鎌倉黒猫カフェ クロスオーバー

櫻井千姫

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第一話 あの子と食べたかぼちゃプリン

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今どきありえないと思うのだが、うちの会社はアポなしの飛び込み営業を未だにやり続けている。
契約の取れない僕は、毎日会社のある横浜市内を歩き回り、あちこちのオフィスで頭を下げているうちに一日が過ぎていく。


 ほとんどの人が迷惑そうな顔をして、話すら聞いてくれない。
運よく話を聞いてくれたとしても、「うちはそういうのは別の会社に頼んでるから」と断られる。

お昼を過ぎたところで、このまま会社に戻るのは嫌だ、と東海道本線に乗った。
何も横浜市内の会社で契約を取らないといけないわけじゃない。
先輩の中には藤沢とか平塚とか相模原とか、足を伸ばして契約を取ってきた人もいる。
僕は鎌倉で営業をかけてみることにした。


 しかしもちろん、場所を変えたところで上手くいくというものでもない。
忙しいからとか、アポもないのにお通しできませんとか、型通りのことを言われて追い返される。
気が付けばもう十四時。どうりでお腹が空くはずだ。目についたコンビニに入り、カップ麺でお昼を済ます。

目の前を着物姿の観光客が通り過ぎていく。
今年は残暑もほとんどなく、秋の鎌倉は穏やかな気候で、平日の昼間でもなかなかの人通りだ。
紅葉にはまだ早いけれど、東京から一時間ほどで行けることもあり、海も寺社も、マンガの聖地になっている場所もある。魅力的な街だ。


 カップ麺を食べ終わり、脱力感で息を吐いた。どうしよう。このまま会社に戻っても、また矢嶋に怒られるだけ。


 一刻でも怒られるその時を先延ばしにしたいがあまり、鶴岡八幡宮に入った。
その昔、源頼義が京都の岩清水八幡宮から分霊を勧請し、後に頼朝が今の場所に移したとされる神社。
左右にお土産屋さんや、洒落たブティックなどが立ち並ぶ参道を行き、鳥居の向こうは観光客で賑わっているのに、敷き詰められた美しい砂利道や青々と茂る樹木のせいで、どことなく荘厳な雰囲気がある。
池がある旗上弁財天社も美しく、キジバトが元気よく地面を闊歩し、そこかしこで写真を撮っている人がいた。


 神社に来るなんて、いつ以来だろう。僕は神も仏もこの世にいないことをよく知っている。
いたらきっと僕は、こんな目に遭っていない。もし実在して、僕を放っておいているとしたら、慈悲もクソもない冷酷野郎だ。

 それでも参拝客の列に交じり、なんとなく流されるままに手を合わせ、何をお願いしようか迷った。
契約が取れますように、仕事が上手くいきますように、いや、違う。矢嶋がいなくなりますように? それもどうなのだろう。


 僕が願うことはーー小磯崎佑(たすく)じゃない、別の人間になりたい。
もっとお金持ちで、能力にも恵まれて、ばりばり仕事ができて人望があって、そんな人間になりたい。
でもそれはきっと叶わないから――だったら、最初からこの世に生まれなきゃよかった。


 死にたい、とは思わない。でも、自分なんていなくなってしまえばいいとは、しょっちゅう思っている。


「ねえねえー、ここのおみくじって、めっちゃ辛口だって知ってた?」


 参拝を終えて歩き出すと、そんな声が聞こえてきた。鎌倉にはそぐわない、いかにも地雷系ファッションの女子大生風のふたり組が、そんな会話をしている。


「えっマジ? 凶とか出ちゃう系?」
「出る出る、ふつうに出る! 友だちがこの前、ここで凶引いたって話しててさあ」
「へえ、そうなんだ。じゃあさ、逆にここで大吉とか引けたら、めっちゃ運良いってことにならない?」


 おみくじなんて、占いなんて、そんなの馬鹿馬鹿しいし信じない。なのに、なぜか僕の足はおみくじの前に向かってしまう。

 こんなの子ども騙しなのに、小さく折りたたまれた紙を開く時、ちょっとどきどきした。そして現れた文字を読み、思わず息を呑んだ。


「大吉……」


 書いてあることも、そんなに悪くない。待人 来たし、失せ物 思わぬところから出る、恋愛 身近に良縁あり……そして、仕事 努力が実を結ぶ。ふっ、と鼻で笑いたくなる。


 努力は報われるだなんて、いつの時代の話だ。今は努力が報われない時代だから、みんな必死で足掻いてる。いくらがんばっても生活が楽にらなない、幸せになれないと嘆いている。僕だってそのひとり。

 大吉のおみくじをスーツのポケットに入れ、鶴岡八幡宮を出る。神社にいたのはほんの二十分くらい。やっぱりまだ、まっすぐ帰りたくない。神社の周りをぶらぶらしているうちに、細い路地に迷い込んだ。駅から近いこの辺りも、ごくふつうの住宅街になっている。

 やがて川が見え、それ以上進めなくなった。小さな橋が架かっていて、水面を見下ろす。高さはそこそこあるけれど、ほとんど水は流れていない。

 ここから飛び降りても、怪我をするくらいで終わってしまいそうだな。
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