鎌倉黒猫カフェ クロスオーバー

櫻井千姫

文字の大きさ
15 / 56
第二話 モンブランは地味だけど

6

しおりを挟む
そんなに成績は良くないけれど英語だけは得意だから、宿題はいつも一緒にやってた。

三つくらいの派閥に分かれていた英語部での小競り合いみたいなものも、千和子がいるから乗り切れた。

それにあの日だけじゃない、千和子はいつもあたしの、恋愛関連の愚痴を聞いてくれた。

フラれたとか浮気されたとか、付き合ってるのにぜんぜん大事にしてもらえないとか、そういうことすべて、千和子は黙って受け止めてくれた。

他の子はそういう話をしても、「恋愛ばっかりしてる脳味噌軽いヤツ」ってハナで笑ってただけなのに。


「あたしは自分の引き立て役としてだけ、彼女を利用していたわけじゃない。地味だけど真面目で、やさしくて。そんな人柄を、買ってたんだと思います……なのに、裏切られた」


 泰治に裏切られたことよりも、千和子に裏切られたことが悲しい。

 千和子にとってあたしが、その程度だって知ってしまったから。


「最近、何をしても楽しくないんです。食べられないし眠れないし、本当に気力がなくて。彼女に会いたくないから、大学に行くのも嫌なくらい。おしゃれが大好きだったけど、泰治に去られたらそれも意味がない。あたしは、恋愛しかない駄目な人間なのかもしれないです」


 お母さんにだって昔から、何度となく言われた。

 中二の時、はじめてできた彼氏のことはもちろん内緒にしていたけれど、一度、放課後一緒に帰るところを見られてしまったことがあって、その時は家に帰ってから、馬鹿にするように言われた。


「お母さん、あんたの教育にはほんと失敗したわ。そんな歳からちゃらちゃらした格好して男と遊んでるなんて、将来確実にろくな大人にならないでしょうね」――


「それでもあたしは、ひとを好きになること、愛されたいと願うことを、やめられないんです」

 有紗の指摘は、まさしくその通りだと思う。


 男から向けられる好意は、あたしにとってスタンプだったから。スタンプカードを集めるみたいに、心に「好き」「かわいい」って描かれたスタンプが捺されていく。

それが欲しくて、欲しくて、喉から手が出るほど欲しくて、必死で着飾ってメイクも髪型もかわいくして、気に入ってもらえるような仕草や立ち振る舞いだって身に着けた。

 よく、「女性も強く」とか、「女性が輝ける社会」とか、ネットニュースでも雑誌でも見るけれど、あたしにはそういうものがまったくピンとこない。

あたしは強くなって、男と肩を並べて、社会で闘うことなんて望んでない。あたしはただひたすら、愛されたいしかわいがられたいしちやほやされたい。

 結局、承認欲求をこじらせてるんだと思う。いざ言葉にしてしまえば、なんて薄っぺらくて安っぽいんだろう。

 そんな話をすると、守生さんはグラスを磨きながら言った。


「僕は恋愛に疎いので、なんとも言えませんが。たとえそうだとしても、それだけ多くの人を振り向かせられたんだから、じゅうぶんすごいことなんだと思ってしまいますけれど」

「そうですか? ただかわい子ぶって、男に媚売ってただけですよ? そのせいで女友だちから嫌われたこともあったし」

「世の中には恋愛したくてもできない人が大勢いるんです。その人たちから見れば、美波斗さんのような人はすごいですよ」


なるほど、そういう考え方もあるのか。ていうか、さっきから美波斗さん、美波斗さんって言ってるけど、あたし、名乗ったっけ? いつ名前を知ったんだろう。まさかストーカー?


「少し立ち入ったことをお聞きしますが。美波斗さんは、ご両親とは円満ですか?」


 小さな疑いを、思わぬ言葉がぶったぎった。


「どうしてですか?」
「過剰に恋愛にハマってしまう人は、両親との関係に問題を抱えていることが多くあります。親からもらえなかった愛情を、異性からの好意で満たそうとしてしまうんです」

「そんな……そんなわけ、ないです。うちは別に、愛情をもらえなかったわけじゃないですよ。虐待とかはないし、過剰に締め付けてくるタイプの毒親でもない。ただ、優秀なお兄ちゃんとあたしで、扱いに差があるだけで。でもこんなの別に、みんなそうじゃないですか。家庭に問題があるなんて、とても言えるレベルじゃない」

「他の人と比べたら自分はまだましだ、なんていうのは、本人には何の慰めにもならないんですよ」


 守生さんが笑顔を引っ込めた。少しだけ、声のトーンが強くなる。


「承認欲求って、一般的に言われているほど悪いものではないと僕は思います。他人に認められたいとか褒められたいという気持ちは、誰でもあるものだし、持っていていいもので、それ自体ががんばるエネルギーになることもある。

けれど強すぎたら自分がつらくなるだけだし、逆に他人といい関係を築けなくなることもあります。そうなってしまった原因には、今のうちにちゃんと向き合わないといけない。美波斗さんには美波斗さんだけのつらさ、痛みがあるはずです。そこを労われるのは、自分だけですよ」


 厳しいのに、心にすとんと落ちてくる言葉だった。

 あたしの承認欲求は、本当は男で満たされるものじゃなかった。

 誰よりも承認してほしいのは、お母さんだった。

泰治が好きだったのも、医学部の彼氏を射止めて、お母さんにすごいわねあんた、って言ってほしかっただけなのかもしれない。

小さい頃からダメ出しばかりされていたあたしには、自分自身の力でお母さんを見返すことはできるわけないって、いつのまにか自分を向上させる意欲すら失っていたんだ。

ああ、そうか。今気づいた。


「あたしは……ほんとは千和子と浮気した泰治のこと、あんまり好きじゃなかったのかもしれないです」


 本当に好きだと思っていた、運命の恋だと信じていた。

 だけどそれは、最高級のアクセサリーを手に入れて、みんなに自慢したいと思う感覚と、大差なかった。

 だから……泰治はあたしを見限ったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

竜華族の愛に囚われて

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。 五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。 これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。 赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。 新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。 そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。 ※某サイトの短編コン用に書いたやつ。

書籍化の打診が来ています -出版までの遠い道のり-

ダイスケ
エッセイ・ノンフィクション
ある日、私は「書籍化の打診」というメールを運営から受け取りました。 しかしそれは、書籍化へと続く遠い道のりの一歩目に過ぎなかったのです・・・。 ※注:だいたいフィクションです、お察しください。 このエッセイは、拙作「異世界コンサル株式会社(7月12日に電子書籍も同時発売)」の書籍化の際に私が聞いた、経験した、知ったことの諸々を整理するために書き始めたものです。 最初は活動報告に書いていたのですが「エッセイに投稿したほうが良い」とのご意見をいただいて投稿することにしました。 上記のような経緯ですので文章は短いかもしれませんが、頻度高く更新していきますのでよろしくおねがいします。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

処理中です...