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別荘にて(8)
しおりを挟む翌朝、館に戻ってきたアイドンたちはエントランスの散らかり具合に驚き、けれど事情を聞いてほっとしたように片付け始めた。
夜にネズミが現れたことを知った料理長は大笑いして、今朝焼きたてだというパンを山盛りにテーブルに乗せた。
「ビクトルさん、怪我をなさったのですか」
「まあ、すこしばかり……」
「村に治療師がおります、呼びますので診てもらってくださいませ」
アイドンが心配そうだが、ビクトルは笑っている。
「俺が村に行ってもいっすか?」
「お怪我は……よろしいのですか?ええ、辺鄙なところですが」
「おお、じゃあ後で行こうぜ、マキア」
「まずは落ち着いて食べろ」
「うっす!」
焼きたてのパンはふかふかだった。
ビクトルはあいかわらずよく食べる。
それを眺めて茶を飲むだけで腹がいっぱいになったマキアだ。
少し遅い朝食後、村に馬車で向かう。
案内に従僕のひとりがついてきてくれたし、ビクトルは彼に任せてマキアはぼうっとしていた。
(……ん?)
式神用の札が、何か反応した気がした。
それきりだったので気のせいだったか。
実のところ村はやや遠く、4時間ちかく馬車に揺られた。
着いたころには昼を過ぎていて、けれどまずは治療だと治療師の家へ。
「これでよし、と」
「おお、痛くない」
「腫れは残ってるけどすぐに消えるわ。お大事に」
40歳くらいの柔和な笑顔の女性だった。
魔力持ちなのだが、そこそこ訓練を終えた頃に八級というランクで、特に魔法士として活躍したいわけでもなかった。村に帰ってきて、わずかに使える魔法と知識で治療師として生計を立てているという。
「……その、失礼なことを聞くかもしれないけれど、貴方って、魔法士?」
マキアに向かって彼女がおずおずと聞くのは、ビクトルがぎょっとしていた。
「いえ、魔力持ちですが、魔法士ではないんです」
「そうなのね?訓練されてる魔法士かと……ああ、ごめんなさいね」
魔力持ちは見ればおたがいに分かるものだ。
けれど、周りに隠していたりする人も少なからずいる。特にヘンツの足切りの七級より下は、役に立つこともないと言わないことが多い。
……今はすこし、魔法士のことに関わりたくないというのも本音だ。ぎょっとするほどでもないけれど。
「『お城』から来たっていうから、どんな人たちかちょっとドキドキしたんだけど」
「お城?ああ、別荘ですか」
「ネリーさん」
「ああ、ごめんなさい本当に」
従僕にとがめられてあわてた治療師だったが、こちらは別に気にしない。
「たしかに、城みたいっすねー!俺もそう思いました」
ビクトルがいつものノリのよさで、治療師と話しているのを聞きながら、マキアは支払いのために懐を探ると。
――なぁおぅ
突然、猫の鳴き声がした。
「え?」
見ると、足元に式神がいる。
「……なんで」
出した覚えはない。
思わずその黄色い目と見つめ合ってしまったが――
「え?そこに何かいる?」
治療師が、マキアの視線に気づいた。
しまった、と思ったが、その黒猫はするりと体をしならせ……治療師の足に頭を擦り付けた。
「え?」
「……え?」
しっかりと、治療師は自分の足を見ている。
「……もしかして、デニ?」
黒猫は返事をするように鳴いた。
ぼうぜんと、治療師はマキアを見た。
「……見えていますか?」
「はい、その、ここに飼われていた猫だったり……」
「え?もしかしてあの猫が?」
「猫?」
軽く混乱したが、すぐに落ち着いて治療師は話した。
村で世話をしていた猫だという。不思議な、二股の尻尾の黒猫だと。
もとは長寿の老婆が飼っていたが、彼女は数年前亡くなってしまった。村で飼おうということになって、全員で世話をしていたのだという。
「1年前からぱったりと姿を見せなくなったんです。デニ……猫も高齢でしたし……諦めていたんですが」
「……私は魔法士ではなく、東洋の術士です。……霊にも触れることも多く、その猫は先日別荘に向かう途中に見つけて……」
「あら、新しい飼い主を見つけたようね」
あっさりと、治療師は受け入れたようだった。
「実は姿は見えないの。気配だけ。でも前みたいにこうやって足に……なんとなく分かるわ」
ふふ、と笑みを浮かべる。
おそらく治療師は魔力持ちだから、猫とも知り合いで少しばかり同調したのだろう。
従僕もまったく見えないはずだが信じたらしく、思い出しているのか懐かしそうだった。
デニと呼ばれた黒猫は、一声鳴いて、するりとドアをすり抜けて外に行ってしまった。
「一回りしたら戻ってくるそうです」
「みんなに挨拶するのかしらね。そうだわ、待っている間、食事はどうです?質素なものですが」
「……いいんですか?」
「ええ、ぜひ」
その猫のことが主な話題で、食事は和やかだった。
ビクトルも村を見たいというので、食事が終わったあとぶらりと回る。途中猫とすれ違ったが、もう少しというので好きにさせておいた。
「言っていることはなんとなく分かるんだ」
「おお……」
「……なんだ、その目は」
ビクトルは納得と感動を混ぜたような、よく分からない目だ。
「……名前、どうするか」
「名前つけてなかったのか?」
「いや、術に名前は重要で、真っ先につけたんだが……」
「……違ってたから……」
「なぜ笑う。そういうことだ」
本猫は、どっちでもよさそうだったが、果たしていいものか。
従僕がしみじみしている。
「優しいですよね、坊ちゃんって」
「は?何が」
「本当になあ……」
目を細めて、ビクトルはマキアを見た。
その目が、ざわざわと胸を騒がせて、ひどく落ち着かない。
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