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疑惑の異動
しおりを挟むマキアが鏡がなくてもめちゃくちゃになっていたので、もう遠慮はいらないと構い倒して、その次の日。
いつもの時間に兵舎に向かうと、なにやら騒がしい。
「おい、ビクトルお前なにしたんだ!?」
「あ?」
血相を変えた同じ隊の同僚に言われて、首を傾げた。
「なにが」
「知らないのか!?これ!」
引っ張っていかれた先、重要な命令や報告があるときに張り出される掲示板に、異動の文字。
「…………俺?」
「だーから!なにしたんだって!最近休みまくってるからとうとう上に目をつけられたんじゃって……」
その上に目をつけられたから休みまくっていたのだが。
「……」
とりあえず、何もわからないので頭をかく。
すぐに答えは出た。
会議室に呼び出され、そこには元の所属先の第7小隊隊長と、次の所属先の第4小隊隊長がそろっていた。
「ビクトル。急なことで驚いただろう」
第7の隊長が気遣わしげに言ってくれるが、まあなんとなく上の、さらに上の何かではないかと思うので、すこしびっくりしただけだ。
最近、仕事も生活も驚きの連続で、これしきのことでうろたえなくなった。
「掲示のとおり、君は今日付けで第4小隊に異動になった」
第4隊長は、眼鏡のひょろひょろだった。一応兵士の訓練は受けているはずだが、剣も持てるのかあやしいと……まあ、ありていに言えば馬鹿にされている。
第4小隊――通称派遣隊。
第4小隊から第8小隊までは、街の見回り隊とされている。ただ、第4だけは他と業務が違っている。
持ち場がないのだ、例えば第7は貴族の商業区の半分を受け持っているが、第4はそういった正式な担当場所がない。どこかが手薄になった時の応援だということで、出動はまれだ。よく兵舎でのんびりと待機している。
出世が見込めない無能の集まりともっぱらの評判である。
「君は副隊長。以前の副隊長は齢のこともあり、退任になった」
たしかに、よく思い出せないが衛兵にしては歳がいっていたと思う。それで、後釜がビクトルだと。
なんとなく、嘘くさい、と思うのは、最近色々見てきたからだろうか。
「……最近、クレイトス男爵にお目にかかったのですが」
言ってみると、第4隊長は一瞬黙り、それから笑った。
「ははは、君は意外とイケる口か!」
「まだ慣れていないのですが、苦いのならいくつか飲みました」
マキアが言いそうな事を言ってみたが、どうやら第4隊長は気に入ったらしくますます笑い、第7隊長はすこしほっとして見えた。
「……薄々気づかれていたようだが、そうだ、男爵から直々に君の第4入りを言われた。ポストを空けるようにと、前任の副隊長は男爵家の私兵団に入った。そのうち会うだろう」
「では、第4は……」
「噂はむしろ隠れ蓑になってちょうどいいから、長年放置しているようだ。私も同意見だ」
ますますきな臭いではないか。
含み笑いをしたまま、第4隊長は続けた。
「では、第4小隊の本当の業務を教えよう。第4は――」
「ビクトル!ビクトルお前何をした!?」
家に帰ってもさんざん一日聞いた言葉で出迎えられてうんざりした。
だが、父のその言葉は、意味が違うのも分かっている。
「わかったから全部言うから」
父は見ないほど慌てている。おそらく事情が分かっていない母は不審そうにふたりを眺めて、酒を置いてリビングから出ていってくれた。妹の回収も忘れずに。
「どっかから聞いたのか。耳が早いな」
「そりゃあ……俺のことはいい、お前だ」
酒をくっと喉に流し込んで、
「なんで第4に入ることになった!?第4って……俺はまっとうにお前を育てたつもりだが!?」
「人聞き悪いこと言うな。あと笑うな」
まったく、息子の出世になんてことを。
だが、元隊長の反応はこんなものだろう。
第4小隊、通称派遣隊。
いわゆる特殊部隊である。
「聞いたときはまさかと思ったが……最近色々様子がおかしかったしな、なにかあったんだろうっていうのだけはな」
「……言えねえことが多くてな」
「そうだろうとも」
第4小隊の主な業務。
重大な事件が起こった際、またはその恐れがある場合、現場で調査を任される。
大きな事件が起こったときは手薄だからと堂々駆り出されるが、その予兆……例えば別の国の工作員が来ている、だとか、秘密裏に動く事態に対処する、あくまで『手助け』の隊だ。
本当の特殊部隊は、第3小隊。ただ、これは表向きからして特殊であると宣言しているため、堂々と動かせない時がある。それを補って手足になるのが第4だ。
これは見回り小隊の隊長と副隊長だけは知らされている。
元隊長の父は無理のないところから聞いたのだろう。まあ、いまだに治安隊の一部では英雄扱いの父だ。
「しかし、まずは昇進おめでとう、ビクトル」
「ああ」
笑って父がグラスを掲げるので、それに合わせる。かちん、と分厚い安物の安心する音がする。最近は握ったら割ってしまいそうな高級品ばかり触っていたから。
「だが、心配もする。第4は危ないことも多いとか。昼行灯言われるわりには昇進もするが、故障も多い。殉職は……最近聞かないがな」
父は自分の動かしづらい足を撫でた。
「まだお前には、俺みたいな思いをするのは早いだろう」
父にも、やはり葛藤はあったのだろう。
命は助かったし、英雄扱いでほうぼうから感謝されていた。家では養えるから心配するなと、たっぷりもらった保障金片手に笑っていたのだが。
「そうだな。気をつける」
ついすこし前に力不足を痛感したのだ。
上には上がいる。ましてや本当に戦うわけじゃない衛兵だ、戦働きをしていた騎士相手に剣を交えてちょっとした怪我で済んだのは本当に運が良かった。
結局、あれもマキアに助けられた。
強くなりたい。そう思っていた時に、この異動だ。
特殊任務であるからと、1段階上の教官をつけてもらえるそうだ。昇進よりもそっちがうれしかった。
正直にそう言うと、父はおかしそうに笑う。
ふと、聞いてみたくなった。
「例えば俺がこのあと第4の隊長とか、第2とかに入ったりしたら、親父は……嫉妬したりとかするか」
第4の隊長は普通の隊長より上で、第1,2隊の兵隊はカイメの保安の中心でエリートだ。
「おお、強気だな!そういうのは俺を倒してからにしろ」
「まあなあ、そのうち」
「はは、いきなりやる気だな。だが、嫉妬ねえ……ないだろうな、親としてそれは喜ぶだろうな」
「じゃあ、おまけにミィがいきなり剣がうまくなって親父を打ち負かしたら」
「なんだ?ミィ?兄妹そろって衛兵か?いいじゃねえか!」
本気で楽しそうなので、嫉妬やら恨みやらで家から追い出されることは、天地が逆さになってもなさそうだ。
……やはり、世の中には理解しがたい人間はいるものだ。
しみじみ思いながら、酒を飲んでいると、
「なんだお前、なんか男が上がったか?」
「ん?」
「ははあ、彼女できたか?」
「……!?」
危うく吹くところだった。
変なところに入って咳き込むビクトルに、言っておいて唖然とした父が、一拍おいて立ち上がる。
「母さん酒だー!ビクトルが彼女作ったぞ!ついでに昇進!」
「ええ!?彼女だって!?」
「兄ちゃんに彼女ー!?」
「げほっ……昇進はどうでもいいのかよ」
全員集まってきて『彼女』について根掘り葉掘り聞かれたが……あとから嘘がバレて腰を抜かさないか心配である。
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