹿音二号

文字の大きさ
38 / 46

別荘にて(8)

しおりを挟む

翌朝、館に戻ってきたアイドンたちはエントランスの散らかり具合に驚き、けれど事情を聞いてほっとしたように片付け始めた。
夜にネズミが現れたことを知った料理長は大笑いして、今朝焼きたてだというパンを山盛りにテーブルに乗せた。

「ビクトルさん、怪我をなさったのですか」
「まあ、すこしばかり……」
「村に治療師がおります、呼びますので診てもらってくださいませ」

アイドンが心配そうだが、ビクトルは笑っている。

「俺が村に行ってもいっすか?」
「お怪我は……よろしいのですか?ええ、辺鄙なところですが」
「おお、じゃあ後で行こうぜ、マキア」
「まずは落ち着いて食べろ」
「うっす!」

焼きたてのパンはふかふかだった。
ビクトルはあいかわらずよく食べる。
それを眺めて茶を飲むだけで腹がいっぱいになったマキアだ。

少し遅い朝食後、村に馬車で向かう。
案内に従僕のひとりがついてきてくれたし、ビクトルは彼に任せてマキアはぼうっとしていた。

(……ん?)

式神用の札が、何か反応した気がした。
それきりだったので気のせいだったか。

実のところ村はやや遠く、4時間ちかく馬車に揺られた。
着いたころには昼を過ぎていて、けれどまずは治療だと治療師の家へ。

「これでよし、と」
「おお、痛くない」
「腫れは残ってるけどすぐに消えるわ。お大事に」

40歳くらいの柔和な笑顔の女性だった。
魔力持ちなのだが、そこそこ訓練を終えた頃に八級というランクで、特に魔法士として活躍したいわけでもなかった。村に帰ってきて、わずかに使える魔法と知識で治療師として生計を立てているという。

「……その、失礼なことを聞くかもしれないけれど、貴方って、魔法士?」

マキアに向かって彼女がおずおずと聞くのは、ビクトルがぎょっとしていた。

「いえ、魔力持ちですが、魔法士ではないんです」
「そうなのね?訓練されてる魔法士かと……ああ、ごめんなさいね」

魔力持ちは見ればおたがいに分かるものだ。
けれど、周りに隠していたりする人も少なからずいる。特にヘンツの足切りの七級より下は、役に立つこともないと言わないことが多い。
……今はすこし、魔法士のことに関わりたくないというのも本音だ。ぎょっとするほどでもないけれど。

「『お城』から来たっていうから、どんな人たちかちょっとドキドキしたんだけど」
「お城?ああ、別荘ですか」
「ネリーさん」
「ああ、ごめんなさい本当に」

従僕にとがめられてあわてた治療師だったが、こちらは別に気にしない。

「たしかに、城みたいっすねー!俺もそう思いました」

ビクトルがいつものノリのよさで、治療師と話しているのを聞きながら、マキアは支払いのために懐を探ると。

――なぁおぅ

突然、猫の鳴き声がした。

「え?」

見ると、足元に式神がいる。

「……なんで」

出した覚えはない。
思わずその黄色い目と見つめ合ってしまったが――

「え?そこに何かいる?」

治療師が、マキアの視線に気づいた。
しまった、と思ったが、その黒猫はするりと体をしならせ……治療師の足に頭を擦り付けた。

「え?」
「……え?」

しっかりと、治療師は自分の足を見ている。

「……もしかして、デニ?」

黒猫は返事をするように鳴いた。
ぼうぜんと、治療師はマキアを見た。

「……見えていますか?」
「はい、その、ここに飼われていた猫だったり……」
「え?もしかしてあの猫が?」
「猫?」

軽く混乱したが、すぐに落ち着いて治療師は話した。

村で世話をしていた猫だという。不思議な、二股の尻尾の黒猫だと。
もとは長寿の老婆が飼っていたが、彼女は数年前亡くなってしまった。村で飼おうということになって、全員で世話をしていたのだという。

「1年前からぱったりと姿を見せなくなったんです。デニ……猫も高齢でしたし……諦めていたんですが」
「……私は魔法士ではなく、東洋の術士です。……霊にも触れることも多く、その猫は先日別荘に向かう途中に見つけて……」
「あら、新しい飼い主を見つけたようね」

あっさりと、治療師は受け入れたようだった。

「実は姿は見えないの。気配だけ。でも前みたいにこうやって足に……なんとなく分かるわ」

ふふ、と笑みを浮かべる。
おそらく治療師は魔力持ちだから、猫とも知り合いで少しばかり同調したのだろう。
従僕もまったく見えないはずだが信じたらしく、思い出しているのか懐かしそうだった。

デニと呼ばれた黒猫は、一声鳴いて、するりとドアをすり抜けて外に行ってしまった。

「一回りしたら戻ってくるそうです」
「みんなに挨拶するのかしらね。そうだわ、待っている間、食事はどうです?質素なものですが」
「……いいんですか?」
「ええ、ぜひ」

その猫のことが主な話題で、食事は和やかだった。
ビクトルも村を見たいというので、食事が終わったあとぶらりと回る。途中猫とすれ違ったが、もう少しというので好きにさせておいた。

「言っていることはなんとなく分かるんだ」
「おお……」
「……なんだ、その目は」

ビクトルは納得と感動を混ぜたような、よく分からない目だ。

「……名前、どうするか」
「名前つけてなかったのか?」
「いや、術に名前は重要で、真っ先につけたんだが……」
「……違ってたから……」
「なぜ笑う。そういうことだ」

本猫は、どっちでもよさそうだったが、果たしていいものか。
従僕がしみじみしている。

「優しいですよね、坊ちゃんって」
「は?何が」
「本当になあ……」

目を細めて、ビクトルはマキアを見た。
その目が、ざわざわと胸を騒がせて、ひどく落ち着かない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

透けるほどうすい/溶けるほどあつい

鴻上縞
BL
 日々何をするでもなく適当に生きていた真柴久志が知人の紹介で入った会社で真柴の教育係になった堂前哲は、仕事は出来るが口調は荒く乱暴で無愛想な取っ付きづらい男だった。しかし歓迎会の席で明かされた哲の驚くべき過去は、真柴の若い好奇心を掻き立てた。  歓迎会の後、真柴は好奇心を抑えきれず、酔に任せて哲に手を出してしまう。  一夜明けて酔いが覚め、気まずさを抱え一応謝罪をしたものの、哲の態度が負けず嫌いな真柴に火を付けて────。  足場鳶職人達の、身体から始まる軽薄で微かに純情な恋物語。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

処理中です...