鎌倉黒猫カフェ クロスオーバー

櫻井千姫

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第二話 モンブランは地味だけど

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授業、バイト、授業、バイト、たまに有紗と出かける。

 そんな日々が過ぎていくうちに、あたしは愕然とした。

 泰治と別れてしまったら、ひとりの時、本当にやることがない!!


 泰治がいないせいで、動画を観ながらメイクやヘアアレンジの研究をすることにも意味を見出せないし、暇な時にラインしたり電話したりすることもできない。

バイトをしても、今や脱毛サロンもエステも意味がないから、お金が欲しいという気持ちすら失せている。さらにまずいことに、あたしには有紗以外、気の置ける女友だちがいない。


 あまりにも暇で、暇すぎて、スマホゲームをだらだらやりながら一日が過ぎていくこともあった。

そのゲームだって本当につまらないし、ちっとも楽しいと思えない。

近頃、すべてがそう。一時期ハマっていた配信者にも、K―POPアイドルにも、昔のような熱を持てない。

ご飯を食べようとしても食欲がないし、味がしない。ぼうっとして集中力が続かないから、レポートの期限に間に合わないこともあった。


 睡眠のリズムも崩れた。寝つきは問題ないけれど、朝の三時とか四時とか、とんでもない時間に目が覚めてしまって、

まだ眠いのに再び寝ようとしても寝れず、時間を持て余しているうちに思考はぐずぐずと、嫌な方向に流れていく。夜明け前の真っ黒い空を見つめていると、あたしの人生には今度いつ太陽が昇るんだろう、なんて柄にもなくポエミーなことを考えちゃって、自分をあざ笑う。


「病院行ったほうがいいんじゃない?」


 元気のないあたしを心配して、授業が終わった後、有紗が鎌倉駅近くのカフェに連れていってくれた。

なんでも好きなもの頼んでいいよ、と言われたけど、名物のふわふわパンケーキなんて食べられない。仕方なく紅茶を頼み、ちびちびと啜る。お砂糖をしつこいくらい入れたのに、やっぱり味がしない。


「お肌荒れてるしクマもやばいし、すっかり痩せちゃってるし、あきらかに具合が悪そうだよ。まともに寝れてるの?」
「寝てるけど……だいたい三時間か四時間くらい……」

「それじゃやばいっしょ。でも、意外だなあ。美波斗が失恋でこんなに落ち込むタイプだったとは」
「自分でも意外だよ……」


 今までは別れたらすぐ、じゃあ次の恋行くか! って感じで新たな出会いを求めてたのに、今はとてもそんな気になれない。

それって、過去の恋愛がぜんぶカップ麺みたいなその場しのぎのもので、そのぶん泰治の恋があらゆるエネルギーを向けてしまうほど、熱量の大きいものだったんだろう。


「前から思ってたけど。美波斗って若干メンヘラ入ってるよね」
 聞き捨てならないことを言われて、つい声がとがる。


「何それ。あたしリストカットとかしないし、ホストに貢いだりとかしてない。メンヘラって好きな人を付け回したり、病み垢作ったりする人のことでしょ?」

「そこまでいってはないけど、傾向があるって意味だよ。なんか美波斗って、いつも強迫観念に駆られてるように見えるんだよね。自分は恋をしていなきゃいけない、愛されていなきゃいけない、無意識のうちにそう思い込んでるみたいな。だからこそ、失恋の痛みも激しいのかも」

「愛されていなきゃいけない……」


 繰り返しながら、否定できない自分に気づいた。

 いつの頃からか恋愛が、人生のすべてになってた。

勉強もできない、夢もやりたいこともない、才能もない。

そんなあたしが恋愛に心血を注ぐのは当然の成り行きだと思ってたけれど、本当にそれだけだったんだろうか。


「あ」
 有紗が口を開き、視線を一点に止まらせる。振り返ろうとしたら止められて、すぐにわかってしまった。


「千和子、いるの?」
「うん。美波斗は見ないほうがいいと思う」
「なんでよ」
「泰治くんも一緒にいるから」
「そんな……」


 見ないほうがいいとわかっているのに、振り向いてしまう。


 千和子と泰治はちょうど店内に入ってきたところで、店員さんに勧められて入口近くのテーブル席へ。仲良くメニューを開き、頼みたいものを選んでいる。

千和子、あんなにかわいかったっけ。所詮地味ブスだと思ってたのに、今日は少しメイクもしてるし、服だってドレーフのついたワンピースが千和子のやわらかな雰囲気にマッチしていて、絶妙にかわいい。

千和子を見る泰治の顔は、幸せにとろけていた。

 あたしの前であんな顔したことなかった、きっと。


「ごめん。もう帰る」
「美波斗……」


 有紗が何か続けようとしたけれど、あたしはバッグとコート片手に、千円札だけテーブルに置いてカフェを飛び出した。

 すっきりと晴れた秋の空、幸せそうな観光客たち。修学旅行なのか遠足なのか、制服を着た中学生の集団もいる。

うざい。みんなうざい。笑わないでよ。楽しそうにしないでよ。消えて、消えて、みんな消えて。あたしの前で幸せそうにするのはやめてーー!!


 キイイイイイ、と空気を裂くような轟音に我に返った。


 目の前あと数センチのところで、カブトムシみたいにつるつるしたボックスカーが停まっている。


「馬鹿野郎! 死にたいのか!!」


 運転手の怒鳴り声に、ここが道のど真ん中だということをようやく理解した。
 ひょっとしてあたし、今死のうとしていたの……?


「ごめんなさい……」


 怒鳴られたのも悲鳴のようなブレーキ音も怖くて、何より自分がそんなことをしようとしていたのが信じられなくて恐ろしくて、呆けたようにふらふらと歩く。

有紗も言っていた、病院に行ったほうがいいって。そんなに今のあたし、やばいんだろうか。


 どこをどう歩いたのかわからないけれど、気が付いたら鶴岡八幡宮にいた。小さい頃は毎年、初詣でここに来てたっけ。

受験の時なんてお母さんに、合格するようにお願いしなさいってしつこく言われたけれど、結果はさんざん。よってあたしは、神様なんて信じてない。


 そんなあたしの信条とは反するけれど、気が付いたら一歩一歩、丁寧に石段を昇っていた。

さすが平日の昼間だから、境内は人がまばらでゆっくりお参りできて、静謐な空気がちょっとだけ気を鎮めてくれる。

パワースポット、っていうのはたぶんこういうことだ。願いを叶えるとか、状況を劇的に変えてくれるとか、そういうものじゃなくて、心を安定させる作用が神社にはたしかにあるんだろう。


 前の人がするやり方を見様見真似で、手を合わせて頭を下げる。とはいえ、何を願えばいいのかわからなかった。

泰治と千和子が別れますように? 泰治とやり直せますように? 泰治がもう一度あたしを好きになってくれますように? それとも、まったく別の新たな恋に出会えますように? どれもしっくりこない。


 結局、家内安全だけを願って社務所へ行き、ついでだからとおみくじを引いてみた。

大吉が出て、ちょっとびっくりする。出産 易し 商売 時流を見定めよ 恋愛 焦るな……こういうのって、半分以上は自分には関係ないことだから、いくらいいことが書いてあっても困る。

だいたいなんで、どのおみくじも必ず出産に言及しているのか。男の人だっておみくじを引くこともあるだろう。

肝心の恋愛については、焦るな、ねえ。今すぐ新たな恋をしないほうがいいよ、ということなのか。


 そもそも恋をする気力すら失せているのに。


 まっすぐ家に帰るのが嫌で、鶴岡八幡宮を出てとぼとぼ鎌倉の街を歩く。やたらとおしゃれなブティック、神秘的なパワーストーンのお店、レトロな趣のクリーニング屋。

地元だから見慣れた街ではあるものの、時々新たな店ができているので、こういう時じゃなかったら面白いと思えただろう。でも今のあたしには、美味しそうな流行の食べ歩き向けスイーツすら、視界を通り過ぎていく。


 なんとなく人の多い場所を歩くのが嫌で、ふらふらと住宅街に迷い込んでしまった。しばらく行くと、墨のように真っ黒い建物が見えてくる。

いわゆる古民家カフェ、というやつらしい。レトロな外観に似合わない、『クロスオーバー』という看板がかかっているけれど、店名かな。

どういう意味だったか忘れた。千和子だったらすぐわかりそうだけど。


 そこでまた千和子のことを考えてしまったことに、胸がちくりとした。

あのふたり、まだカフェで楽しくしゃべってるのかな。
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